経済くりっぷ No.1 (2002年7月9日)

4月23日/資源・エネルギー対策委員会企画部会(部会長 石井 保氏)

電力システムの実態と自由化

−東京大学大学院工学系研究科 横山教授よりきく


政府の総合資源エネルギー調査会では電力自由化が議論されているが、自由化が進展すると送配電に技術上の困難が生じるとされている。そこで資源・エネルギー対策委員会企画部会では、電力システム工学の研究者である東京大学大学院工学系研究科の横山明彦教授を招き説明をきいた。企画部会は今年中の提言取りまとめを目指している。

  1. 横山教授説明要旨
    1. 系統運用について
    2. 電力を発電所から需要家に送るまでの、設備が有機的に結合したシステム全体を、電力系統または電力システムと呼ぶ。今後の電力自由化が電力システムの供給信頼性に与える影響が懸念されている。
      垂直統合下ではシステムの全体最適化が図られるが、競争環境下では各事業者が各個に行動する。競争が進展したために定期点検の時期の調整ができなくなったことが、2000年に起きたカリフォルニア電力危機の原因の一つと言われている。
      系統運用業務は自由化によって増大する。情報は空間的にさまざまな事業者の間でやりとりされ、時間的にもリアルタイム市場、1時間前市場、1日前市場のように複雑化する。送電線の混雑の管理、市場の運営管理など、新たな系統運用業務も生じてくる。

    3. 電力システムの要件
    4. 周波数の維持:
      電力は貯蔵できないので、発電量と需要量は常に同じでなければならない(同時同量)。発電量が超過すれば発電機の回転速度=周波数が上がり、少なければ下がる。0.2Hz程度の乱れで繊維産業など一部需要家の設備に、数%の乱れで発電設備に影響が出てくる。
      日本の系統は他国との連系がないため、数分単位の早い負荷変動に対応することが難しく、周波数が乱れやすい。競争環境下で周波数の品質を保つためには、同時同量を欧米より厳密に適用する必要がある。

      電圧の維持:
      交流送電には無効電力という潤滑油のような働きをする電力が必要である。送電量が増えると無効電力はより多く消費される。1987年7月23日、東京での大停電事故では、昼休み後に需要が通常の2倍の速さで増加。無効電力の供給が追いつかず、基幹系統の電圧が維持できなくなり、817万kWの需要家が停電した。
      競争環境下では、発電事業者は需要家への(有効)電力供給を優先させると考えられ、無効電力確保のためのインセンティブが不可欠になる。PJM(米国東部の独立系統運用者)では1999年7月6日と19日、無効電力の供給不足が原因で輪番停電した。

      送電容量と系統安定度:
      系統に接続されている全ての発電機の回転は電気的に連動しており、一つでもバランスが崩れると他に影響が伝わって動きが乱れてくる。これを安定性といい、系統安定度により送電能力は制約される。制約は流通設備の状態で変化する。例えば電源AとBから需要地へ送電しているとき、Bからの量を増やすと、Aから送れる量が安定度で変わることがある。
      米国や欧州はメッシュ型系統で強く、安定度をほとんど考慮する必要がない。しかし、日本はくし型系統で大容量長距離送電であるため、安定度による限界が切実になってくる。現在は前日などに、事故など系統のさまざまな状態を想定して安定度を確認している。競争環境下では系統の状態の予測が難しくなり、安定度の確認に時間がかかるようになる。1日前市場のような制度が日本でも成立しうるか、系統運用業務に要する時間の面から検証する必要がある。

      事故電流に対する対策:
      落雷などの事故により短絡(ショート)が発生すると、周囲から事故電流が流れ込み、さらに発電機では数秒間の動揺が発生する。米国や欧州のメッシュ型系統はこのような事故にも強い。事故電流が大きくなり過ぎないよう、電源と流通設備の双方での対策が必要である。

    5. 電力システムの信頼度維持
    6. 停電を起こしにくい電力システムとするためには、電源、流通設備の双方で整合の取れた対策を取るべきである。設備の整備には、50万V送電線では7年から10年、発電所では10年以上の期間を要するので、長期的な取組みを考えねばならない。
      米国では停電が原因の損害賠償請求訴訟が増えてきた。電力会社の責任については、例えば米国では、コンピュータの動作に不可欠な99.9999999%の信頼度のうち、電力会社は99.9%まで、次の999はオンサイト電源で、最後の999は各機器に設置されるキャパシタのような電力貯蔵装置で分担しては、という議論がある。責任が明確になればそれに応じた合理的な設備を選択できる。日本でもこのような議論は必要だろう。

    7. 系統連系
    8. 系統連系の利点は、電源の広域的・効率的な運用が可能になり、予備力を削減しつつ信頼性を向上できることである。日本の電力会社も広域運用を行っている。
      しかしコストの問題がある。最近ノルウェーがドイツに系統連系を申し出たが、ドイツは断った。連系容量を増やすと、連系線に加え周辺の設備の増強も必要になるが、このコストが大き過ぎたためである。日本でも競争が進めば、系統連系のコストを誰が負担するかという問題が出てくるだろう。
      日本でも系統運用機能の電力会社からの分離が議論されている。系統運用機関の形態や地理的範囲を検討する際には、くし型系統であることに起因する安定度の問題、電力会社間の連系空き容量が小さいこと、異なる給電運用システムの統合、急峻で気温感応度の高い需要特性への対応、などの問題を考慮する必要がある。
      分散型電源が配電系統に数多く接続されると、周波数維持、電圧、事故時の安定度など、基幹系統で起こる問題が配電系統でも起こりうる。これを解決する手段として、IT技術を活用して分散型電源を制御する技術が提唱されている。

  2. 意見交換(要旨)
  3. 質問:
    系統連系の強化と自由化との関係は。
    横山教授:
    連系線を強化すればより多く託送できるので、参入が促進される。しかし送電線整備の費用負担の問題が出てくる。

    質問:
    日本以外の島国も、他国との系統連系がないことによる問題を抱えているのか。
    横山教授:
    島国では日本と同様の周波数維持の問題がある。しかし日本ほどの顕著な朝の需要増加や昼のピークがあるところはなく、負荷追従は日本より困難ではない。

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