Policy(提言・報告書) 税、会計、経済法制、金融制度  BEPS行動8(費用分担取極)に係わる公開討議草案に対する意見

2015年5月29日

OECD租税委員会御中

一般社団法人 日本経済団体連合会
税制委員会企画部会

BEPS行動8(費用分担取極)に係わる公開討議草案に対する意見

OECDが2015年4月29日に公表した公開討議草案「BEPS行動8:費用分担取極に係る移転価格ガイドライン第8章の改定」に対し、以下の通り経団連の意見を提出する。

一部多国籍企業が費用分担取極(CCA:Cost Contribution Arrangements)を利用することで事実上、無形資産を本店所在地国から軽課税法域へと移転させ、これに伴いグループ全体の税負担を不当に軽減させたことがBEPSの一因として指摘されている。経団連は税源浸食の防止、企業間の競争条件の均衡化の観点から、移転価格ガイドライン第8章の改定に向けたOECDの取り組みを支持する。

特に公開討議草案におけるリスクの記述は重要である。いわゆるキャッシュ・ボックス・スキームのように、単に資金を拠出するだけでCCAに付随するリスクを支配する能力・権限を持たない事業体が、研究開発の成果物である無形資産の持分を取得するなどCCAに係る便益を享受することは適当でなく、提案の方向性に賛同する。日本の移転価格税制でも、単に費用を負担しているというだけでは、貢献の程度は低いものとされている。

他方、CCA参加者の貢献を費用ではなく価値で測定するとの整理は、CCA以外の無形資産取引との整合性を踏まえれば理論的に正しく、また、BEPS防止の観点から有効と考えられ、概念としては理解できるものの、実務において機能するかどうかについては疑問が生ずるところである。

日本では一般的に、国外関連者との間で研究開発の委託・受託契約は日常的に行なわれているが、移転価格税制上の費用分担契約はそれほど活発ではない。これは、日本に所在する親会社において知的財産権を集中管理する傾向があること、また、事業上の正当な理由なく無形資産を軽課税法域に移転させる動機が乏しいこともあるが、予想便益割合に基づき費用を配分するというCCAの手法自体、不確実性を感じるということも理由の1つであると考えられる。

こうした中、一部の低付加価値役務を除き、貢献を費用ではなく価値(すなわち独立企業間価格)で測定するとなると、その分、企業の事務負担は増加し、課税当局との間でも価値の妥当性を巡り紛争が生じる恐れがある。CCAの成果物である無形資産が予想と異なる便益割合を生み出した場合、また、CCAが複数国(3カ国以上)に跨る場合には、特に課税関係が不安定になるだろう。ただでさえ高いCCA適用のハードルが、今後一層、高いものとなる可能性がある。

企業は現在、競争力の強化のため、様々な類型の研究開発プロジェクトを検討している。その中には今後、親会社とその海外子会社との間の共同試験研究や、買収した他の多国籍企業の有する無形資産を活用した共同試験研究なども含まれるかもしれない。現在はCCAを実施していない企業であっても、将来的には実施の余地が十分にあると考えられる。CCAの長所は、無形資産のクロス・ライセンスに伴うロイヤルティ収受を相殺するなど、移転価格税制における複数取引の簡素化であるとされているところ(パラ6)、今回の改訂により、かえってCCAが敬遠され、グローバルかつオープンな企業間の研究開発活動が阻害されることのないよう注意する必要がある。

したがって、第8章改定の最終化に際しては、例えば以下の点について追加的な検討を行う余地があると考えられる。

第1は、セーフ・ハーバーの設定である。これには2つの意味がある。まず、今回の第8章改定はBEPSプロジェクトの一環として位置づけられているところ、価値による貢献の測定など、CCAに係る精緻な移転価格分析は、軽課税法域に所在する事業体とのCCA、マスター・ファイルにおいて記載が求められる無形資産の関連する重要なCCAなど、BEPSのリスクが高い一定のCCAに限定することも一案と考えられる。少なくともすべてのCCAに価値による測定を求めることは過剰であり、費用による測定の余地も残すべきである。貢献が低付加価値の場合は、パラ23で記述されている通り、当然、費用による測定を認めるべきである。

また、貢献を価値で測定する場合、CCAの結果生じる便益の水準によってはその価値の水準について事後的にその適正性について疑問の生じる可能性があると考えられるが、当初の価値算定・予想便益を可能な限り尊重するとともに、事後的に修正が求められる場合は極めて限定的とし、その場合の条件の明確化を図るべきである(また、一定の乖離率に留まっている場合には基本的に適正なものとされる等の対応も考えられる)。

なお、そもそも、CCAは当事者による事前の価値拠出と便益享受に係る移転価格上の合意の性質を有することを踏まえれば、事前確認制度(APA)と親和的であると考えられ、ガイドラインにおいてバイラテラル及びマルチラテラルAPAの取得を推奨する記述があっても良い。

第2は、価値の測定方法である。公開討議草案(及び現行ガイドライン)では、無形資産に係る第6章を含め、ガイドラインの他章を参照すべきとの説明があるのみだが(パラ7)、CCAの活用を促進する観点からは必ずしも十分ではない。特に無形資産の伴う共同試験研究はそれ自体がユニークであり、ベンチマークすべき比較対象取引を見出すことが困難である。そのため、価値の測定のため、例えばDCFの採用も考えられるが、恣意性・主観性の問題は残る。このような場合には、他の手法との併用も含め、複数のアプローチを検討することになると思われるが、ベスト・プラクティスの推奨が期待される。

その意味では、今回の公開討議草案において事例1~5が追記されたことは大いに歓迎すべきことだが、一部後述するように、予想便益割合が事後的に変動した場合、否認された場合、CCAが成功せず契約を終了した場合、バイ・イン/バイ・アウトの取扱いなどを含め、事例のさらなる拡充が有用と考える。

第3は、移転価格ガイドラインの他章との関係である。今回の公開討議草案はBEPSプロジェクトに伴う第1章(独立企業原則)、第6章(無形資産)の改定との整合性を意識しているが、CCAにおいて貢献を費用ではなく価値で測定するとなった場合、第2章(移転価格算定方法)との関係はどうなるか、疑問が生じる。例えば残余利益分割法における合算利益の分割方法について説明しているパラ2.138では、研究開発費も含め「費用ベースの配分キーが適切であるかもしれない」とされている。CCAによる改正が第2章を含め移転価格税制の現行実務全体に対し、どの程度の影響を及ぼすのか、懸念される。

第4は、調整的支払についてである。調整的支払はCCAの当事者における貢献価値の調整であるところ(パラ27)、事例4におけるA社からB社に対する「調整的支払」(6年目~15年目における年額2億2,000万ドルの現在価値)は、A社の貢献価値の調整ではなく収益(profit)≒便益の調整であるように見受けられる。事例では、便益割合の変更に伴う貢献割合の修正という調整的支払の発動メカニズムをより明確に説明することが望まれる。

第5は、CCAの参加者とは見なされない場合の取扱いである。公開討議草案「リスク・再構築・特別措置」においても論点となっている項目だが、否認の結果が必ずしも明らかではない。例えば事例5においてA社は、プロジェクトの1~5年において年間1億円ドルの資金拠出を行なっており、6~15年目にかけて年間3億3,000万ドルの収益を得ることが期待されているが、CCAの参加者とされない場合、A社、B社のそれぞれについて、どのような税務上の調整が行われるのか、解説が必要である。

なお、行動8~10では、今回の公開討議草案を含め、移転価格の結果と価値創造を整合させる必要があると繰り返し主張されており、そのこと自体に異論はないが、何が価値を構成するのかについての各国間の合意がないままに課税手法(否認や特別措置の導入、利益分割法の適用拡大)に関する議論が進む一方、紛争解決の手法に関する前進が今のところ見られないことに強い危惧を覚える。

経団連としては、少なくとも製造業における価値創造の源泉は多くの場合、海外子会社におけるマーケティング活動や無形資産の改善ではなく、親会社における研究開発機能であることを公開討議草案「利益分割」に対する意見(2015年2月6日)で示したところだが、その立場に変更がない(即ちCCAにおいても同様に妥当し、誤用されてはならない)ことを改めて確認するとともに、行動14の成果物として、義務的仲裁条項の導入を含め、真に効果的な紛争解決メカニズムが提示されることを強く期待する。

以上