Policy(提言・報告書) CSR、消費者、防災、教育、DE&I  「学校教育情報化推進計画」策定に向けた意見

2021年12月24
一般社団法人 日本経済団体連合会
教育・大学改革推進委員会企画部会

文部科学省は現在、2019年6月に成立した「学校教育の情報化の推進に関する法律」(以下、「法」と記載)に基づき、「学校教育情報化推進計画」(以下、「情報化計画」と記載)を策定すべく、有識者からなる「学校教育情報化推進専門家会議」を中心に検討を進めている。

学校教育の情報化推進に関する施策を総合的かつ計画的に推進するための「情報化計画」は、Society 5.0におけるわが国人材の育成に極めて重要な意義を有するものであり、経団連として以下の意見を述べる。

Ⅰ.我が国における学校教育の情報化の方向性(総論)について

Society 5.0において、わが国やわが国企業が成長していくためには、ビッグデータと呼ばれる膨大な情報を整理・分析し、デジタル技術を駆使しながら、新たな価値を創造できる人材の育成が不可欠である。そのようなSociety 5.0人材の育成は、初等中等教育から高等教育、さらには社会人教育に至るまで重要であり、とりわけ初等中等教育段階から情報・デジタル技術の基本的な素養を身に着けることは、今後の日本および日本企業の発展に大きく寄与するものである。

また、今般のコロナ禍により、教育現場をはじめ様々な分野におけるデジタル化の遅れが露呈した。足元において、わが国ではデジタル人材が大きく不足し、デジタル技術の活用において、日本企業は世界の企業に大きく後れをとっている状況は否めない。今後は、IT企業に限らず社会全体でデジタル技術やデジタル・プラットフォームを駆使しながら、生産性向上のための業務プロセスの改善や社会インフラの整備が極めて重要となる。その意味でも、初等教育段階から、ICTを積極的に活用するとともに、他の科目と同様に情報教育を重視し、さらには大学入試科目への「情報Ⅰ」の追加等を通じて情報教育に対する認知・評価を社会的に高めることで、世界に通じるデジタル技術やそれらに関するノウハウを有する人材、さらにはSociety 5.0人材を育成していくことが急務である。

教育現場では、GIGAスクール構想の前倒し実施により、小中学生については一人一台教育用端末の整備がほぼ完了し、ハード面では大きな進展があったことは評価したい。しかしながら、学校内の通信環境が不安定であったり、教員のスキル不足等から端末が十分に活用されていないなどの課題がある。また、情報教育をはじめ、デジタル教科書・デジタル教材の活用や、デジタルを活用した新たな教育手法の開発・実践など、ソフト面ではまだまだ課題が山積している。Society 5.0に向けた情報化の推進を教育の質の向上に向けた教育改革につなげていくことが重要である。

Ⅱ.学校教育の情報化に関する基本的な方針および施策について

Society 5.0においては、あらゆる分野で情報化・デジタル化が進むことから、学校教育および教育現場における情報化・デジタル化の推進は必須である。情報化・デジタル化は、それ自体が目的ではなく、教育の質を高め、Society 5.0人材を育成するための手段であることを忘れてはならない。「情報化計画」の基本的な方針には、学校教育の情報化によって何を目指すのか、どのような教育を実現し、どのような人材を育成するのかについて、あらためて示すべきである。

例えば、情報化・デジタル化を起点に、Society 5.0に向けてこれまでの学校教育のあり方を大きく転換することを謳ったうえで、情報化・デジタル化により、個別最適な学びと主体的・対話的で深い学びが実現し、教員の働き方改革も達成されること、それによって教育の質が向上し、Society 5.0人材の育成とともに、SDGsの目標4「質の高い教育をみんなに」の達成にも資する、といった前向きなトーンを強調すべきである。

文部科学省資料「『学校教育情報化推進計画』策定に向けた事項(たたき台)」(2021年9月9日)には、基本的な方針として、①ICTの特性を児童生徒の資質・能力の育成に最大限活かす、②誰一人取り残すことなくICTの恵沢を享受できる環境を実現する、③デジタル化や教育データの利活用を進め、校務や学習等を変革し教育の質を向上させる、④安全にICTを活用できる基盤をつくる、の4項目を挙げている。基本的な方針をこの4項目に整理して示すことには特段異存はない。

各項目が「法」第3条に掲げられている基本理念のどれに対応しているかを明確に示すとともに、基本的な方向性を実現するための施策について、取組みの工程表を策定して、計画的に取り組むべきである。また、「教育のICT化に向けた環境整備5か年計画(2018~2022年度)」に記載された項目のうちまだ実現されていないものについて、「情報化計画」の中であらためて整備することを明記すべき#1である。

各項目に関する考え方や施策等に関する意見は以下の通りである。

(1) ICTの特性を児童生徒の資質・能力の育成に最大限活かす

(a) 基本的な方針

学校教育における情報化・デジタル化推進の目的は、新たな社会を生き抜くことができる資質・能力の育成にある。これまでの一律一斉授業による「結果の平等」を重視した教育のあり方をあらため、学習者の視点を重視し、児童生徒それぞれの個性や能力に応じた個別最適な学びや、主体的・協働的な学びを実現すべく、教育カリキュラムのあり方を不断に見直していくことが求められる。ハード面のみならず、教育の質の向上に向けたソフト面の充実も重要である。

「個別最適で協働的な学び」の実現において、ICTの活用は不可欠であり、教育現場において、ICTがツールとして日常的に活用される環境を整備すべきである。その際、デジタルとアナログ、オンラインとリアルをうまく併用したハイブリッド方式による現場の指導やコミュニケーションが必要である。それぞれのメリット、デメリットを踏まえ、ICTを活用していくことが重要である。

ICT活用にあたっては、人権や知的財産権など自他の権利の尊重や、各種情報の活用方法など、リテラシー教育も大事である。

デジタル教科書の活用およびデジタル教材の開発・本格的な普及を推進する必要がある。その際、教材を含む教育サービスの内容によって、教材会社を選択することを基本とすべきである。新たな教材会社がデジタル・プラットフォームを活用できない、あるいは活用のためのハードルが高いことなどによって、新規参入が阻害されることがないよう、教科書会社・教材会社にとっての公正な競争環境の確保も重要である。

児童生徒の学習履歴等のデータは、匿名化したうえでビッグデータとして蓄積・分析・活用を行うべきである。その際、データの規格を全国で標準化することが必要である。また、匿名化した学習データの提供・利用が特定の企業に限定されないよう、学習データへのアクセシビリティを確保し、教育の質の向上を図るべきである。

教師に対するICT活用指導力やデジタル関連知識、活用スキルの向上も必要である。

(b) 基本的な方向性を実現するための施策(例)#2
  • デジタル教科書の本格導入と無償化、教科書検定制度の見直し、デジタル教科書の規格の標準化
  • デジタル教材の開発・普及促進・活用拡大、著作権使用料の適正化
  • デジタル教材、教科書会社にとっての公正な競争環境の確保
  • デジタル教材等の活用を前提とした、従来の教育カリキュラムの見直し
  • デジタルを活用した新たな教育手法の開発・導入・普及
  • クラウド特性を生かした協働的な学び
  • マルチデバイスで学べるコンテンツ・システム環境の整備
  • 教員のICT活用指導力やデジタル関連知識、活用スキルの向上
  • 学習データへのアクセシビリティの確保
  • 学習履歴等のデータを匿名化したうえでビックデータとして蓄積・分析・活用、データ規格の標準化
  • 教育の本質とICTの特性を理解した教育情報化責任者(CIO)の各教育委員会(少なくとも各都道府県教育庁)への設置
  • 学校図書館における電子書籍の導入・普及

(2) 誰一人取り残すことなくICTの恵沢を享受できる環境を実現する

(a) 基本的な方針

「誰一人取り残すことのない教育」という基本理念に賛同する。教育現場においても、ダイバーシティ&インクルージョンは欠かせない視点であり、家庭の経済的状況や地域・学校によって、教育機会の差が生まれないよう、一人一台端末の配布のみならず、通信環境や学習ソフト等の面でも、児童生徒全員がICTの恵沢を享受できるよう、国が予算措置を講じるなど主導的な役割を果たしつつ、環境を整備すべきである。

その際、PC・タブレット等の端末やデジタル教材などについて、学校内のみならず、家庭学習にも活用可能とすることが重要である。長期入院を余儀なくされている児童生徒や不登校の児童生徒、障害のある児童生徒等への教育機会の提供という観点からも、平時においても学校外に端末を持ち出し、使用を可能とする環境を整備すべきである。

経済的理由により通信環境の整備が困難な家庭に対しては、経済的支援を含め必要な支援を行うことも検討すべきである。

さらに、児童生徒の学びを支える教職員に対しても、ICTスキルに関する研修等の実施を含め、ICT環境を整備すべきである。

加えて、各地域の実情に応じて、例えば地域の図書館や公民館を、学校を含む地域のICTサポートセンターとして活用するなど、地域社会における学びの場を整備することも有効である。

なお、ICT技術やICT機器の進歩は日進月歩であり、社会から遅れた教育とならないよう、学校教育のICT環境を適宜更新していく視点が重要である。

(b) 基本的な方向性を実現するための施策(例)
  • 高校生の一人一台教育用端末の整備
  • 教職員用端末の整備
  • 通信速度の改善、学校内におけるインターネット接続環境の整備
  • 初等・中等教育においてもSINET等を活用するなど、国レベルでの教育基幹ネットワークの整備
  • 義務教育段階から、通信教育(オンライン教育)による授業の推進
  • 同時双方向性を原則とする授業・遠隔授業のあり方や教員配置の見直し
  • 家庭におけるICT環境の整備に向けた支援(平時における端末の家庭への持ち帰り、家庭における通信環境、ICT支援員等の家庭への派遣等)
  • 地域の図書館・公民館等のネットワーク・ICT環境の整備、地域のICTサポートセンターとしての活用推進

(3) デジタル化や教育データの利活用を進め、校務や学習等を変革し教育の質を向上させる

(a) 基本的な方針

教員の勤務時間削減といった職場環境の改善はもちろん、教員の事務処理時間短縮を通じた教科・生活指導の充実といった教育の質の向上を目指して、校務のデジタル化を推進し、教職員の業務効率化を図るべきである。

また、GIGAスクール構想のもとで取得可能なデータを匿名化し、分析を行うなど、客観的な根拠に基づく政策立案(EBPM(Evidence-Based Policy Making))を推進し、教育の質の向上に結び付けていくことが極めて重要である。その際、校務データと学習データの連携を進めるべきである。また、個別最適な学びをさらに追求する観点から、学校における学習データのみならず、学習塾など学校外での学習データを連携させ、統合的に分析・活用できるシステムの構築を検討すべきである(学習者ID等の検討を含む)。

上記推進にあたり、個々の学校単位のみに委ねることなく、国や都道府県などより大きな単位で検討・実施し、わが国全体の教育の質を向上させるべきである。関係省庁間の連携も重要である。また、教育の質の向上を図るためには、保護者や民間事業者との連携も重要であり、その旨明記すべきである。

ICT操作のサポート等を行うICT支援員に加え、データの分析や活用に関する支援要員等の人材を学校あるいは設置者に配置するなど、支援体制を整備すべきである。特に公立学校に対する予算措置が必要である。

(b) 基本的な方向性を実現するための施策(例)
  • データ利活用プラン、公教育データ利活用に関するガイドライン等の策定
  • 情報セキュリティポリシーに関するガイドラインに基づく校務のクラウド化
  • 学校のネットワーク回線(帯域)の改善
  • 学習指導要領コードを活用したデジタル教材の活用推進
  • 校務システムと学習システムの統合、クラウドを活用した学習データと校務データとの連携拡充
  • 学校外での学習データと学校内での学習データとの連携およびそれらの一覧性の確保、学習データの活用推進
  • データの分析や活用に関する支援要員等の人材を学校設置者等に配置

(4) 安全にICTを活用できる基盤をつくる

(a) 基本的な方針

個人情報保護と情報セキュリティの確保は必須である。その際、SNSによる誹謗中傷やいじめへの対策の強化、不適切なサイトへのアクセスを不可能とするフィルターの導入、ヒューマンエラーリスク(機器紛失・誤操作・誤発信による情報漏洩等)や健康リスク等への対応も重要である。

一方、個人情報保護や情報セキュリティの確保が、ICTを活用しない言い訳として使われがちである。「使わない」「行わない」ことにより安全性を担保しようとするのではなく、適切な使い方や情報活用能力を身につけさせることで、安全にICTを活用できる児童生徒を育成する(デジタルシチズンシップ教育)旨を記載すべきである。

また、児童生徒のみならず、教職員の情報活用能力やセキュリティに関する知見を向上させる取り組みを行うことも明記すべきである。

(b) 基本的な方向性を実現するための施策(例)
  • 教育情報セキュリティポリシーに関するガイドラインの周知
  • 一人一台端末への端末管理ツール(MDM)導入の徹底
  • 正しい使用を身に着けるための情報教育の充実
  • SNS等による誹謗中傷やいじめ防止への対応
  • ヒューマンエラーリスク(機器紛失・誤操作・誤送信による情報漏洩等)への対応
  • デジタル端末使用時間増加に伴う健康リスクに関する科学的な検証・対策
  • ウィズ・コロナにおける教室の安全・安心な環境整備(換気装置・空気清浄機の設置等)

(5) 特に留意すべき視点等

① ハード・ソフトの適切な更新

テクノロジーは常に進化し続けており、ある時点で一度導入して終わりではなく、時代に即して適切に更新すべきである。とりわけ、教育用端末の更新については、一般的に3~5年での更新が妥当(※)と考えるが、更新期間のみならず、使用済み端末のリユース・リサイクルなど関連する問題も含め、民間事業者の意見を十分に聴取・尊重したうえで、国が主導して計画的に措置する方向で、方針を速やかに打ち出すべきである。また、教育用端末については、定期的に更新できるよう、リース等の活用も検討すべきである。

※ パソコンの償却期間が4年であることや、Windows10のサポートが2025年で終了することに留意すべきとの意見がある。

② 地域、大学や民間企業等との連携

学校教育の情報化を推進するにあたって、国や地方公共団体をはじめとする行政関係者と学校現場との密接な連携はもちろん、保護者、民間教育事業者、企業など、多様なステークホルダーとのコミュニケーションや連携が欠かせない。特に、ICT機器の具体的な活用方法やデジタル教材等の開発・活用、教職員の勤怠管理システム、個人情報保護問題、さらに教職員の働き方改革やキャリアオーナーシップ・リスキリングに向けた意識の醸成などについて、ICT支援員や民間事業者の知見・経験を積極的に活用すべきである。

また、初等・中等教育においてもSINETを活用するなど、国レベルでの教育機関ネットワークを整備すべきである。

Ⅲ.学校教育情報化推進計画の位置づけ・あり方等について

(1) 情報化計画の位置づけ

政府では、学校教育の情報化・デジタル化を推進する様々な施策や事業#3が実施されている。「情報化計画」策定後は、基本的に「情報化計画」に基づいて、学校教育の情報化・デジタル化推進施策を推進すべきである。また、今後、デジタル社会形成基本法に基づき策定される「デジタル社会の実現に向けた重点計画」と「情報化計画」との関係につき明らかにすべきである。

一方で、「教育振興基本計画」(学校教育を含む教育政策全般については、教育基本法に基づき、5年ごとに定める計画)との関係が課題となりうる。「情報化計画」と「教育振興基本計画」を可能な限り整合的な内容とすべき#4である。

(2) 計画期間

技術革新等のスピードに鑑みると、計画期間は、教育振興基本計画と同じ5年では長く、3年程度とすることが妥当と考える。ただし、計画期間内にPDCAのサイクルを複数回回し、必要があれば見直すこととすべきである。

(3) 学校教育の情報化に関する目標

可能な限り数値化ができる定量的な目標を設定すべきである。そのうえで、一定のサイクルで達成状況が確認できるよう、進捗管理を行うとともに、目標達成に向けた継続的な取り組みのサイクルを回す仕組みを構築すべきである。

情報化自体が目的ではないことに留意し、情報化の結果としてどのような教育的効果があったのかを示す指標に関する研究を進め、早期に導入・設定すべきである。あわせて、例えば、学校内外に配布する印刷物の種類や枚数の削減目標など、校務がどの程度効率化されたのかを示す指標を設定すべきである。

指標(例)
  • 校務の情報化(ペーパーレス化)に関する数値目標(学校内外に配布する印刷物の種類や枚数等に関する削減目標など)
  • 生徒の習熟度を測るテスト等の実施を通じた、具体的な目標(点数等)の設定
以上

  1. 「5か年計画」には、授業を担任する教師1人につき1台指導者用コンピュータの整備、超高速インターネット及び無線LANの100%整備、統合型校務支援システムの100%整備、ICT支援員の4校に1人の割合での配置、学習用ツール、予備用学習者用コンピュータ、充電保管庫、学習用サーバ、校務用サーバ、校務用コンピュータやセキュリティに関するソフトウェアに関する整備等の目標が掲げられている。しかし、例えば統合型校務支援システムを導入済みの学校の割合は、2020年度末現在で72.3%、学校の回線を集約してインターネットに接続している学校の割合は2021年5月末現在で4割超(出所:文部科学省「GIGAスクール構想に関する各種調査の結果」2021年8月)など、目標に達していない項目がなお存在する。
  2. 「基本的な方向性を実現するための施策(例)」や後述「指標(例)」は、会員企業から寄せられた意見を紹介したもの
  3. 例えば、GIGAスクール構想や「GIGA StuDX 推進チーム」による支援活動(文部科学省)、初等中等教育段階のSINET活用実証研究事業(文部科学省)、統合型校務支援システム導入実証研究事業(文部科学省)、「未来の教室」実証事業(経済産業省)など
  4. 現在の「第3期教育振興基本計画」は2022年度までの計画。「情報化計画」は、現在の第3期教育振興基本計画、そして2023年度以降は第4期教育振興基本計画のもとで、実施されることが想定される。