9月29日/経済政策委員会(委員長 千速 晃氏)
Introduction
わが国の経済活力を維持していく上で、産業力の強化は不可欠であり、その際に製造業が担うべき役割は引き続き大きい。こうした中、東京大学は、新たに設立した「ものづくり経営研究センター」において、わが国製造業の特色や強みを研究し、その成果に関する情報発信と知識普及を目指す。このプロジェクトは、文部科学省「21世紀COE(Center of Excellence=卓越した研究拠点)プログラム」にも選定されている。
経済政策委員会では、同プロジェクトにおいて中心的役割を果たす東京大学経済学部の藤本隆宏教授より、21世紀における製造業の設計思想、ならびに、ものづくり経営研究センターの活動などについて、説明をきいた。
近年、「わが国企業の『ものづくり競争力』は弱体化した」との論調が目立つ。バブル期に、日本全体が強くなった錯覚に陥ったのと同様、最近は全てが弱くなったかのようである。しかし、これは「時代の雰囲気」が増幅して伝えられた結果であり、根拠に乏しい。ロジック、データと現場観察に基づく冷静な産業論が必要である。今日、わが国の製造業は「強い部分は強く、弱い部分は弱い」のが実態であり、既存の産業分類によって、一括りに論じることが難しくなっている。
製品に要求される機能を、各構造部分(部品)にどのように配分し、部品間をどうつなぐかに関する基本的な設計思想は、「アーキテクチャ」と呼ばれる。アーキテクチャには、大きく分けて「組み合わせ(モジュラー)型」と「擦り合わせ(インテグラル)型」がある。組み合わせ型は、部品と機能が一対一で対応しているもので、パソコンが代表例である。一方、擦り合わせ型は、自動車のように部品(サスペンション、ボディ、エンジンなど)と機能(走行安定性・乗り心地・燃費など)が複雑に関連しているため、設計・製造に際して、濃密なコミュニケーションの下でのチームワークが求められる。
わが国の製造業が得意としてきたのは擦り合わせ型であり、パーツを寄せ集める組み合わせ型には弱い。これには歴史的背景がある。戦後のわが国では、人、物、資金のいずれも不足し、いったん確保すると大事にしたことから、長期雇用、長期取引の慣行が生まれた。こうした環境の下、統合・調整能力や情報共有能力が競争力に直結する、擦り合わせ型の製造業が育った。逆に米国は、雇用、取引関係ともに流動性が高いため、組み合わせ型との相性が良い。
一般に、製造業の競争力は「収益力」と混同されがちであり、たとえば、急激な円高によって利益が減少すると、即座に「競争力が低下した」と言われる。しかし、製造業の競争力は、
と多層的にとらえる必要がある。顧客から見れば、表層のパフォーマンスが関心事項となるが、これを支えるのは組織能力と深層のパフォーマンスであり、わが国の製造業を支えてきた、いわば裏の競争力である。その能力を高める競争を、価格競争などと区別して「能力構築競争」と呼んでいるが、これにきちんと取り組んでいる産業、企業は強い。その典型は自動車産業である。しかし、わが国の製造業は、表層のパフォーマンスや利益パフォーマンスが相対的に弱いため、ものづくり能力の高さに比べれば、利益水準が低い。
今後は、良いものをつくるだけでは不十分であり、良さを分かってもらうための努力が不可欠である。得意分野を最大限に伸ばす一方で、苦手分野ではベストプラクティスに学ぶ、補完する、あるいは捨てることも必要となる。たとえば、ブランド力についてはヨーロッパが強い。ただし、全てのモデルが欧米にあるわけではなく、「過剰学習」には注意する必要がある。
ものづくりの強みを収益に結びつけていくためには、戦略構想力が欠かせない。その際に求められる人材は「戦略の概念を理解する技術屋(理科系)」と「技術屋と有意義な対話ができる事務屋(文科系)」である。大学の文科系学部においても、「ものづくり経営学の教育(理科系との連携、融合)」と、「問題解決型ではない、問題発見型のエリート教育」を行う必要がある。
東京大学では、本年、ものづくりシステムの理論的・実証的研究を行う「ものづくり経営研究センター」を設立した。同センターは、産学連携や国際的連携の下で、
などを行うとともに、海外に向けた情報発信センターとしての役割も果たしていく。日本経団連の会員企業には、当面、同センターに対する人的・知的支援をお願いしたい。具体的には、50歳代後半〜60歳代の経験豊かな企業OBを、特任研究員や顧問として派遣していただき、東京大学の若手研究者を訓練してほしい。また、国からの予算措置が終了する2007年度以降を目途に、同センターの恒久化に向けた協力をお願いしたい。