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Policy(提言・報告書) 税、会計、経済法制、金融制度 インサイダー取引規制の見直しについての意見

2012年12月11日
一般社団法人 日本経済団体連合会

1. はじめに

昨今の、公募増資に関連したインサイダー取引等を踏まえ、我が国資本市場の公正性・信頼性を確保する観点から、今年7月、政府・金融審議会に「インサイダー取引規制に関するワーキング・グループ」が設置され、情報伝達行為や課徴金の計算方法等について検討が進められている。

公募増資等の際に不公正な取引が行われれば、市場の公正性が損なわれるのみならず、企業にとっても円滑な資金調達が阻害されることから、再発防止に向けた取組みは必須である。しかし、単に規制を強化するのではなく、問題の本質を見極め、個別の企業や業界団体等による自主的な取組みも踏まえながら、我が国資本市場の健全な発展につながる最適な規制の在り方を考えなければならない。

また、経団連はかねてより、我が国のインサイダー取引規制は詳細かつ外形的な規制手法をとるため、正当な取引をも躊躇させるような結果とならないよう改めていくことを求めてきた。

加えて、違反行為に対しては、行政処分に加え、取引所や自主規制団体からの制裁・処分だけではなく、懲役刑も含む刑事罰も科され得るにもかかわらず、企業の予見可能性の低い規定や、現在のビジネスの実態に必ずしも適合していない部分がある。

こうした現行制度の問題点についても、今回の見直しにおいて、包括的に取り上げるべきである。

2. 情報伝達行為等への対応

現行制度においては規制の対象とならない、インサイダー情報を伝達したり、インサイダー情報に基づいて取引推奨したりする行為を、規制の対象に含めるべきではないかという指摘がある。

情報伝達行為や取引推奨行為を規制の対象とすることは、企業の必要かつ正当な情報提供にまで萎縮効果が働きかねず、とりわけ金融取引やIR活動等の企業活動に支障が生じないよう、十分な配慮がなされるべきである。

そのためには、インサイダー取引行為の教唆・幇助にあたるような情報伝達行為や取引推奨行為について、規制の対象とすることを基本とすべきである。従って、情報伝達行為及び、それと同様に市場に影響を与えるインサイダー情報に基づく取引推奨行為について、規制の対象とする場合は、実際に売買が行われたことを要件の基本とすべきである。

また、規制の対象となる情報伝達行為ないし取引推奨行為は、「取引を行わせる目的をもって」行われた場合に限定することや、業務遂行上の必要がある場合には適用除外とすること等、企業の必要かつ正当な情報伝達行為に支障が生じないよう、十分に配慮すべきである。

今般の検討の結果、新しい規制を導入するのであれば、曖昧な規定によって企業活動に多大な支障を生じさせることのないよう、いかなる「情報伝達」や「取引推奨行為」が違法となるかについて、明確にすべきである。

3. 課徴金額の計算方法

インサイダー取引規制に違反する売買等がファンド等により「他人の計算」で行われた場合、当該ファンド等に課される課徴金は取引額ではなく運用報酬をベースに算定される。そのため、インサイダー取引によって実際に得られた利益に比べて課徴金額が低額に過ぎ、課徴金制度が違反行為抑止機能を発揮できておらず、課徴金を引き上げるべきではないかという意見がある。

課徴金はそもそも、金融・資本市場における違反行為を抑止し、規制の実効性を確保していく観点から、金銭的な負担を課す行政上の措置として導入されたものである。その際、違反行為が「やり得」とならないよう、利得相当額が課徴金の基準とされており、この考え方は制度導入時より維持されている。金融審議会第一部会法制ワーキンググループの報告書「課徴金制度の在り方について」(2007年12月18日)においても、課徴金が反社会性、反道徳性を問うものではない以上、利得から完全に離れるべきではないとの指摘もあるとされている。このことは、インサイダー取引に対する行政上の措置と合わせて、刑事罰も科され得ることについて、憲法39条が禁じる二重処罰にあたらないとされる根拠ともなっている。

規制の実効性確保の観点からは、「他人の計算」による課徴金の算定方法について、一定の見直しはやむを得ないが、その際も、課徴金の額については、利得の概念に基づくものとすべきである。

4. その他見直しを行うべき事項

(1)「知る前契約・計画」に関する適用除外の要件見直し

  1. 総論
    重要事実を知る前に締結された契約の履行や決定された計画(いわゆる「知る前契約」)の実行として、売買を行う場合は、インサイダー取引規制の適用除外である(金商法166条6項8号)が、その対象となるのは有価証券の取引等の規制に関する内閣府令59条1項に列挙された、「書面による契約をした者が、当該契約の履行として当該書面に定められた当該売買等を行うべき期日又は当該書面に定められた当該売買等を行うべき期限の10日前から当該期限までの間において当該売買等を行う場合」、「信用取引の履行として金融商品取引所又は認可金融商品取引業協会の定める売付け有価証券又は買付け代金の貸付けに係る弁済の繰延期限の10日前から当該期限までの間において反対売買を行う場合」等の場合に限られている。
    しかし、重要事実を知る前に売買当事者間で契約を締結し、恣意的な売買が行われないものであれば、「知る前契約」が成立する場面を限定する必要はない。「知る前契約」の範囲を重要事実を知る前に売買当事者間で一定の要件を満たす売買契約を締結し、その履行として、恣意性なく売買実行する場合一般に広げるべきである。

  2. 自己株式の取得・処分
    企業としては常に未公表の重要事実を保有している可能性があるため、自己株式を取得・処分するにあたり、特に四半期開示が制度化されて以来、ほとんどの時期がインサイダー取引規制に抵触するおそれがある期間となっている。そのため、自己株式の取得・処分は実務上、東証ToSTNeTか信託を通じて行われるのが通常である。そのうち、信託を通じての取得については、「インサイダー取引規制に関するQ&A」(金融庁・証券取引等監視委員会 2008年11月18日)により、「当該上場会社が契約締結後に注文に係る指示を行う場合であっても、指示を行う部署が重要事実から遮断され、かつ、当該部署が重要事実を知っている者から独立して指示を行っているなど、その時点において、重要事実に基づいて指示が行われていないと認められる場合」等は適用除外とされている。しかし、実務上は当該企業の財務情報を扱う部署と、信託等の運用に係る指示を行う部署との間で、情報が完全に遮断されていることを立証するのは困難な場合も多い。そのため、当該適用除外規定に該当すると判断される場合は非常に限られており、信託を通じた自己株式の取得・処分についても、極めて硬直的な形でしか行えず、機動的な対応が不可能である。
    重要事実発生前に、枠・期間等、売買内容が特定されている場合ないし売買内容の決定方法が予め定められている場合には、その後に重要事実があったとしても、当該定めに則った自己株式の取得・処分については恣意性が排除されていることは明らかであるので、インサイダー取引規制の適用除外とすべきである。

  3. 持株会
    現行制度においては、役員・従業員持株会による株式取得はインサイダー取引規制の適用除外とされているが、加入や口数の変更、入会資格喪失による退会時の端数持分売却などは適用が及ぶと考えられており、社内の職位等によっては、役員や従業員は常に重要事実を知り得る状態であることからすれば、持株会の加入や口数の変更は困難な状況にある。
    一定の社内ルールに基づく従業員持株会の加入や口数の変更については、原則として適用除外とすべきである。また、役員持株会については、役員就任時に加入することや口数を変更することについても、一定の社内ルールが予め決まっているならば、当該定めに従った加入や口数の変更については、適用除外とすべきである。
    入会資格喪失による退会時の端数持分売却についても、重要事実発生時には退会まで時間がかかることになるので、一定の社内ルールに基づいて行う、入会資格喪失による退会に伴う売却は適用除外とすべきである。

(2)公開買付時に関する規制の見直し

公開買付時において、敵対的な買収の実施を決定した者(敵対的買収者)が、当該事実を公表しなければ、「買収の実施を決定した」ことはインサイダー情報にあたる。そこで、いわゆるホワイトナイトなどの友好的な買収者となり得る者(友好的買収者)に対して、そのインサイダー情報を伝達した場合、友好的買収者は第一次情報受領者となり、友好的買収者が公開買付を実施すると、インサイダー取引規制に抵触することとなる。すなわち現行規定の下では、敵対的買収者は、友好的買収者に意図的に情報を伝達することによって、友好的買収者の買付を妨げることができる。

しかし、そのような情報伝達による公開買付の妨害は、本来の規制の趣旨である公正な競争の確保にむしろ反するものであり、市場の公正性・健全性を害しない範囲・要件を付した上で、友好的買収者による買い付けを認めるべきである。

(3)知る者取引(いわゆる「クロクロ規定」)について

現行制度においては、重要情報を知っている会社関係者または第一次情報受領者間の取引は、市場の公正性及び一般投資家の信頼を損なうことがないことから、規制の適用除外とされている(金商法166条6項7号)。

一方、公開買付等の実施に関する情報を知る者間の市場外取引については、第二次以降の情報受領者を含め、一般的に規制の適用除外とされている(法167条5項7号)。

公開買付等以外の場合の、会社関係者又は情報受領者の間の取引についても、情報をお互いに知る者間の市場外取引は、証券市場の公正性および一般投資家の信頼を害するとはいえず、インサイダー取引規制の適用除外とすべきである。

(4)重要事実に関わるバスケット条項について

重要事実について各列挙事項と合わせて、166条2項4号および8号に「上場会社等の運営、業務又は財産に関する重要事実であって投資者の判断に著しい影響を及ぼすもの」を重要事実とするバスケット条項が置かれている。しかし、このバスケット条項の意味するところは明確でなく、法的安定性を欠き、企業活動を委縮させている。

そこで、今般、情報伝達行為についても規制の対象に含めていくのであれば、バスケット条項を含め何が重要事実にあたるかということについて、一層の明確性が求められることとなる。実務の参考になるようなガイドラインや事例集の公表等により、当局の解釈を示し、予見可能性の向上を行うべきである。

(5)業績予想開示における基準について

上場子会社等の業績予想の変動については、当該子会社単体ベースで定められた軽微基準に該当しない限り、親会社の会社関係者にとっての重要事実とされる(166条2項7号)。しかし、親会社にとって重要ではない規模の小さな上場子会社であっても、当該子会社における軽微基準を超える業績予想の変動は、全て親会社にとっても重要事実となり、合理的ではない。また、投資家の投資判断は、連結ベースの業績に基づいており、連結ベースで重要性に乏しい子会社単体の業績や業績予想は投資判断に影響しないのが実態である。

業績予想開示の重要事実については、当該子会社の業績予想の変動が親会社を含む連結ベースに与える影響を勘案した親会社側における軽微基準を創設し、その基準を超えた場合にのみ、親会社においても重要事実とすべきである。

なお、金商法の「重要事実」の基準と、取引所の適時開示基準が必ずしも一致していないことが、企業実務における多大な負担につながっている。また、投資家にとっても、基本的には連結ベースの情報があれば足りると考えられるところ、将来的には連結ベースへの収斂も検討していくべきである。

(6)その他

以下の事項についても検討を継続して行うべきである。

  • 規制の運用に関する当局への相談について
    インサイダー取引規制については、後述の「決定の時期」の不明確さやバスケット条項の存在などにより、インサイダー取引規制違反に当たるかどうか曖昧なことがあるため、必要に応じて当局に規制の解釈、判断の基準や方針等、規制の運用に関する相談ができることを明らかにすべきである。

  • 公表の在り方について
    現行制度における「公表」とは、(1)2以上の報道機関に公表し、公表してから12時間経過した場合、(2)TDnetにより日本語で公衆の縦覧に供された場合、(3)プロ向け市場において英語で公衆の縦覧に供された場合等に限定されている。
    我が国においても、ライブドア事件最高裁判決において、有価証券報告書の虚偽記載においては、「公表」については実質的に判断する見解が示されたことや、外国の例#1を参考に、公表の在り方について検討すべきである。

    1 英国の刑事司法法58条においては、詳細な規定が例示列挙として置かれているが、「自らの努力又は専門性を行使した者によってのみ情報が取得されうる場合」や、「当該情報が対価の支払いによってのみ伝達される場合」など、あらゆる投資家にとって平等に知り得る機会が保障されているとは必ずしも言えない場合でも、公表された情報として扱う場合がある。

  • 業務執行を決定する機関による決定の時期について
    重要事実とされる「決定事実」に関して、いかなる意思決定がなされた場合に当該「決定」があったと見なされるかについては金商法166条2項1号において、「『業務執行を決定する機関』が…『決定』をしたこと」と規定されている。
    しかし現行制度では、「業務執行を決定する機関」、「決定」の意味が不明確であり、その結果、会社は意思決定に至る相当早い段階から重要事実が発生しているかもしれないとの前提で情報の管理をしなければならず、過大な負担となっている。業務執行を決定する機関や、決定の時期について実務の参考となるようなガイドラインや事例集の公表等により、予見可能性の向上を行うべきである。

  • 取得条項付新株予約権の付された新株予約権付社債の取得について
    上場会社(発行体)が、取得条項付新株予約権(又はこれが付された新株予約権付社債。以下同じ)を取得事由の発生に基づき取得し、新たな有価証券等を交付することにインサイダー取引規制が適用されると、発行当初から発行体と引受者との間の合意により予定されていた取得事由に基づき当該新株予約権を取得することが不可能となる事態が生じうることとなる。その結果として、取得条項付新株予約権を設計・発行するに際し、予測できない将来の不安定要素として重大な制約要因となり、ひいては会社の資金調達に支障を来すこととなる。取得条項付新株予約権が取得事由の発生に基づき予め定められた条件で会社により取得されることが株式市場に悪影響を及ぼし又は他の一般投資者に不測の損害を与えるとは考えられない。
    そこで、当該取得条項付新株予約権を恣意性のない取得事由の発生に基づき取得することは、インサイダー取引規制の適用除外とすべきである。

  • 「特定有価証券の売買等」について
    インサイダー取引規制の対象となる「売買その他の有償の譲渡もしくは譲受け」には、質権や譲渡担保権(以下、「担保権」)の実行も含まれるとされている。
    しかし、担保権は、与信先に債務不履行状態が生じた際、債権を回収するために速やかに実行することが求められるものであるが、そのような局面において、担保権者が発行会社にかかる重要事実を知っていた場合には、当該情報が公表されるまで担保権を実行できない。
    有価証券の担保適格性を高め、企業金融の円滑化を図る観点から、債務不履行に伴う担保権の実行については、処分時期等における恣意性を排除する手当てを講じつつ、インサイダー取引規制の適用除外とすべきである。

  • 「業務上の提携又は業務上の提携の解消」について
    「業務上の提携」について、現行制度では一般に明確な定義が存在しておらず、「業務上の協力関係を伴わない単なる資本提携や人事提携は含まれない」と解説されているにすぎない。
    そこで、「業務上の提携」の定義について明確にするべきである。
    また、軽微基準の中でも、子会社の株式取得の基準が5%とされているのは低きにすぎ、ビジネスの実態に合致したレベルまで引き上げるべきである。

以上

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