月刊 Keidanren 2000年12月号 巻頭言

21世紀への陣痛

─強い日本を育てるために─

上島副会長 上島重二
(うえしま しげじ)

経団連副会長
三井物産会長

 20世紀も最後の月となった。この世紀末、日本は「失われた10年」ということで、バブル崩壊の後遺症に苦しみ抜いてきたが、その痛みの中から、なかなか進まなかった規制緩和、構造改革の胎動が大きなうねりとなり始めた地殻変動の時期であったとも思う。これを新世紀のための「意味のある陣痛」として強い日本に向かって進み出したいものだ。冷徹に現実を見据えながらも、「根拠のある楽観」を甦らせることが大切であろう。

 100年前、日本は人口4000万人の小国であった。官営八幡製鉄の高炉に最初の火が入ったのが1901年だから、近代産業は繊維産業を除きほとんどなかった。以来100年で、先人たちは、この国を人口1億2000万人の経済大国に押し上げてきた。途中、戦争という不幸な時期を体験したが、歴史的にも例のない産業化に成功したアジアの国となった。

 日本の20世紀の成功経緯を思い描くならば、「通商国家モデル」という表現に凝縮できる。科学技術と資源を効果的に海外から導入し、勤勉で優れた労働力によって加工した製品を国際市場に効率的に売り込んでいくというパターンで、成功を積み上げてきたのである。このシステムを稼動させるために、産業の各セクターを支えた先人たちの識見と努力の歴史を読むと、胸熱くなるものがある。

 今は、21世紀に向け、「IT(情報技術)革命」という新たな産業革命期にあるといわれる。なるほど、情報ネットワーク技術の革命的進化がわれわれの経済活動のみならず社会総体を変えつつあることを実感する。この変化に適応し、新しい国家モデルや産業モデルを創造することがこれからの世代に課せられた使命であろう。

 「失われた10年」を、今世紀に溜まったマイナス資産を償却するための10年として区切りをつけ、これからがパラダイム転換の正念場と捉えるべきである。大切なことは、ますます進むグローバル化の中で、日本の進むべきグランド・デザインを描き、「国益を基軸」に置いて、その具体化に果敢に挑戦することである。国境を越えた投資・技術・ソフトウェア・人材の融合等柔軟な構想を実現していくことで、内需の懐を広げ、新たな地平を拓くことを望みたい。


日本語のホームページへ