Policy(提言・報告書) 都市住宅、地域活性化、観光  観光関連産業の成長産業化と競争力ある観光地域づくりに関する報告書 ~新たな需要の創造と生産性向上、「共創」の取組み~

2013年10月30日
一般社団法人 日本経済団体連合会
観光委員会 企画部会

1.観光関連産業の成長産業化と競争力ある観光地域づくりの重要性

(1) オリンピック・パラリンピック開催は「観光立国」日本実現の試金石

2013年9月8日早朝(日本時間)、国際オリンピック委員会(IOC)総会で、東京が2020年オリンピック・パラリンピックの開催地に選ばれた。世界最高峰のアスリートが集うスポーツの祭典の舞台として、今後わが国は世界中からの注目を浴び、また実際に日本を訪問する外国人観光客も増えることが予想される。

これは、これまでわが国が進めてきた観光立国の実現を果たす上で大きなチャンスである。わが国はこの機会を捉え、世界に対して東日本大震災からの復興と日本の魅力をアピールすると共に、今後増加と多様化が見込まれる国内外の観光客が、安全で多様なサービス・おもてなしを享受しながら、日本各地の魅力を存分に体感できるようにし、観光立国の実現と観光地として世界トップクラスのブランドの確立に向けた歩みを着実なものとする必要がある。

(2) 政府における観光立国実現に向けた取組み

2012年12月に発足した第二次安倍内閣は、2013年6月に閣議決定した「日本再興戦略」で、訪日外国人旅行者数について2013年に1000万人、2030年には3000万人超を達成するとの目標を打ち出し、省庁・関係機関の連携による訪日プロモーションの強化、ビザ発給要件の緩和等の訪日環境の改善、案内表示や免税制度の見直し等による外国人の滞在環境の改善といった施策の方向性を打ち出した。これに合わせ、観光立国推進閣僚会議では『観光立国実現に向けたアクション・プログラム』を決定、各省庁が当面取組むべき施策のメニューを示している。

政府には、「アクション・プログラム」に示されたメニューを迅速かつ着実に実行するとともに、2020年オリンピック・パラリンピック東京大会の成功を踏み台とした高いレベルでの観光立国の実現に向け、必要な予算措置を含め観光立国の推進体制の抜本的な強化を図っていく必要がある。

(3) 観光立国実現の鍵を握る観光関連産業と地域

高いレベルでの観光立国の実現とその地位の確立を図るためには、わが国が世界でトップクラスの観光地として認知されるのみならず、実際にわが国を旅行する国内外の観光客が日本の魅力を期待値以上に経験し満足することで、リピーターになるとともに、日本での経験を周囲と共有することで更に観光地としての名声を高める好循環を継続的に回していくことが不可欠である。

そのためには、(2)の政府の取組みに加え、実際に観光客に接する観光関連産業と観光客を受け入れる地域が、世界のトップクラスを目指して飛躍的な発展を遂げることが強く求められる。

(4) 本報告書の趣旨

経団連観光委員会企画部会では、2012年8月から2013年6月にかけて、観光関連産業の生産性の向上と競争力ある観光地域づくりに向けた多様な取組みにつき、有識者やシンクタンク、関係業界や団体、地方自治体の方々から説明を受けるとともに意見交換を行ってきた。

市場は常に変化しており、またそれぞれの事業者・地域の置かれた状況や持ち味は異なる。従って、本資料での紹介事例と同じことをすることが成功を確約する訳ではないが、新たな挑戦のないところに飛躍的発展はない。本資料が観光立国の主な担い手となる観光関連産業や観光地域づくりに取組む関係者の新たな挑戦への後押しとなることを強く期待する。

2.観光関連産業の成長産業化に向けて

(1) 観光関連産業が直面する課題

景気回復の兆しや2020年のオリンピック・パラリンピック開催といった明るいニュースはあるものの、わが国の観光関連産業は大きな課題に直面している。

【図1】 国内の旅行消費額の市場内訳(2011年)

第一の課題は、国内市場の縮小である。わが国の観光関連産業は、これまで比較的大きな国内市場に収入を依存してきたが【図1】、国内市場は縮小傾向にあり【図2】、これからわが国が本格的な少子高齢化・人口減少社会を迎える中で今後飛躍的に拡大することは考えにくい。

【図2】 国内観光消費額の推移

第二の課題は、生産性の低さである。日本旅行業協会の資料によれば、2011年度の旅行業界の一社あたりの取扱高営業利益率は、全産業平均が4.72%、非製造業が4.64%であったのに対し、0.58%と低い数字にとどまっている。また、宿泊業においては、観光庁の調査によると、2012年の施設の定員稼働率が36.4%と非効率な運営になっている。

(2) 観光関連産業の成長産業化に向けた取組み

これらの課題を解決するためには、観光関連産業が、2030年には訪日外国人旅行者を3,000万人超とするという政府の目標に対応したかたちで、今後アジアを中心に伸びが期待される国際観光市場の需要を積極的に掘り起こし、取り込んでいくことを視野に入れつつ、まずは現在の事業基盤である国内市場において、新たな需要の創出と生産性の向上に挑戦し、足場を盤石なものとする必要がある。

  1. 新たな需要の創造~超高齢社会に対応したシニアの需要創出~
    わが国が超高齢社会を迎える中で、旅行業界の新たな需要創造の取組みとして注目を集めているのが、高齢者や障害者に対応したユニバーサルツーリズムである。日本トラベルヘルパー協会は、2006年の設立以来、介護旅行の普及・拡大を図る観点から、介護技術と旅の業務知識をそなえた「外出支援」の専門家であるトラベルヘルパー(外出支援専門員)の各地での育成に努めている。すでにヘルパーの数は全国で482名(2013年8月現在)におよび、旅行取扱も増加傾向にある。こうした取組みが人口減少社会の中で唯一拡大するシニア層とその家族の旅行需要を掘り起こすとともに、アジア各国でも高齢化が進展する中、「誰にとっても旅行しやすい国」としての日本のブランド力を高めていくことが期待される。

  2. 新たな需要の創造~これからの市場を支える若者の需要創出~
    現在の市場におけるボリュームは小さいものの、若者は今後の市場を支える重要な存在である。
    リクルートライフスタイルのじゃらんリサーチセンターが2012年に行った「じゃらんリピーター追跡調査」によれば、人は18~24歳の間に初めて訪問した地域のリピーターになる傾向が強い。観光関連産業の市場拡大のためにも、若者には出来る限り旅行を経験し、旅行や地域の魅力を感じてもらうことが望ましい。
    じゃらんリサーチセンターでは、若者の初回来訪を促す観点から、19歳に限ってスキー場のリフト券を無料とする「雪マジ!19」を各地のスキー場と連携して2011年度に開始した。2012年度の調査によれば、2011年度の「雪マジ!19」の経験である20歳の92%が雪山を再訪している。じゃらんリサーチセンターは2013年度から20歳をJリーグ公式戦に無料招待する「Jマジ!20」も展開しており、こうした若者の金銭的な負担の軽減が、どの程度今後の中長期的な市場の拡大につながるのか、また、飲食などの付帯サービスの売上等につながるのか、今後の検証と展開が期待される。

  3. 生産性向上に向けた取組み~宿泊業の取組み~
    『「最強のサービス」の教科書』等の著者で前・産業技術総合研究所サービス工学研究センター 副研究センター長の内藤耕氏は、日本の観光関連産業、特に宿泊業において、付加価値が高いサービスをより効率的に提供する取組みの必要性を説く。
    内藤氏は生産性の向上に取組む宿泊業の好事例として、大型旅館ながら宿泊客一人ひとりの要望・期待にきめ細かく「おもてなしのサービス」を提供する加賀屋(石川県)を採り上げ、加賀屋が客室係の接客時間を経営指標(KPI)とし、KPI向上のために料理運搬の機械化、従業員の多能工化によるアイドルタイムの短縮など、徹底した効率化を進めていることを紹介している。
    内藤氏はまた、震災後も高い稼働率を維持している湯主一條(宮城県)や向瀧(福島県)が、客層や提供するサービスを絞り込むことで付加価値と顧客満足度の向上に努めていると指摘し、作業の合理化・効率化により生まれた余力を付加価値業務に振り向ける「引き算の経営」の重要性を強調している。

  4. 生産性向上に向けた取組み~旅行業における取組み~
    ITの進展に伴い、消費者が直接インターネットでホテル・旅館や運輸業者にサービスを申し込むようになったこと、市場の成熟に伴い求められるサービスが「広く浅く」から「狭く深く」へと変化していることから、旅行業界では、消費者目線での地域の観光資源の掘り起こしや専門分野への特化など、新たな対応が求められている。
    ジェイティービー専務でJTB総合研究所社長の日比野健氏は、人口動態や価値観の変遷を踏まえ、今後、消費者の強い価格志向は減退し、旅行市場では「ちょっといい旅」を巡る競争が焦点になると予測している。ジェイティービーでは、こうした分析を踏まえ、一部店舗では富裕層向けサービスやウェディング・ハネムーンなど専門性の高いサービスを提供するとともに、質を重視した旅行商品ブランドの強化を進めている。同時に、従来型の旅行業のビジネスモデルから脱し、豊富な地域の知恵、専門性、資源を活かして、様々なイベント、アクティビティー、ツアー等を提案する「交流文化事業」への進化を目指すとしている。

3.競争力ある観光地域づくりへの挑戦

(1) 地域が直面する課題と「共創」戦略の重要性

  1. 地域が直面する課題~観光振興と地域振興との両立~
    わが国においては、高度経済成長期以降、「誰もが手軽に安全に」という観点から「旅の大衆化」が推進され、観光関連産業は収益の極大化の観点から大量集客と標準化・システム化を進めてきた。
    北海道大学観光学高等研究センター大学院観光創造専攻特任教授の臼井冬彦氏は、こうした観光関連産業の対応はビジネスとしては当然のことだが、多数の客に安価で安定的に食事を提供するために供給リスクの高い地域食材を使わなくなることで地域の農水産業や食文化が衰退する、あるいは、大型施設が設備を充実して訪問者を囲い込んだ結果、地元商店街がシャッター街化するといった弊害も生じさせたと分析する。そして、こうした地域の弊害が大きくなれば、観光関係者と地域振興に取組む地域住民とのかい離を招くとともに、成熟化社会の中で個別化や独自のサービスを求める消費者に対して競争力を低下させかねないと警告する。
    臼井氏は、「観光振興は地域振興のための手段である」との考えの下、これからの観光はワーキングホリデーや二地域居住など、滞在する地域への関与や滞在頻度・時間を増大させる方向へと進化すると分析。こうした動きを地域振興に結び付けるために、観光や観光関連事業者こそ農林水産業や教育、建設・建築、福祉医療、住宅、美容など多様な地域産業と連動し、地域ビジネスをコーディネートする総合プロデューサーになるべきと主張する。

  2. 「観光まちづくり」とそれらのネットワーク化の必要性
    東京大学先端科学技術研究センター所長の西村幸夫氏も、成果が数字に表れるビジネスとしての「観光」と、成果がじっくり後で表れるボランティアとしての「まちづくり」が各地で衝突していると指摘。両者の両立を図る観点から、地域が主体となった総合的なまちづくりにより経済発展・社会維持・環境保全が循環する「観光まちづくり」を提唱している。
    また、西村氏は、1つの地域では資源や住民のキャパシティに限界があることから、地域間連携により「観光まちづくり」をネットワーク化することが、観光需要の増大への安定的な対応や観光客への多様な選択肢の提供につながると指摘する。

  3. 競争力ある観光地域づくりに向けた「共創」戦略の必要性
    上記のような指摘を踏まえれば、今後わが国において、観光の多様化・国際化の動きを踏まえつつ、競争力ある観光地域づくりを図るためには、地域が主体的に地域内での連携を強化するとともに、地域間ネットワーク・連携を進めていく必要がある。また、観光関連事業者のノウハウやネットワークの活用、さらには、消費者を直接観光地域づくりに巻き込んでしまうことも考えられる。
    以下では、そうした競争力ある観光地域づくりに向けた様々な連携、地域の「共創」戦略の事例について採り上げる。

(2) 地域内での「共創」

  1. 宿泊業者間の連携
    観光関連事業者の中でも、地域の宿泊業者が連携して、地域独自の食文化を掘り起こし、持続可能なビジネスを構築することで、食文化を軸とした競争力ある観光地域づくりを進めていこうとする取組みが新潟県に見られる。
    新潟県の3旅館(ひなの宿千歳、雪国の宿高半、越後湯澤HATAGO 井仙)は、「雪国食文化研究所」を設立、「新潟のキラーコンテンツは米や山菜、酒などの地域の食材である」と位置づけ、大都市中心の物流網では個々の旅館において入手が難しくなっていた地元食材を調達し、直営のレストランで提供している。また、地域内で生産者からサービス提供者まで循環する永続性の高いビジネス構造の構築をめざし、レストランの空き時間を利用して一次加工された食材を地域の旅館や飲食店にも提供することで、地元食材の利用率を高めるといった活動を進めている。
    また、山形県内の3旅館(亀や、葉山館、滝の湯)では、社員教育や広報、新しい食の研究という共通課題に取組むために「THKコミュニケーションズ」を設立。「山形のプレスルームを東京に立ち上げる」との考えの下、カフェ兼定食屋を都内に展開し、山形の食・食材等を都市住民に提供・PRすると共に、山形の食材を利用した新たなメニューの開発等を行っている。

  2. 官民の連携
    古くから霊場として名高い成田山新勝寺と成田国際空港を擁する成田市では、羽田空港の国際化という航空政策の転換への危機感をばねに、2010年には地域・空港・成田市が一体となった中堅若手による作業部隊「トレジャーハンター・成田空援隊」が結成され、ドラマのロケ誘致や「成富うどん」というB級グルメのPRに成果をあげた。これに触発される形で、2011年には市の女性職員による「成田ソラガール」が結成され、女性の視点から地域の食材を利用した「成田ソラあんぱん」を開発。地域の事業者やコンビニエンスストアのチェーン、航空会社と共に、販売・PRに取組んでいる。
    また、成田市では、2009年に設置された外部有識者と地元経済界による成田空港成長戦略会議の議論を踏まえ、2013年、成田ブランド推進戦略会議とその事務局としての成田ブランド推進室を設置。「運気上昇のまち 成田」をコンセプトに、写経、座禅等市内での日本文化体験メニューの開発、周辺市町の酒を含めた日本酒イベントの実施や酒蔵めぐりタクシーの運行開始など近隣市町村と連携した広域観光メニューの開発、公衆無線LAN整備など外国人が一人歩きしやすい環境整備などを進めるとともに、これらの国内外への情報発信をしている。

(3) 地域間の「共創」、地域・観光関連事業者間の「共創」

  1. 東京スカイツリーを契機とした墨田区の取組み
    2012年5月に開業した東京スカイツリーを擁する墨田区は、2006年の東京スカイツリーの建設地決定を機に、「産業と観光の融合」をキーワードに、持続可能な地域活性化への取組みを進めている。
    具体的な中身としては、江戸以来の歴史・文化や近代産業発祥の地としてのものづくり文化など地域の魅力の掘り起こしと周遊軸の整備、従来から観光地としてのブランド力が強い浅草を擁する台東区との連携強化と共同観光マップの作成、民間事業者のノウハウを活用した墨田・台東・江東・足立・葛飾・江戸川の6区による下町巡り共同ガイドブックの制作などが挙げられる。
    墨田区の観光振興は、スカイツリーを運営する東武鉄道と密接に連携しながら進められている。東武鉄道は「地域とともに活力のあるまちづくりに貢献」をスカイツリー事業の基本理念の柱の1つに掲げ、グループ各社や旅行会社・他の輸送機関と連携しながら、東京城東地区ならびに日光・鬼怒川など東武鉄道沿線活性化を目指している。

  2. 事業者による観光地域づくりの支援
    観光地域づくりを考えていて、またそれなりの観光資源を持っていても、宿泊や運輸などの商材を繋げて商品化、流通まで展開できない地域も多い。そこで、着地型観光商品の流通サイトを運営するティー・ゲートでは、地域で観光資源を掘り起こし、その土地ならではの旅を創造し事業化できる人材育成事業を行うとともに、地域へのコンサルティングやネットを活用したプロモーションの提案等を行っている。
    こうした観光関連事業者のノウハウやネットワークの活用は、今後、地域が外国人観光客への対応強化を進める上で、ますます重要になると考えられる。日本人向けの海外旅行ガイドブック「地球の歩き方」で有名なダイヤモンド・ビッグ社は、わが国の今後の国際観光の発展の可能性、とりわけ香港・台湾・韓国からの個人旅行客の市場に着目し、長野県などと連携して英語・中国語(繁体字)・韓国語の3言語表記によるガイドブックの制作編集・海外展開事業などを行っている。ダイヤモンド・ビッグ社メディア・マーケティング事業本部副本部長の弓削貴久氏は、「地方自治体や観光協会がこれまで作成してきた観光マップやガイドブックが、地域の境界や地域内の事業者の平等な取扱いに捉われるあまり、旅行者目線の魅力ある内容になりきれていない」と指摘。民間事業者を活用することで、多くの外国人個人観光客の来訪を促すことが出来ると強調する。

(4) 消費者との「共創」

若者旅行の促進の観点から2011年に観光庁とじゃらんリサーチセンターは大学生=消費者に商品開発と販売を行わせる「旅プロデュース部」プロジェクトを実施した。この活動では、「若者がグループで旅行に行った場合、複数の部屋に分かれても結局1部屋に集まってお酒を飲む」との理由から、「定員4名の部屋に6人で宿泊できるプラン」といった観光関連事業者では発想しにくい商品も造成された。学生は、3カ月間無償での参加だったにも拘わらず、若者旅行について真剣な議論を行った。じゃらんリサーチセンター研究員の横山幸代氏は、「最近の若者はお金よりも社会に影響を及ぼすことに動機を感じる傾向にある」と分析、「今後は商品づくりだけでなく、PRや販売自体も消費者に委ねる時代になるかもしれない」と述べている。

このほかに、地域と大学の観光学部等が連携し、実習等の形で学生に観光地域づくりに参加する事例や、消費者が旅行商品のアイデアを出しネットを通じて賛同者を集めてから旅行会社に実施を求める動きも出てきており、今後は、地域が消費者を巻き込んで、観光地域づくりを進めるケースが増えることも十分に考えられる。

【コラム】観光を切り口とした震災復興の取組みと様々な連携

震災後、避難住民の受入れや子供たちを対象とした寺子屋の実施、町内を巡回する語り部バスの運行等の取組みを行っている南三陸ホテル観洋の女将の阿部憲子氏は、地域における観光業の役割の大きさを実感するとともに、震災の経験を学びの機会とするためにも被災地をぜひ訪問してほしいと語る。

東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県の南三陸町や気仙沼市では、地域の商店街・宿泊業者・行政等が連携し、「さんさん商店街(復興名店街)」や「南町紫市場」等の仮設商店街の営業や「南三陸福興市」等のイベント開催、ボランティア・ガイドによるツアーの実施等を通じて、観光客を積極的に受入れ、震災復興につなげようとする取組みが続いている。

また、被災地の取組みと連動する形で、大手の観光関連事業者等では被災地応援ツアーの実施や被災地関連の物販等が行われている。

さらに、国民が自らの手で自然や文化などの観光資源を保護し、正しく利用しつつ、後世に継承していくことを目的に1968年に設立された日本ナショナルトラストでは、これまでの保護資産の管理と地域活動の支援といった活動を通じて培ったノウハウとネットワークを基に、東日本大震災による被災文化遺産復興支援活動「SEEDS OF FURUSATO」を展開。政府の支援が及ばないものの、価値ある歴史的建造物や三陸・気仙地方の伝統芸能である「虎舞」など民俗・無形文化財の復旧・復興を支援している。

被災地の一日も早い復興と観光立国の実現のために、震災をきっかけに生まれた連携と新たな観光交流が様々な形で発展継続し、残っていくことを期待したい。

4.おわりに

(1) 具体的なアクションへの早急な着手とPDCAサイクルの実施

少子高齢化・人口減少社会の到来、とりわけ多くの地方で急速な過疎化が進む中、国内外の交流人口の拡大により地域活性化と雇用創出を図ることは、わが国の震災からの復興、経済の再生・成長にとって喫緊の課題であり、観光立国の主な担い手となる観光関連産業や地域への期待は日々高まっている。

「1.(4)本報告書の趣旨」に述べた通り、新たな挑戦のないところに飛躍的発展はない。関係者におかれては、まずは出来るところから具体的なアクションに早急に着手し、PDCAサイクルで事業の改善を図ることを提案したい。

外国人観光客の誘致に向けて店舗周辺地域と連携した「ようこそ!マップ」の作成・展開や「ようこそ!カード」による外国人観光客優待で知られるドン・キホーテグループJapan Inbound Solutionsの中村好明氏は、観光立国実現に重要なのは個々の「コンテンツ」ではなく、「旅人への、敬意と感謝」や「共感と絆」といった「コンテクスト」であると強調する。また、PDCAサイクルに加え、「Philosophy;何のためにインバウンドに取組むのか、を自分自信や自社内で明確化する」に始まる「PASSIONサイクル」を提唱する。こうした考え方は、観光振興全般に通じるものであり、関係者の情熱あふれる取組みが原点であることを意識すべきであろう。

(2) 様々な連携強化の必要性と経団連としての取組み

今後、国を挙げて高いレベルの観光立国を実現するためには、観光関連産業や地域の主体的な取組みに加え、これらを中心とした幅広い異業種間連携、産学官政の連携、行政の各部局の連携、そして国民の観光立国に向けた「おもてなし」の意識の醸成が不可欠である。

経団連としては、2020年オリンピック・パラリンピック東京大会の成功はもとより、これを機に高いレベルでの観光立国の実現を目指すとの決意の下、国・地方や観光関係団体との連携を強化していく所存である。

以上

(参考)観光委員会企画部会の検討経過

(講師の所属・役職は会合開催当時)
第1回(2012年8月6日)
  1. (1)「観光サービス産業の競争力強化に向けた課題」
    独立行政法人 産業技術総合研究所
    サービス工学研究センター 副研究センター長内 藤   耕 氏
  2. (2)質疑応答・意見交換
  3. (3)今後の企画部会の活動について
第2回(2012年10月10日)
  1. (1)「国内旅行市場動向と今後の展開~観光におけるリピーター戦略とは~」
    リクルート カスタマーアクションプラットフォームカンパニー 事業創造部
    じゃらんリサーチセンター研究員 とーりまかし副編集長横 山 幸 代 氏
  2. (2)質疑応答・意見交換
第3回(2012年10月24日)
  1. (1)「宿泊業界の生産性向上と競争力ある観光地域づくりに向けた取組み」
    全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会青年部
    北関東信越ブロック長柳   一 成 氏
    観光連携委員会委員長井 口 智 裕 氏
    研修担当副部長山 口 敦 史 氏
  2. (2)質疑応答・意見交換
第4回(2012年11月14日)
  1. (1)「超高齢者時代の旅 介護旅行とトラベルヘルパー 高齢化への対応と成長産業化」
    特定非営利活動法人日本トラベルヘルパー協会理事長篠 塚 恭 一 氏
  2. (2)質疑応答・意見交換
現地視察(2012年11月25,26日)

○宮城県南三陸町、気仙沼市にて、地元行政・観光関係者等と懇談

第5回(2012年12月13日)
  1. (1)「旅行業界の現状と競争力強化に向けた課題
    ~多様性の進むツーリズムマーケットヘの対応と今後」
    株式会社ジェイティービー 代表取締役専務
    株式会社JTB総合研究所 代表取締役社長日比野   健 氏
  2. (2)質疑応答・意見交換
第6回(2013年1月21日)
  1. (1)「ドン・キホーテ流観光立国への挑戦 そのために必要なことは何か?」
    株式会社ドン・キホーテ 社長室ゼネラルマネージャー
    インバウンド&地域連携プロジェクト中 村 好 明 氏
  2. (2)質疑応答・意見交換
第7回(2013年2月8日)
  1. (1)「新たな旅文化の創造
    ~旅行商品づくりを通じて、旅の本質・旅の効能を考える~」
    株式会社ティー・ゲート 代表取締役社長橋 屋   哲 氏
  2. (2)質疑応答・意見交換
第8回(2013年2月19日)
  1. (1)「インバウンド復興に向けた地域との連携」
    株式会社ダイヤモンド・ビッグ社
    代表取締役藤 岡 比左志 氏
    メディア・マーケティング事業本部 副本部長弓 削 貴 久 氏
  2. (2)質疑応答・意見交換
第9回(2013年4月8日)
  1. (1)「スカイツリーを活かした観光地域づくり」
    墨田区 産業観光部 産業経済課長郡 司 剛 英 氏
    東武タワースカイツリー株式会社 常務取締役福 水 正 徳 氏
  2. (2)質疑応答・意見交換
第10回(2013年4月12日)
  1. (1)「観光まちづくり~その考え方と実践」
    東京大学 先端科学技術研究センター 所長西 村 幸 夫 氏
  2. (2)「日本ナショナルトラストの活動と実績」
    公益財団法人日本ナショナルトラスト 主任研究員土 井 祥 子 氏
  3. (3)質疑応答・意見交換
第11回(2013年4月17日)
  1. (1)「『運気上昇のまち 成田』の取り組みについて」
    成田市 副市長藤 田 礼 子 氏
  2. (2)質疑応答・意見交換
第12回(2013年6月20日)
  1. (1)「観光を切り口としたまちおこし」
    北海道大学観光学高等研究センター
    大学院観光創造専攻 特任教授臼 井 冬 彦 氏
  2. (2)質疑応答・意見交換
  3. (3)観光委員会企画部会報告書(案)について
以上

(参考文献)

『日本再興戦略』
(2013年6月14日 閣議決定)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/saikou_jpn.pdf
『観光立国実現に向けたアクション・プログラム』
(2013年6月11日 観光立国推進閣僚会議)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kankorikkoku/dai2/siryou1.pdf
『「平成24年度観光の状況」及び「平成25年度観光施策」(観光白書)』
(2013年6月11日 閣議決定)
http://www.mlit.go.jp/kankocho/news02_000183.html
『観光統計 旅行業者取扱額』(観光庁)
http://www.mlit.go.jp/kankocho/siryou/toukei/toriatsukai.html
『旅行業界の現状と課題 旅行業の役割とJATAの取り組みについて』
(2013年4月15日 一般社団法人 日本旅行業協会)
http://www.jata-net.or.jp/data/pdf/ykwrtrkm.pdf
『観光統計 宿泊旅行統計調査』(観光庁)
http://www.mlit.go.jp/kankocho/siryou/toukei/shukuhakutoukei.html
『観光産業の現状について』(2002年9月10日 観光庁)
http://www.mlit.go.jp/common/000226408.pdf
『介護旅行にでかけませんか
 トラベルヘルパーがおしえる旅の夢のかなえかた』
(篠塚恭一著 2011年 講談社)
『地域資源を見直すだけで再来訪率は上げられる!
 「じゃらんリピーター追跡調査」~リピーターが集まる観光地の創り方』
(『とーりまかし』vol.30 2012年12月号 じゃらんリサーチセンター)
http://jrc.jalan.net/flie/researches/researches036.pdf
『雪マジ!19』
http://www.jalan.net/theme/yukimaji19/
『とーりまかしプロジェクト報告 去年の19歳は雪山に戻ったのか!?
 2012年度、雪マジ!19~snow magic~ 2ndシーズンのご報告と、昨年の19歳の動向』
(『とーりまかし』vol.33 2013年9月号 じゃらんリサーチセンター)
『Jマジ!20』
http://www.jalan.net/jalan/doc/etc/jmaji20/
『「最強のサービス」の教科書』
(内藤耕著 2010年 講談社現代新書)
『「観光」を切り口にしたまちおこし』
(臼井冬彦・富士通総研共著 2013年 日刊建設工業新聞社)
『ドン・キホーテ流 観光立国への挑戦』
(中村好明著 2012年 メディア総合研究所)
以上