月刊・経済Trend 2007年3月号 巻頭言

「タフな国」づくり

勝俣副会長 勝俣恒久
(かつまた つねひさ)

日本経団連副会長
東京電力社長

年末、国連大学が発表した「世界の富の分布」調査によると、国民一人当たりの「富」では日本が18.1万ドルで、二位の米国の14.4万ドルを上回り、世界一とのことである。巷では豊かさの実感がないとの声も聞かれるが、この数字を見る限り、わが国が世界で最も豊かな国の一つであることは紛れもない事実であるようだ。

しかし、実はこの豊かさこそが、わが国を存亡の危機に立たせているとも言えなくはないか。生活が豊かになって、肉体的にも精神的にもひ弱な人が増えている。パソコン、カーナビなど便利な機械が身の回りに溢れ、「暗算ができない」「漢字が書けない」「道を覚えられない」「箸を使えない」というように人間に本来備わっている動物的な本能を喪失してきているのではなかろうか。言わば、日本人の「人間能力の空洞化」である。

また、これも豊かであるが故の生ぬるい生活環境に起因するのかもしれないが、最近はお互いに無関心な、おとなしい若者が増えた気がする。人間である以上それぞれに意見の違いがあることは当然であるが、お互いのコミュニケーションが圧倒的に不足していて、相手が何を考えているのか、その背景は何かについて理解し合っていない、ひどい場合には理解しようと努力もしない、という現象が生じている。もともと日本人は議論を尽くし決断をするということが苦手のようだが、対立を恐れない意見表明への姿勢と合意形成の手続きがしっかり成熟していかない限り、この社会はますますひ弱になってしまうだろう。

そもそも人間は貧乏、失敗、失恋といった逆境から奮発して成功することが多い。「艱難辛苦」がたくましく生きる力、弱者をいたわる力、そして勇気を持って挑戦する気持ちを持った人間、すなわち、人間力溢れる「タフな人間」をつくっていく。

今、日本に必要なのは「タフな人間」である。「タフな人間」が社会を活性化させ、イノベーションを推し進め、成長をもたらす礎となる。そしてこの「タフな人間」こそが、日本を希望に満ちた「タフな国」に変えるのではあるまいか。


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