10月15日/経済法規委員会(委員長 御手洗冨士夫氏)

企業の国際競争力を確保し、企業・株主等の選択を尊重する会社法をつくる

−新しい会社法のパラダイムについて意見交換・提言


Introduction
日本経団連は、10月16日に「会社法改正への提言─企業の国際競争力の確保、企業・株主等の選択の尊重」を公表した
これに先立ち、提言取りまとめに当たった経済法規委員会では、会社法改正の検討に取り組んでいる法制審議会会社法(現代化関係)部会委員である東京大学の落合誠一教授を招き、会社法大改正の考え方についてきくとともに、改正検討課題等につき意見交換した。

I.落合教授講演要旨

1.会社法の新しいアプローチ

現行会社法の基礎となっている、伝統的な会社法に対するアプローチは、法人を実在するものととらえるか擬制された存在ととらえるかといった法人論、株式を債権ととらえるか財団の持分ととらえるかといった株式会社論に見られるように、基礎理念を演繹的に当てはめて理論を正当化する、観念論的・哲学的アプローチが中心であった。このアプローチは結局、正義・公平・信義といった論者の信念に基づくこととなり、客観的、実証的なものとなりにくいという問題がある。
一方、近年の会社法に対するアプローチは、会社を舞台とするさまざまな利害関係者の活動を経験的・実証的に分析し、人間行動に会社法が与える影響を予測する「法と経済学」によるものとなっている。その嚆矢となったのはRonald H. Coase(1991年ノーベル経済学賞受賞)が1937年に発表したコースの定理である。コースは、市場で直接取引をするだけではなく、会社組織を構成して会社を場として取引をすることとした方が、取引費用を最小化する上で有効であることを示した。つまり、会社とは、自らの満足を得ようとする多くの株主、債権者、従業員、経営者等の利害関係者間の「契約(取引)の束(a nexus of contracts)」であり、法人論、株式会社論以前の問題として、会社の存在意義は取引費用の最小化にあるとしたのである。

2.新しい会社法のパラダイム

法と経済学のアプローチから新しい会社法のパラダイムは次のように導き出せる。
第1に、会社法は任意法規性を重視すべきである。会社が契約の束であるとすれば、契約当事者の意思は極力尊重すべきである。ただし第三者に対し不当な不利益を及ぼさないようにするためには一定のルールを強行法規とする必要がある。また、契約当事者間の優先順位を決め、その決定を誰のために誰がするのかというコーポレート・ガバナンスの議論も必要である。
第2に、会社法は効率的なものであるべきである。市場取引よりもコストが削減できるという会社の目的を実現すること、ひいては会社の生み出す富の最大化を図ることに対して効率的であるべきである。
第3に、株主利益を最大化するという原則である。ここでいう株主利益最大化原則とは、伝統的アプローチのような「株主が会社の所有者である」といった観念に基づくものではない。さまざまな関係者の利害を分析してみると、配当やキャピタルゲインといった会社の生み出す富の残余(剰余)部分から利益を得る剰余権者であり、会社の富の最大化に最も大きな動機のあるのは株主であり、その株主の利益を最大化することが、会社の生み出す富の最大化につながるという法と経済学の考え方からである。
経営者は株主利益の最大化を目指した経営を行わなければならないが、実際、その責任を果たすことは難しい。たとえば米国の判例では、球団経営者が野球は昼間のゲームであるとの信念に基づいて経営していたところ、株主から「観客が増え株主の利益となるのでナイター設備を設置すべきである。ナイター設備を設置しないのは、株主のために利益を得る機会を喪失している」旨を根拠とする損害賠償訴訟があり、裁判所は「株主から委任を受けた経営者の経営判断の問題である」として株主の訴えを退けたというものがある。経営者はかように難しい利益衡量が求められる。
また、株主利益最大化原則は会社法に基づく原則にすぎない。たとえば労働法の法的利益と会社法の法的利益が衝突し、経営者は利益衡量が迫られるが、現行法のもとでは株主利益を最大化するために解雇権を濫用するといった行動は許されない。とはいえ、それぞれの法規の目的は混同すべきではない。

3.会社法大改正の基本的方向と課題

会社法大改正に当たっては、世界的な会社法のスタンダードの理論的基礎となる、新しい会社法のパラダイムに沿って、(1)任意法規性の重視、(2)効率的なルールづくり、(3)株主利益最大化原則の堅持が求められる。加えて、(4)国際的競争環境の下にある会社の競争力を強める、競争力ある会社法づくり、(5)社会的価値としての公正性の維持が必要である。市場メカニズムに対応して変革している大規模公開会社に適合した会社法を整備しつつ、市場で株式を流通させていない閉鎖会社を全体の流れに整合させていくことが大きな改正課題となろう。

II.意見交換(要旨)

日本経団連側:
現在、法制審議会で行われている会社法現代化の検討の中で十分でないと感じている論点は何か。
落合教授:
取締役の責任については株主の全員一致の同意でなければ「免除」できない仕組みとなっている。議員立法で一定条件のもとでの「軽減」は可能となったが、会社が経済環境の激しい変化の中でリスクをとった経営をするためには、このようなルールは変えるべきだと思う。

日本経団連側:
株主の利益の最大化を図る観点から、個々の株主の権利をいかに擁護していくべきなのか。
落合教授:
株主利益を意識することは株主から経営を委ねられた経営者の義務であるが、一方で株主が分散している大規模公開会社において株主の権利をどのように位置付けるかは難しい。個々の株主にとっては、株主総会の決議は他の大株主の適切な判断に委ね、自らは権利を行使しないことが取引費用を最小化する合理的な行動となる。取締役会の反義務的な行動を抑制する仕組みをいかに構築するかが重要な課題である。
《担当:経済本部》

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