月刊・経済Trend 2004年12月号 巻頭言

倫理の確立とコミュニティの役割

武田副会長 武田國男
(たけだ くにお)

日本経団連副会長
武田薬品工業会長

日々のメディア報道は、政治・経済・社会いずれの面においても不祥事や事件・犯罪などを伝えるものばかりで憂鬱このうえもない。この国にいつからか蔓延してしまった倫理観の欠如という問題は、“個人の自由”についての履き違えから生じているような気がする。

活力溢れる社会を維持していくうえで、あらゆる個人、組織が法令をはじめとしたルールのもとで、それぞれの実力を自由にそして最大限に発揮し合い成果をあげていくべきことは論をまたない。しかしながら、そのベースになるのは、社会の構成員が自らの仕事を通してはもちろんのことであるが、税やドネーション(寄付)、地域へのさまざまな奉仕など、何らかの形で「公(おおやけ)」に貢献しなければ、そもそも社会的な自由とか公正それ自体が担保されない、ということであろう。「個」は「公」を高めるために奉仕する、そして「公」は「個」を支える、という基本的関係について、しっかりとした自覚を持たない個人がそのまま厳しい競争社会に突入しているとすれば、いつの間にか無責任、“身勝手な自由”のもと暴走する危険性がますます大きくなってきているのではないだろうか。

考えてみれば、「公」と「個」を軸とする倫理観について、かつてのこの国には、もっと素朴な次元で、たとえば「周囲に迷惑をかけない」「お互いに助け合う」という、家庭でのしつけ(しつけの一部については地域全体の役割にもなっていた)、学校における道徳教育、地域社会の連帯などを通じ、幼い時期から育まれてきた立派な素地があった。いつの間にか極めて低下してしまったコミュニティの役割を強化・支援していくために、何をなすべきかを問い直すことが、倫理を確立するうえでの基本のように感じている。


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