月刊・経済Trend 2003年10月号 巻頭言

「育てる文化」と「選ぶ文化」

張副議長 張 富士夫
(ちょう ふじお)

日本経団連評議員会副議長
トヨタ自動車社長

ケンタッキー州にある米国法人の社長として新工場を立ち上げてしばらくした頃、接着剤の間違いで80台もの不良が出たことがあった。さっそく現場に行き、材料置き場を見てみると、不明確なうえに外見のよく似た接着剤がふたつあって、たしかに間違いやすい。

そこで、この“事故”を報告に来た米人マネジャーに「なぜこれが起こったか、再発防止をどうするか」と聞くと、「真の原因はこれこれで、ここを直せば再発防止できる」というので、「それでよい、頑張ってくれ」とこたえたら、たいへん驚いた様子だ。

聞いてみると、80台も不良を出したうえ、自分の職場のまずさを全部社長に見られてしまった。これは絶対に解雇されるとすっかり落ち込んでいたところ、日本人の部長に「社長は『なぜだ』と必ずきくから、再発防止まで考えて報告に行け」といわれ、半信半疑で来たとのことで、驚きのあまり思わず涙ぐんだという。

私にしてみれば、こうした経験を通じてノウハウが蓄積され、成長していくのだから、解雇するほうがよほどもったいないと考えるわけだが、これが日米のビジネス文化の違いなのだろう。ひとことでいえば、日本の「育てる文化」に対して、米国は「選ぶ文化」というところだろうか。

もちろん、どちらがいいというわけではない。日本の「育てる文化」を持ち込んだことで、米国工場の品質は比較的早くハイレベルに定着したが、一方では米国の「選ぶ文化」のおかげで、工場の立ち上げに必要な財務や調達、人事などの優れた専門家をすぐに揃えることができ、立ち上がりからプロフェッショナルを駆使した戦略を実行することができた。企業活動をグローバル化していくうえで大切なのは、文化の違いを互いに受け入れ、尊重して、その土地にあった企業風土をつくることではないか。

そういう考え方のもとに、私は日本の「育てる文化」を各国に大切に伝えていきたいと思っている。


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