会長コメント/スピーチ 会長スピーチ  ウィズコロナ・ポストコロナ時代の経済活性化に向けて ~読売国際経済懇話会における十倉会長講演~

2021年11月29日(月)
於:東京會舘 7階 SAKURA
講演資料はこちら

はじめに

経団連会長の十倉でございます。

読売国際経済懇話会(YIES)は、1972年に設立されたと伺っております。伝統あるYIESの場で、本日、皆様にお話させていただく機会をいただき、大変光栄に存じます。

私は、本年6月1日に、経団連会長に就任いたしました。本来であれば、今年度は中西前会長の、経団連会長としての最後の年であり、集大成の年でありました。こうした中、中西さんは病に倒れられ、6月27日にご逝去されました。

中西さんから後事を託され、内外に課題が山積し、かつ、コロナ禍という非常に難しい状況の下、経団連会長という重責をお引き受けすることは、私にとりまして、非常に難しい決断でした。

しかしながら、「義を見てせざるは勇なきなり」という言葉がございますように、就任してから、この半年、中西さんの敷かれた、Society 5.0 for SDGs、サステイナブルな資本主義といった基本路線を継承・発展させるべく、スピード感もって、微力ながら全力で取り組んでまいりました。

経団連として、政府と議論しながら、経済界の声を直接とどけるべく、政策提言を行い、政府の会議体等に出席する日々を過ごしております。非常に密度が濃く、喫緊の課題が目白押しで、一刻の猶予もなく、私の能力では、1日が24時間では足りない感覚を持ちながら、仕事に邁進しております。

本日は、「ウィズコロナ・ポストコロナ時代の経済活性化に向けて」と題しまして、私の、わが国社会経済に対する認識や、その課題、経団連の取り組みなどを、ご紹介させていただきます。

本日は、第1に、経団連が掲げる「サステイナブルな資本主義」について、第2に、このコロナ禍にあって経団連として取り組んできたこと、第3に、昨年経団連が策定しました「。新成長戦略」のご紹介と、それに関連するわが国の社会経済の諸課題、第4に、その中でも特にグリーントランスフォーメーション(GX)について、そして最後に、私の信念、考えを述べさせていただきます。

1.サステイナブルな資本主義

1980年代からのレーガノミクス、サッチャリズムに代表される世界的な、行き過ぎた資本主義、市場原理主義の潮流は、格差の拡大、固定化、再生産や、気候変動問題、新型コロナのような新興感染症といった生態系の崩壊をもたらしています。皆様には、申し上げるまでもないことですが、自由で活発な競争環境、効率的な資源配分、イノベーションの創出、資本主義、市場経済は、わが国の社会経済活動の大前提です。しかしながら、こうした課題を踏まえて、われわれは、これまでの資本主義の路線を見直す時期に来ていると考えています。

こうした中、SDGs、ESG投資など、サステナビリティを重視する考えが、世界中で認識されてきています。米国の経済団体であるBRTは、シェアホルダーズバリューから、ステークホルダーズバリューを重視する姿勢を表明しています。World Economic Forumも、ステークホルダーキャピタリズム、行き過ぎた株主資本主義の是正は、世界経済の潮流であるとしています。そこで、経団連は、「サステイナブルな資本主義」を掲げました。

わが国でも同様に、経済の長期にわたる低成長、所得の伸びの低迷、都市と地方の格差の拡大がみられています。また、「社会的共通資本」がダメージを受けています。

「社会的共通資本」は、世界的な経済学者であった宇沢弘文先生が掲げた概念であり、例えば、自然環境、社会インフラ、教育、医療といった制度資本のことを言います。先ほど申し上げた生態系の崩壊、医療問題や経済安保を含む危機管理対応の問題、科学技術力の低下などの課題は、市場経済だけでは解決できませんので、政府の役割が極めて重要になると認識しています。

こうした中、岸田内閣が誕生し、「新しい資本主義」を掲げられました。これは非常に時宜を得たものであり、「新しい資本主義」と、経団連の「サステイナブルな資本主義」は軌を一にしていると認識しています。

岸田内閣は「新しい資本主義実現会議」を創設し、成長と分配の好循環、コロナ後の新しい社会の開拓をコンセプトとした、「新しい資本主義」を掲げています。この会議には私もメンバーとして参加しています。

5ページは、私が10月26日の第1回目の会議で使ったスライドです。この「新しい資本主義」についての問題意識として、まずは、その基本的な考え方を固め、今後の岸田内閣の政策のベースとなる軸を明確にすることが肝要であると申し上げました。また、そのうえでポイントを3点、申し上げました。

1点目は、われわれの経済活動は資本主義が前提であり、低成長が続くわが国では、まずは成長が重要になるということです。経済のパイを拡大しなければ、分配政策にも限界があります。ただし、シェアホルダーからマルチステークホルダー重視の時代の流れの中にあっては、成長と分配はセットで議論すべきものです。

2点目は、成長に向けて取り組むべき課題は、自然環境、制度資本といった、いわゆる社会的共通資本の構築であるという点です。つまり、具体的には、コロナで問題となった、わが国の危機管理能力の向上です。あるいは、デジタル化の遅れに対してのデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進です。これは、包摂的な社会の実現や、地域の振興にも有効なツールとなります。また、2050年カーボンニュートラルに向けてGXの推進も含め、いずれも、わが国の喫緊の重要課題と言えます。さらに言えば、こうしたGX、DXの推進は、アベノミクスの第3の矢で目指した国内での投資であり、まさにわが国の経済成長に直結するものです。

3点目は、先ほども申し上げたように、こうした課題は市場経済だけでは解決できない問題であり、政府の役割が極めて重要になるということです。グリーン分野に対する欧米の大規模な財政出動や、わが国のデジタル化の遅れなどを見れば、GX、DXの推進に向けて政府による産業政策の重要性が増しているのは明らかです。また、GX、DXの推進には、科学の力も重要です。すなわち、わが国の基礎研究力の強化が必要であり、それを支える理数系教育の充実が特に重要であると考えます。

このように、新しい資本主義の実現に向けて、成長が重要、社会的共通資本の構築、政府の役割が重要の3点を軸に議論が進むことを期待すると申し上げました。

6ページは、11月8日の第2回目の会議で使ったスライドです。私の「新しい資本主義」に関する問題意識として、「GX」が検討項目として抜け落ちているのではないかということを申し上げました。

まず、格差の問題、生態系の崩壊の問題の解決に向けて、「新しい資本主義」は、3つの領域に注力するべきです。成長する経済(分配の原資を確保)、安心安全の社会制度(将来不安の解消)、サステイナブルな地球環境(主にはGX)の3つの領域に注力するべきです。

1つ目の「成長する経済」は、岸田内閣が掲げる科学技術立国の推進はもちろん、DXとGXの推進があげられます。2つ目の「安心安全な社会制度」には、危機管理体制の整備、社会保障制度の見直し、さらには、科学技術立国を支える教育が必要です。そして、3つ目の「サステイナブルな地球環境」には、喫緊の課題として、気候変動問題への対応が急がれ、それと同時にGXの推進も必要です。

こう考えると、実は科学技術立国の推進は、岸田総理が「成長戦略の第一の柱」と掲げたものであり、危機管理体制の整備は、政府内で先行して検討が進められていると言えます。さらに、DXについては、デジタル田園都市構想実現会議やデジタル臨調の設置が進んでいます。また、社会保障制度の見直しについては、「全世代型社会保障構築会議」の設置が進んでいます。

こうした「新しい資本主義」の検討が進む中で、「GX」が検討項目として抜け落ちているのではないか、ということを非常に懸念している旨、申し上げました。

また、後ほど詳しく申し上げますが、GXはわが国経済の成長の柱であるとともに、トランスフォーメーションの名のとおり社会変容であり、産業や国民に大きな変化を迫るものです。したがって、GXは「新しい資本主義」の重要なテーマの一つとして政府全体で議論していくべきものと、申し上げました。

2.コロナ関係での経団連取り組み

経団連は常に、政府に先駆けて有用な提言を行ってきたと自負しています。

コロナ対応については、私が経団連会長に就任した6月1日から、最重要課題と位置づけ、4度の政策提言の立案、働きかけに注力してきました。

6月の時点では、コロナ対策のカギはワクチン接種と認識されていました。半年前の日本は、ワクチン接種で出遅れていましたので、私は就任した6月1日に緊急提言を取りまとめ、その後、即座に菅総理に手交いたしました。冬の到来までに集団免疫獲得を目指し、ワクチン接種体制の確立・迅速な接種促進を内容とする提言です。大阪大学前総長の平野先生、大阪大学名誉教授の宮坂先生などの免疫学の権威が同様の提言を出され、ワクチンの接種の混雑緩和などで連携してきました。

また、会員企業へ職域接種の積極的な実施や、接種後の休暇取得促進など従業員が接種を受けやすい環境整備を呼びかけました。同じ時期に、菅総理は1日100万回のワクチン接種の大号令をかけられましたので、政府の方針と経団連の取り組みがぴったり合致しました。いろいろとトラブルもありましたが、「完璧よりも拙速を尊ぶ」という方針の下でやってまいりました。

その結果として、11月25日時点で、国民全体の76.5%が2回の接種を完了し、総接種回数は1億9644万回にのぼっています。12歳以上の接種対象者で見れば、8割超が2回目接種を完了しています。

また、ワクチン・検査パッケージについても、6月24日にはすでに、パスポート出入国時、国内の双方でのワクチン接種記録の早期活用を提言しました。また、社会経済活動の正常化に向けた出口戦略、ロードマップの打ち出しや、利用者が合理的に活用するためのガイドラインの作成も提言しました。

しかし、非常に残念なことに、夏場にデルタ株の流行、第5波がありました。ワクチン接種が一気呵成に進むものの、道半ばであり、医療体制の逼迫などが問題となりました。

こうした中、経団連は9月14日にも3回目の提言で、医療体制の逼迫解消・防止のため、病床や医療人材の確保、抜本的な制度の見直し等による環境整備を訴えました。また、厚生労働省承認の抗原簡易キットの薬局・ドラッグストア等での販売や、症状がある人に限らず、広く活用を認めることも提言しました。さらに、全ての人の入国後隔離期間の14日から10日への短縮、ワクチン接種者に対する隔離期間の免除、外国人への査証発給再開も求めました。

これらの成果として、政府では、現在の岸田内閣の緊急経済対策にも盛り込まれたように、医療提供体制の充実・強化に、その後も積極的に取り組んでおられます。また、厚労省は特例的な対応として、厚労省承認の抗原簡易キットを調剤薬局で販売できるようにする事務連絡を、9月27日に発出しています。さらに、ワクチン接種者に対しては、9月27日から入国者の自宅等待機が14日から10日に短縮されました。

さらに、11月16日には、新たに「感染症対策と両立する社会経済活動の継続に向けて-新型コロナウイルス感染症対策に関する新内閣への提言-」を公表し、公衆衛生の危機に対応すること、国・自治体の強い指揮権限・体制の整備、経口治療薬等を活用した一般病院等での早期治療体制の確立、国産治療薬・ワクチン開発、ブースター接種等の推進といった医療提供体制の整備を提言しました。

また、ワクチン・検査パッケージを活用した社会経済活動の活性化、厳しい事業環境にある産業を中心とした経済振興策の早期展開、データを踏まえた入国管理の適正化、ワクチン接種証明書のデジタル化といった、科学的知見に基づく、社会経済活動の活性化に向けた政策の展開も求めました。

コロナが落ち着いた現状は、国民が一丸となって夏の第5波を乗り越えた成果と言えます。本日のような、大人数のリアル形式講演会でさえ開催できるまでになっています。医療従事者、政府はじめ、全ての関係者に敬意と感謝を表します。

11ページは、Our world in dataという、オックスフォード大学が運営するオープンデータから作成したワクチンの接種率を国際比較したグラフであり、日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、イスラエル、インドのワクチン接種率を比較したものです。ワクチン接種で先行したイスラエル、また、欧米でも6割前後で頭打ちになる中、日本は7割を超え、8割に迫っています。6月時点では、1日100万回接種は、おそらく当時ご担当だった河野大臣も含めて、誰もが無理だと思っていたはずであり、これは、菅前総理の強力なリーダーシップになくしてあり得なかったと思います。

12ページのグラフは、人口100万人あたりのコロナの死者数の国際比較です。今年の夏以降、ワクチンが普及してからは明らかに減少していますが、日本は、そもそも死者が少ないことも、よくわかります。

13ページのグラフは、人口100万人あたりのコロナの新規感染者の国際比較であり、ワクチンが普及してからもイスラエルや欧米で、新規感染者が抑え込めていないことがわかります。一方で、日本はデルタ株の影響は受けたものの、やはり非常に低い水準で推移しています。これは、ワクチンがこれだけ普及してもなお、マスクをし、手指消毒を欠かさない、真面目な国民性によるものと考えられます。

14ページは、主要国の病床数を比較した表であり、日本は他の先進国に比べて、非常に病床数が多いことがわかります。

15ページは、新型コロナの治療薬の一覧です。当初は、治療法が確立されておらず、感染拡大を防ぐためには人と人との接触を避ける以外の対策がなかった未知のウイルスについても、カタリン・カリコ博士によるmRNAワクチンの開発や、これらの治療薬のほか、中和抗体カクテルや経口薬の開発を通じ、今後、パンデミックからエンデミックへと移行することが期待されます。

ただし、No one is safe until everyone is safe.であり、1国だけが安全になっても意味がありません。また、欧米では、新規感染者数が抑え込めておらず、むしろ増加していますので、当面は、ウィズコロナを前提にした社会経済活動が求められます。感染症対策と経済社会活動の両立に向けて、スピーディで科学的、論理的な検証・分析に基づいた政策・対策が肝要ということです。

なぜ日本で第4波、第5波のような大きな混乱が生じたのでしょうか。また、今般のコロナ禍から学ぶべき教訓は何でしょうか。

第1は危機管理対応の欠如です。イスラエル、韓国、台湾は成功しました。第2は病床のアロケーションの失敗です。病床数は多いのですが、政府、自治体に権限がありませんでした。第3はワクチン許認可の遅れ、ワクチン接種のスタートの遅れです。過度の安全志向がありました。

3.「。新成長戦略」のご紹介

ここで、本日のテーマでもあるウィズコロナ、ポストコロナの中長期の視点でのわが国の成長戦略として、経団連は、昨年11月に「。新成長戦略」を策定しました。冒頭の句読点の「。」は誤植ではありません。これまでの成長戦略の路線に一旦、終止符「。」を打ち、新しい戦略を示すという中西前会長の思いが込められています。

ここからは、この「。新成長戦略」をご紹介しつつ、関連して、わが国の社会経済の課題について、お話させていただきます。

端的に申し上げれば、「。新成長戦略」は、サステイナブルな資本主義を確立するための戦略です。経団連は、この戦略を通じて、2030年に実現したい、わが国および世界の5つの未来像を、5つのステークホルダー(生活者、働き手、地域社会、国際社会、地球の未来)との価値共創を軸として描き、国民一人ひとりが未来に向けたアクションを実行していくことを呼びかけています。

この5つの未来像は、DXを通じた新たな成長、働き方の変革、地方創生、国際経済秩序の再構築、グリーン成長の実現であり、わが国が取り組むべき5つの課題と認識しています。

まず、DXを通じた新たな成長についてご説明します。戦略では、新たな成長を実現する共通基盤として、データ活用の推進、若い才能・研究開発への投資拡大、スタートアップの振興などを主張しています。また、データの活用を通じて、ヘルスケア産業を新たな成長産業にすること、教育のデジタル化やSTEAM教育の推進などを通じた人材育成、強靭なサプライチェーンの構築、デジタルガバメントの推進なども主張しています。

DXに関連し、2点申し上げます。1点目は、DXのキーは、多様な個人のwell-beingと社会全体の最適化の両立による包摂的な社会の実現にあるということです。例えば、離島や遠隔地でも最高の教育、最高の医療が受けられ、足の悪い高齢者も自動運転でどこへでも行けるということ。これこそ、政府や経団連が推進してきたSociety 5.0の実現でもあります。

2点目は、岸田内閣のデジタル臨時行政調査会についてです。私もこの会議に参加しています。医療や教育分野におけるデジタル化の推進はもちろん、目先の問題として、マイナンバーの利活用の推進を期待しています。岸田内閣が掲げる「成長と分配の好循環」を実現するには、国民の将来不安の解消が求められます。マイナンバーの活用を通じて、適切な負担、適切な給付を実現する社会保障制度の見直しが必要です。将来不安の解消により、賃上げや現金給付が、貯蓄に回ることなく、消費喚起につながり、それが成長につながることではじめて成長と分配の「好循環」が実現します。

ただ、こうした話は、従来から政府の各種審議会等で議論し尽くされています。問題はやるかやらないか、慶応の村井先生の言葉を借りれば、Now or Neverです。まさに、デジタル庁が発足し、岸田内閣が成立した今こそ、国民の利便性に資する各種改革を大胆に行う絶好の機会であり、こうしたことを、デジタル臨調でも申し上げました。

20ページは、働き方の変革についてです。「。新成長戦略」では、時間や空間にとらわれない柔軟な働き方への転換、人材の流動化、多様な人々の活躍、産みやすく、育てやすい社会に向けた環境整備などを主張しています。

働き方の変化に関連し、2点申し上げます。1点目は、経団連は昨年の経労委報告書で、労働時間の削減(インプットの削減)(働き方改革フェーズⅠ)だけでなく、労働によるアウトプット(付加価値)の増大(働き方改革フェーズⅡ)の重要性を強調しているということです。そのカギは、働き手のエンゲージメントの向上であり、そのために、働き手の自律性を重視した、多様で柔軟な働き方の実現が求められます。具体的には、労働時間にとらわれない働き方に向けた法制の見直しも重要な課題と認識しています。

2点目は、DXやGXはその名のとおり社会変容であり、日本の産業構造は大きく転換していきます。その中で、成長分野への円滑な労働移動のためのリスキリング、リカレント教育も今後の重要な課題となります。

22ページは地方創生です。「。新成長戦略」では、働き方の変革を通じた柔軟な働き方によって人材を還流すること、地方大学を中心に中小企業、スタートアップ、地方銀行、地方公共団体等に大企業も加わり、多様な主体によるエコシステムを構築すること、災害時に地方の交通、物流等のインフラがダメージを受けても地方の生活が維持できるよう、強靭なインフラや分散型のサプライチェーンを構築することなどを主張しています。

地方創生についても、2点ほど申し上げます。1点目は、経団連は2021年11月に、地方創生の実現に向けた取り組み方針と、さまざまな連携パートナーとの実行内容をまとめた「地域協創アクションプログラム」を策定したことです。同時に、会員企業・団体の取り組み事例をまとめた「地域協創事例集」を公表しています。「多様な人材を動かし、惹きつける」「新たな仕事の機会を生み出し続ける」「街の魅力を高める」ことを目指し、公表後は、プログラムにもとづく具体的な連携を進め、実施内容を随時更新しています。言い放しではなく、不断の見直しを行っています。

2点目は、DXは地方と都市の格差を埋める有効なツールになるということです。岸田内閣では、「デジタル田園都市構想 実現会議」が設置されました。地方からデジタルの実装を進め、地方と都市の差を縮め、都市の活力と地方のゆとりの両方を享受できるのが「デジタル田園都市国家構想」です。経団連は、「デジタル田園都市構想」の具体化が、Society5.0の実現であると期待しています。

24ページは国際経済秩序の再構築についてです。「。新成長戦略」では、自由貿易・投資体制の堅持・拡大・深化に向けて、自由で開かれたインド太平洋(FOIP)の実現、経済連携協定の拡大と質の向上、インフラ・システムの海外展開などを推進すべきと主張しています。

また、データの活用におけるトラストを形成するためのルール形成(DFFT)の主導、主体的かつ戦略的な経済安全保障の確保といったことを主張しています。

国際協調については3点ほど申し上げます。1点目は、国際協調の重要性についてです。申し上げるまでもなく、資源が乏しいわが国としては、世界とともに生きていく以外に選択肢はありません。コロナ禍においては、「人は一人では生きられない」“No man is an island.”ならぬ“No country is an island.”、「どの国も一国では生きていけない」ことを痛感させられました。国際協調を言葉だけに終わらせないことが重要です。

イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏は、一国主義では解決できない3つの問題として、核戦争、生態系の崩壊、破壊的技術をあげ、問題の解決には、国際協調が必要だと述べています。新型コロナのような新興感染症への対応、気候変動問題といった課題の解決は一国では不可能であり、わが国としても、自由、民主主義、人権、法の支配といった価値観を共有する国・地域との連携をより一層強化していかなければならないと考えています。

なお、国際協調の例としてCPTPPが挙げられます。CPTPPは、中国、台湾の加入申請で注目が集まっていますが、いたずらに拡大すれば良い訳ではなく、ハイレベルな条件をクリアした国・地域を迎え入れることが重要です。率直に言えば、米国に早く戻ってきていただきたいというのが本音です。

国際経済秩序の2つ目の視点は経済安保です。例えばサプライチェーンの強靭化については、日米間、欧米間、さらには日米豪印間(QUAD)で対話が始まっています。この問題は、まさに価値観を同じくする国・地域の協力が不可欠ですが、グローバルなサプライチェーンは、リカードの比較優位の原則よろしく、企業が経済合理性に基づいて構築してきたものであり、安全保障に関わる部分について、政府の関与の下で、国全体として、一体的・戦略的に対応することが重要です。

他方、政府の関与が過度に及べば弊害も大きくなりますので、あくまでもビジネスの実態を踏まえて、最も適した強靭化のための方策を、企業が選択できるようにすべきです。経団連としては、政府に対し、流出させてはいけない機微技術の範囲を特定することで事業の予見可能性を高めるよう求めています。

外務大臣の科学技術顧問も務めた東京大学名誉教授の岸先生は、「科学に国境はないが、技術には国境がある」と指摘されており、官民一体となった、したたかな戦略が求められます。

岸田内閣は担当大臣を置くなど、経済安保の強化を政策の柱の一つとして掲げています。経団連は、政府と意思疎通を密にし、安全保障を経済の面からも確保できるよう協力する一方、自由な経済活動と事業の予見可能性がしっかり確保されるよう働きかけていきます。

経済安保の問題が議論されるようになったのは、米中対立という背景があります。貿易問題、技術覇権争いからイデオロギー対立に至っています。こうした現状において、サプライチェーンを米国向け、中国向けで分ける、いわゆるデカップリングを求めることは、望ましくなく、現実的でもありません。

27ページは、日、米、中、EUの相互の輸出入額を図にしたものであり、お互いが相互に連携していることが見てとれます。こうした状況下では、世界は中国なしでは生きられないし、中国も世界なしでは生きられないのです。したがって、対中関係の要諦は「競争と協調」(competition with co-operation)なのです。

「グリーン成長の実現」については、2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、「。新成長戦略」で、新しい技術によるイノベーションの加速、再エネへの重点的支援、原子力の活用などを主張しています。

大気中のCO2濃度は、産業革命前の280ppm程度から400ppm超のレベルにまで上昇しており、もはや“point of no return”、後戻りできないところまで来ており、さらに進んで450ppmを超えれば、今度は“tipping point”(臨界点)を超え、温暖化に歯止めがかからなくなります。

私が経団連会長に就任してから、GXを最重要課題の1つと位置づけ、経団連の中で喧々諤々議論している最中です。後ほど、もう少し詳しく、お話させていただきます。

先ほどDXのところで述べたスタートアップの振興について、経団連は、スタートアップの数を10倍に増やし、成功のレベルを10倍に高めるべく、南場副会長を中心に、人材、教育、金融、税制、規制改革といった多様な視点から検討を進めています。

また、スタートアップの支援・振興の取り組みを加速させるべく、2019年5月にスタートアップ委員会を新設し、大きく2つの活動を展開しています。1つ目はスタートアップにとってより良い環境を実現するための政策提言活動、2つ目はスタートアップと大企業の連携促進のためのイベントの開催です。

政策提言活動について、経団連は、スタートアップ政策タスクフォースにて、スタートアップ視点での活動を実施しています。タスクフォースの委員はスタートアップのみで構成されており、経団連会員企業ではない企業の参加も可能にしています。こうした取り組みを通じて、具体的には、オープンイノベーション促進税制の創設に貢献してきました。

また、2019年10月よりネットワーキングイベント、Keidanren Innovation Crossing (KIX) を 開催しています。また、2020年3月以降は新型コロナウイルス感染拡大の影響を考慮し、オンラインで開催しています。これらを合わせ、これまでにリアルで5回、オンラインで18回、合計23回の開催実績があります。KIXでは、経団連の強みを活かすべく、大企業側の参加者をオープンイノベーション・新規事業担当の役員以上に限定することで、ハイレベルなネットワーキングの実現を目指しています。

スタートアップ振興には、人材、教育、金融、税制、規制改革等、多様な視点での検討が必要とされます。

人材、雇用といった観点からは、わが国における雇用の流動性、雇用慣行、労務管理といった視点、失敗した場合のセーフティネットの問題の検討が必要です。

教育の観点からは、初等中等教育のうちから人々の自主性をどのように育くむのか、あるいは、産学連携、大学改革(10兆円ファンド)と連携した議論も必要になります。

規制改革の面では、日本全体ならびに政府におけるデジタル化の遅れを挽回することも必要です。米国のSBIRのように、公共入札でもスタートアップへの支援が必要とされることがあります。

地方大学発のスタートアップとの連携は、地方創生のキーイシューです。

言うまでもなく、経団連は従来から、スターアップという視点とは関係なく、教育改革、労働問題、産学連携、大学改革、規制改革、地方創生等について議論を重ねてまいりました。こうした経団連の議論と連携させることで、スタートアップ振興について、より総合的な視点から、厚みのある議論ができることも、経団連の強みであり、責務であると自覚しています。

4.グリーントランスフォーメーション(GX)

先ほども申し上げましたように、私が経団連会長に就任してから、GXを最重要課題の1つと位置づけています。

繰り返しになりますが、大気中のCO2濃度は、産業革命前の280ppm程度から400ppm超のレベルにまで上昇しており、もはや“point of no return”、後戻りできない水準に至っています。さらに進んで450ppmを超えれば、今度は“tipping point”(臨界点)を超え、温暖化に歯止めがかからなくなります。

35ページは、各国のNDC(Nationally Determined Contribution)を比較した表です。2050年は遠いようで、すぐの話であり、2030年度46%削減目標は、極めて高いハードルと言えます。

カーボンニュートラルを実現するためには、当然のことですが、いかに化石燃料を使わないようにするかが重要であり、そのためには、大きく6つの方向性が求められています。

1つ目は、できる限り再生可能エネルギー、原子力等の化石燃料を使わないゼロエミッション電源を確保することです。これに対し、現在、化石燃料の4割は電力に使われています。2つ目は、このゼロエミッション電源を用いて、今まで熱源を利用してきたものを、できる限り電化することです。3つ目は、それでも残ってしまう熱源について、カーボンフリーの水素・アンモニアを導入していくことです。ただし、当然ながら、地球上から炭素をなくすことはできませんので、4つ目として、材料で使われる炭素は循環させる、すなわちカーボンリサイクル、ケミカルリサイクルを推進させることです。5つ目は、エネルギー多消費型の産業において、例えば鉄鋼業におけるゼロカーボンスチールのようなプロセスイノベーションの実が求められることです。最後の6つ目は、エネルギーインフラとして、再エネのグリッド網や蓄電機能の確保など、次世代電力システムを確立していくことです。

私は、6月の経団連会長の就任挨拶で、かねて経団連が進めてきた「低炭素社会実行計画」について、新たに「カーボンニュートラル行動計画」として策定することを表明し、11月8日には、2050年カーボンニュートラルに向けた経団連のアクションプランとして、「カーボンニュートラル行動計画」を取りまとめました。

行動計画の内容は、2050年カーボンニュートラルに向けたビジョンの策定と、排出抑制、主体間連携、国際貢献、革新的技術開発の4つの柱で構成ており、政府が2050年カーボンニュートラルを宣言して以降、わが国のすべての業種から、これを目指すプレッジを得ることができたということに意義があります。

しかしながら、カーボンニュートラル行動計画は、各業界の自主的取り組みであり、エネルギーのゼロエミッション化も進んでいない現状では、先を見越した、カーボンニュートラルの実現に向けた議論に対しては限界がありますので、政府に対して、政策支援をお願いしなければならないとも考えています。

例えば、GXの推進には、再エネ導入、再稼働・リプレース、SMRの開発等の原子力の問題、将来的な核融合の開発といったエネルギー政策の議論が必要ですし、GXによりわが国の産業構造が変化すれば、労働移動の円滑化を促すリスキリングなど、労働に関する議論も求められます。

カーボンプライシングについては、成長に資することを前提に、クレジット取引、キャップ&トレード、炭素税なども含めて間口を広くとって、社会変容を促し、産業政策にもなり得る最適なポリシーミックスを考える必要があります。

欧州は、炭素国境調整措置のように、したたかに経済外交戦略を展開しており、水素・アンモニアの海外からの調達には経済安保の観点が欠かせませんので、外交・安全保障の議論も必要となります。

欧米のグリーン分野の投資、すなわちグリーンディールは、複数年にわたる大規模な財政措置を、中長期の産業政策として戦略的に行われています。これを、わが国の予算単年度主義を見直し、複数年にわたる予算を検討する契機とすべきではないかと考えています。

GXは、このように数多くの非常に重要な論点を含んでいますので、「新しい資本主義」の重要なテーマの一つとして、政府全体で議論していっていただきたいと思います。

5.おわりに

本日の講演の最後に、私の信念、考えを述べさせていただきます。

「サステイナブルな資本主義」のところで申し上げた、宇沢先生の「社会的共通資本」の重要な点は、「from the Social Point of View」(社会性の視座)、市場経済の中に社会の視点を入れるということです。

社会的共通資本は、市場原理にゆだねる(丸投げする)のではなく、市場経済の仕組みを使ってコントロールしていくものです。主流派経済学(新古典派)が想定する一様なホモエコノミクス、資源の可塑性は現実的ではなく、現実の社会・個人に着目した資本主義、市場経済を築く必要があります。

では何が正義か。ロールズは、第1に個人の自由を認める(ただし、他人の自由を侵害しない)こと、第2に経済活動を行う機会の均等を認めることを挙げ、そこで格差が生じても、最も恵まれない人の経済状況が改善するとしました。そこでは、最大多数の最大幸福の原理によって個人の幸福と社会の幸福を調和させようとしたベンサムの功利主義への懐疑をもとに、現実にある格差にきちんと目を向けること、そのうえで個人の自由な経済活動を認めつつ、そこで発生する不平等をどこまで許容できるかを議論することの重要性が指摘されました。

こうした先人の知恵をよりブラッシュアップさせる必要があります。もちろん経済活動は、自由で活発な競争環境、効率的な資源配分、イノベーションの創出など、資本主義、市場経済の堅持が大前提ですが、shareholder's value 一辺倒の株主資本主義を是正し、ステークホルダーを重視することが世界的な潮流となっています。

経済は「経世済民(世を経(おさ)め、民を済(すく)う)」であり、人々の幸福の役に立つものでなければなりません。ケインズのハロッズへの手紙には「経済学は自然科学ではない。道徳科学・モラルサイエンスである。これには内省と価値判断を伴う」とありました。ハンガリーのカールポランニーは「市場が社会から離れたとき、全ては市場の要求に隷属する」としました。つまり、経済を考えるには「社会性」「公正さ」「正義」といった視点が肝要ということです。私は、「サステイナブルな資本主義」の確立に向けて、こうした考えを尊重したいと考えています。

41ページの写真は、経団連会長室に飾っている、書家の紫舟さんに書いていただいた「義」の文字です。私の好きな言葉「義」であり、「大義」「正義」「信義」に使われています。私は、そこに「義」はあるか、「公」のためになっているか、常に考えながら行動することにしています。これは私自身の考えの根底にあるものです。こうした考えに照らし合わせれば、これからの経団連は、経済界の代表であるとともに、「社会」「国民」から支持される存在でなければならないということです。

「社会」「国民」から支持される経団連となるためには、読売新聞社様はじめメディアとの連携が非常に重要です。手を携えてまいりたいと考えています。

最後になりますが、YIESの益々の発展を祈念しております。ご清聴ありがとうございました。

以上