月刊・経済Trend 2010年9月号 巻頭言

禍根を残さじ

氏家副会長 氏家純一
(うじいえ じゅんいち)

日本経団連副会長
野村ホールディングス会長

団塊の世代は2012年に年金受給者となり、2022年に後期高齢者となる。わが国の高齢化は人類が未経験の速度で進行している。高齢化の進行は、社会保障費用の増加と、貯蓄の取り崩しによる個人金融資産の減少をもたらす。わが国に残された時間はそれほど長くはない。

以前からわが国の財政状態が主要国中で最低であることは公知の事実だが、これまでは財政赤字が危機に直結するという実感は乏しかったのではなかろうか。だが、わが国にとって幸いなことに、まだ改善の余地がある段階で、欧州において財政発の経済混乱という他山の石を目の当たりにすることになった。

6月に公表された財政運営戦略は、こうした世界経済の状況や、成長率の前提、一時的な経済低迷への柔軟な対応等の点で過去の反省を踏まえており、目標の設定、達成時期などを含め、基本方針として一定の評価に値する。

来年度予算の編成作業からはこの方針の具体化の段階に入ろう。留意すべきは、以下の二点である。

一つは、財政健全化の成果を急ぎすぎず、経済成長と両立させることである。増税によらずとも財政赤字の圧縮は経済成長に直接的には負の効果をもたらす。このため、法人税減税や規制緩和などを通じて経済成長を促進しつつ、中長期にわたり財政健全化への取り組みを一歩ずつ進めなければならない。成長戦略と財政運営戦略は表裏一体である。長期にわたり赤字が巨額に積み上がってしまった以上、治療にも時間が必要であると覚悟すべきである。金融関係では、実体経済に悪影響を与えかねないほど急激すぎる規制強化が議論されているが、そうした轍を踏むべきではない。

二つめは、こうした中長期にわたる取り組みを成功させるためには、政治に政策を実現する力が必要であるということである。財政発の経済危機が、もし現実になれば、日本国民全体に不幸を招くことになる。将来に禍根を残さずという観点から、財政の中長期にわたる健全化に向けた取り組みに、与野党の協力が不可欠である。


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