Policy(提言・報告書) 環境、エネルギー  「エネルギー・環境に関する選択肢」に関する意見

2012年7月27日
一般社団法人 日本経済団体連合会

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わが国が、大震災からの復旧・復興、財政再建などの諸課題を解決しながら、豊かで安全・安心な国民生活を確保するうえで、「名目3%、実質2%」の成長を目指した政府の成長戦略の実現が不可欠である。

経済性ある価格でエネルギーが安定的に供給されなければ、成長戦略を進められないばかりか、激化するグローバル競争の中で産業や雇用の空洞化に拍車がかかる。エネルギー問題を経済や産業の足かせとしてはならない。

経団連は、こうした観点から昨年来二度にわたりエネルギー政策に関する提言#1を行った。このたび、政府が「エネルギー・環境に関する選択肢」を提示したのを受け、改めて以下の通り意見を述べる。

1.エネルギー政策に求められる基本的視点

  1. (1) 大震災を踏まえ安全性を大前提に、エネルギーの安全保障(安定供給)、経済性、環境適合性の適切なバランスが確保されなければならない。

  2. (2) 政策の費用対効果や、国民生活および企業活動への影響を十分考慮しながら、成長や国民生活に必要なエネルギーの確保に努めるべきである。

  3. (3) 化石燃料の有限性を踏まえ、省エネルギーや再生可能エネルギー技術の開発・普及に最大限努力する必要がある。他方、エネルギーの需給ギャップが生じないよう、現実的な導入可能量は十分精査されるべきである。

  4. (4) 化石燃料に乏しく、容易に電力の輸入ができないわが国は、リスク分散と資源国に対する交渉力確保の観点から、エネルギー源の多様な選択肢を維持する必要がある。

  5. (5) 地球温暖化問題には、経済との両立を図りながら着実に取り組むべきである。その際、企業の技術力を活かした地球規模での貢献が重要である。

2.「エネルギー・環境に関する選択肢」の3つのシナリオの評価

(1) 各シナリオ共通の問題点

  1. エネルギー需要の予測の前提となる経済成長率の想定が、実質で2010年代は1.1%、20年代は0.8%とされるなど、政府の成長戦略との整合性がない。成長戦略が実現した場合に見込まれる2030年のエネルギー需要と、今回の3つのシナリオが想定するエネルギー需要を比べると、最終エネルギー消費で約7.5%、電力需要で約8.1%#2もの違いがある。こうした想定の下でつくられたシナリオでは、エネルギーが成長の制約要因となる恐れがある。

  2. 省エネは、現行の野心的なエネルギー基本計画を、最終エネルギー消費で1割、電力需要で2割、さらに上回る水準が想定されている。わが国では過去において、電力需要の対実質GDP弾性値がプラスで推移#3してきた。今回の各シナリオは、今後約20年に亘り、GDPが伸びても電力需要は減少するという全く逆の想定となっている。
    再生可能エネルギー等も、現行計画を大幅に上回る導入量となっているが、実現可能性の検証は不十分で裏打ちする対策も不透明である他#4、導入拡大に伴うバックアップ電源の規模・コストが明示されていない。
    将来、電力不足が生じることのないよう、省エネ・再エネ等の導入量は、楽観的なものではなく、経済性を含め現実的な想定とすべきである。
    例えば、「ゼロシナリオ」相当の再エネを導入するためには、2030年時点で、サーチャージ額等の費用が7.1~7.2円/kWh(年間7.1兆~7.2兆円)、2030年以降に電力需要家が負う債務が74兆~75兆円との試算もある#5
    また、省エネ、再エネ、系統対策費用として100兆円を超える投資が見込まれている。こうした負担により将来の成長に必要な投資資金が不足することとなれば、産業の国際競争力に深刻な影響を与えかねない。

  3. 政府のエネルギー政策は、国民生活や産業、雇用を守るものでなければならない。しかし、いずれのシナリオも、電力料金の大幅な上昇、マクロ経済への悪影響等を当然視している。政府が公表した試算によれば、モデルによって幅はあるものの、電力料金で約26%~130%の上昇(2030年時点での対自然体ケース比)、実質GDPで0.4%~7.6%の減少(同)#6、粗生産で0.4%~7.8%の減少(同)となっている。また、産業の国際競争力や雇用への影響などについての詳細な分析がなされていない#7

  4. 温室効果ガスの排出削減について、国際的公平性の検証がなされていない。公平性が確保されなければ、産業の空洞化を加速するばかりか、途上国での生産代替により地球規模の温室効果ガスの増加に繋がりかねない。

(2) 各シナリオの評価

  1. 「ゼロシナリオ」は、省エネ・再エネの大幅な導入のため、経済性を考慮せず国民負担の大幅な増大を前提とした施策が必要とされる点を含め、実現可能性において最も問題がある。また、エネルギー源の多様性が求められるなか、原子力を将来のエネルギー源の選択肢から除外している。

  2. 「15シナリオ」は、省エネ、再エネ比率の実現が困難であることに加え、原子力の維持の判断を先送りしている点は、政府が選択しうる責任あるシナリオとは言えない。
    原子力が維持される見通しが立たなければ、技術や人材の確保に支障をきたし、大震災を踏まえた安全技術による国際貢献も困難になろう。

  3. 「20~25シナリオ」は、原子力をエネルギー源の一つとして維持する姿勢は評価できるものの、各シナリオ共通の問題である省エネや再エネの導入見通しの実現可能性や電力料金の上昇など問題が多い。

(3) わが国がとるべき選択肢

以上を踏まえれば、3つのシナリオはいずれも実現可能性や経済に及ぼす影響など問題が多い。とりわけ「ゼロシナリオ」、「15シナリオ」を選択肢としてとることは困難であり、「20~25シナリオ」で示された原子力を含む多様なエネルギー源の維持の考えに立ち、以下の点を十分に踏まえ、より現実的なものに再構築する必要がある。

その上で、5年以内を目途に、エネルギー分野の技術革新、省エネ・再エネ技術の導入状況と国民負担の関係、国際情勢、原子力に対する国民の信頼回復等の動向を検証し、エネルギー・環境政策を抜本的に見直す必要がある。

  1. 今後設置される新たな原子力規制機関の下、福島第一原子力発電所事故の徹底的な原因究明の結果を基に、科学的根拠に基づいた新たな安全基準の早期確立など、安全性確保への不断の取組みと行政の透明性向上により、国民の原子力発電への信頼を回復する。
    同時に、今回の原子力事故の経験を踏まえた安全技術の向上に積極的に取組み、世界の原子力発電の安全性向上に貢献する。

  2. 成長戦略との整合性を図るとともに、省エネ、再エネの導入見通しを、費用対効果を含め現実的なものとする。この結果増加すると見込まれる化石燃料確保に向け、資源外交や日本近海の資源開発に官民一体で取組む。
    また、数値目標は幅を持った柔軟なものとする。

  3. 再生可能エネルギーの高効率化・低コスト化の技術革新に官民で全力をあげて取組むとともに、技術革新の阻害要因となりかねない現行の固定価格買取制度は見直す。地球温暖化対策税や企業別排出削減目標の設定など企業活力を損なう政策はとらない#8

  4. 国際約束をする温室効果ガス削減の新たな中期目標は、実現可能性や国民負担の妥当性に加え、国際的公平性も十分分析しながら、エネルギー政策と表裏一体で時間をかけて慎重な検討を行う。
    なお、3つのシナリオいずれも、2020年における温室効果ガス排出量の見通しは、原子力発電所の順次再稼働を前提としており、原子力発電に対する国民の信頼回復は温暖化対策の観点からも不可欠である。

3.おわりに

東日本大震災と福島第一原子力発電所事故に伴うエネルギー問題は、国民生活や企業活動に多大な影響を及ぼし、先行きへの不安が広がっている。政府は今後3~5年の電力確保の道筋を何よりもまず明らかにすべきである#9

今回の選択肢に対し、産業界の間で、実現可能性に乏しいという点に加え、わかりにくい、国民生活や企業活動に与える影響等に関し十分な情報が提供されていないといった意見を極めて多く聞く。政府は、こうした声に十分に耳を傾ける必要がある。その上で、「国民の生活を守る」観点から、より深い検討を行い、責任ある選択がなされることを期待したい。

産業界は、エネルギー・環境技術の一層の向上を図り、原子力の安全性向上や、需給両面でのエネルギー効率の向上に全力で取り組む決意である。

以上

  1. エネルギー政策に関する第1次提言(http://www.keidanren.or.jp/policy/2011/078.html)、エネルギー政策に関する第2次提言(http://www.keidanren.or.jp/policy/2011/107.html)参照
  2. 800億kWhの電力不足に相当。
  3. 過去40年間にわたりGDPが1単位伸びれば電力需要も1単位以上の伸びを示してきた。2001年~2010年の弾性値は1.0である。
  4. 15シナリオであっても、太陽光パネルを設置可能な戸建住宅ほぼ全て、風力発電を東京都1.6個分の面積に設置することが想定されている。
  5. 同試算では、「20~25シナリオ」でも、サーチャージ額等の費用が年間4.6兆~5.8兆円、2030年以降に電力需要家が負う債務が49兆~59兆円となっている。
  6. 経済へのマイナスの影響は、日本のエネルギー価格の上昇による他国での生産量の増加(リーケージ)も明示的に扱う国際モデルによる分析が他モデルより大きなものとなっている。
  7. RITEの秋元氏の試算を元に経団連事務局が試算したところ、失業率(数)は、ゼロシナリオでは7.2~7.3%(486~493万人)、15シナリオでは6.2%(419万人)、20~25シナリオでは6.0~6.1%(405~412万人)となる(現状は4.4%(297万人))。
  8. 中央環境審議会では、中位ケースの「施策促進ケース」においてすら、産業部門の対策として、企業別排出削減目標の設定や地球温暖化対策税などを掲げている。
  9. 震災前に原子力発電でまかなわれていた電力を全て火力発電でまかなう場合には、年間約3兆円以上の追加的な燃料費が必要となる。これは、震災前の日本全体の年間電力料金約15兆円の2割にあたることから、電力の量的な確保の問題に加え、価格上昇リスクが懸念されている。