5月19日/農政問題委員会企画部会(部会長 松崎昭雄氏)

担い手農家を対象とした直接支払制度の導入を

−国際競争力ある、消費者ニーズに対応した農業実現に向けた構造改革の推進


Introduction
日本経団連ではわが国農業の国際競争力の強化を図り、若い世代が夢や希望を持って働ける産業として農業を活性化することを求め、一定の農業経営に対し、所得減を補償する品目横断的な直接支払い制度の導入など、農業構造改革の推進を求めている。農政問題委員会企画部会では、経済産業研究所の山下一仁上席研究員を招き、直接支払制度の考え方と具体的仕組みのあり方について説明をきき、意見交換を行った。

I.山下上席研究員説明要旨

1.なぜ日本農業の競争力は低下したか

1953年まで米価は国際価格よりも安く競争力があった。経済成長の中で労働力が農業部門以外へと、農産物需要が畜産物や果樹へとシフトしていく背景の中で、1961年に農業基本法が策定された。同法は、農工間の所得格差是正を目的として、需要の伸びが期待できる農産物へのシフトによる農業生産の選択的拡大により売上を伸ばし、コメのように需要が伸びない作物については、農業の規模の拡大によりコストを引き下げるという農業構造改革を志向した。
しかし、現実の農政は構造改革ではなく、需給を考慮しないで米価引き上げを行った。その結果、供給過剰の発生・拡大を要因とする30年以上に及ぶ生産調整の実施(水田面積の4割を転作)、高価格を要因とする国産農産物への需要の減少、食料自給率の低下(現在40%)、構造改革(単位あたり収量の向上や規模の拡大)の停滞、国際競争力の低下といった事態を招いた。40年間で平均的な農家規模はフランスは150%拡大したが、日本では36%しか拡大しなかった。

2.欧米の取り組み─直接支払制度の導入

米国は農家に対する補償価格と市場価格との差を財政により補填(直接支払等)することにより、農家所得を維持しながら消費者への安価な供給と国際競争力の確保をしている。EUは1992年に農政改革を行い、穀物の域内支持価格を引き下げ、財政による農家への直接支払で補った。現在穀物の支持価格は本年2月の小麦シカゴ相場を下回っており、EUは関税なしでも輸出補助金なしでも米国産小麦に対抗できる。
日本の場合、農業保護に関する負担(PSE、約5.5兆円)のうち、関税による消費者負担による割合が90%と、米国39%、EU57%を大きく上回っている。しかもEUのように作物全般に保護を講じる施策に比べて日本の農業保護はコメなどの少数の品目に偏っている。

3.農政改革のあり方

農政改革の第1はゾーニングの徹底であり、農地転用には厳しい規制を課すべきである。これが機能すれば株式会社の参入など恐れる必要はない。
第2に直接支払制度の導入である。関税が引き下げられれば生産調整によっても価格を維持することはできない。生産調整の段階的縮小により、米価を徐々に需給均衡価格まで下げるべきである。
生産調整の廃止により影響を受ける一定規模以上の農家には、生産や価格と関連しない(デカップルされた)、生産に影響を与えない、直接支払を行うべきである。
さらに国際価格等への引き下げを目指して、一定規模以上の農家に面積当たりの直接支払を交付する。この直接支払は、担い手農家の地代負担の軽減によるコストダウン効果とともに、農地の流動化を通じた担い手農家の規模拡大によるコストダウン効果を持つ。後者の効果により財政負担は軽減できる。

4.担い手の限定は可能か

直接支払の最大のメリットは対象を絞って政策を実施できることである。しかし対象の限定は政治的には最大のデメリットである。既に導入された中山間地域直接支払制度は、対象地域・農地を限定したが、その導入には大変な困難を伴った。
農協の意思決定は、専業農家も第二種兼業農家も一人一票であり、これが護送船団体制を生んできた。しかし、農業団体は兼業農家、副業農家に力点を置いても、これら農家がいずれ農家でなくなれば存立基盤が危うくなるはずである。
零細農家も水回りの管理等地域農業に欠かせない役割を果たしているというが、零細農家の営農は主業農家への作業受託なしでは成り立たず、集団営農についてもそのコアとなる担い手の育成が不可欠である。
農産物の価格低下によりあまり影響を受けない兼業農家に助成するのは不適切であり、むしろ兼業セーフティネットのない、専業農家にセーフティネットをかけることの方が当然である。主業農家に直接支払を行うことこそ国民、農業者の支持が得られる。直接支払の対象外となる農地の出し手農家についても、直接支払の一部は地代の上昇として帰属する。
直接支払に必要な財源は既存の農業予算から捻出できる。地方交付税による手当を含めた実質農業関係予算は約3兆円あるが、これを抜本的に見直すべきである。
世界の食料供給の伸びが鈍化し、中国の経済成長により穀物需要が増加すれば、国際価格は長期的に上昇すると予想される。そうなれば直接支払の所要額は減少する。
直接支払を土地改良や機械購入の費用に充当することも可能であり、政府の規格に適合した機械を買うなら補助金を支払うという仕組みではなく、現場の創意工夫を活かすことができる。財政面での規制緩和が必要である。
昨年8月、農産物関税に上限を設定するという米国・EUのWTO交渉に関する合意を背景として、農林水産大臣から、「諸外国の直接支払も視野に入れて」食料・農業・農村基本計画を見直すとの談話が発表された。日本農業の展望に関する強い危機感を感じ取ることができるが、WTO交渉の推移にかかわらず、今、農政改革に着手しなければ、日本農業は内側から崩壊してしまう。もう後戻りをしてはならない。

II.意見交換要旨

日本経団連側:
フランスが米国を凌駕する競争力を得られた最大の要因は何か

山下上席研究員:
農業団体も青年農業者の育成対策を積極的に支持した。また、政策の対象を主業農家のみに限定している。ゾーニングを徹底しており、農地の先買権をもつSAFER(農村土地整備公社)が取得した農地を担い手に受け継ぐ仕組みもある。何より常に国際競争力の確保、そのための生産性向上を政策の基本目的としている。
《担当:産業本部》

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