独創性を活かす社会へ
今、改革の時

中谷 巌 一橋大学教授

中谷 巌 一橋大学教授


  1. 構造変化に直面する日本経済
  2. 経団連の規制緩和に向けての努力を、敬意をもって見守ってきた。さまざまな議論もあるが規制緩和が何故必要なのか述べたい。例えば過去3年の経済成長率の平均は日本は0.37%、米国は3.1%である。戦後50年、逆の数字を見慣れてきたのに何故、日米で逆転が起こったのか。バブル崩壊だけが原因ではない。日本経済は今、歴史的な構造変化に直面し、従来の方法では対応できない過渡期にある。
    その第1の根拠はコスト条件の逆転である。中国経済は毎年約13%の2桁成長を示しているが、新技術やソフトウェアがあるわけではない。平均賃金が日本の1/40であり、コンピュータ管理により、熟練労働者なしで技術移転が容易になったからである。30年前の日本もよく似た状況で、平均賃金は米国の約1/8で、欧米の技術やノウハウを導入し改善を施しコスト条件を武器に高度成長を達成した。しかし今、1ドルは100円前後で、コスト条件の有利さは失われた。国際競争力を維持するには、40〜50%とされる内外価格差を克服してあまりあるユニークな技術とオリジナルなアイデアの創造が必要である。
    価格破壊は東西冷戦の終結を契機とする。東側の20億人が自由主義経済圏に融合し、安価な未熟練労働力が大量発生して膨大な供給圧力により、低級品のコストが低下した。それが中級品、高級品へと波及していった。日本では円高がさらに加わり、価格破壊が進んだ。この問題を解消するには規制緩和を進め、自由競争により内外価格差を縮める努力が必要である。
    第2の根拠は、日本がサンドイッチ的な状況に置かれていることである。東アジア諸国の追い上げは厳しい。家電王国のお株は今やASEAN諸国に奪われ、半導体でもDRAMで韓国が猛迫し、パソコンのマザーボードの最大供給国は台湾である。日本は、東アジア諸国にはできない高度な技術やソフトに力を注ぐことが望まれる。
    ところがこういった21世紀型産業の分野では米国の存在が圧倒的に大きい。ハードでは東アジア、ソフトでは米国という二つの重しに挟まれた日本の状況を克服するエース級の対策が規制緩和である。

  3. 規制緩和が社会を変える
  4. 10年前には、輸入ビールのシェアが5%になるとは誰も予想しなかった。29円で輸入されたビールが120円で販売される。一方国産ビールは220円である。日本のビール業界は米国より5〜6倍高い麦、2〜3倍高い電力を使用している。この差が価格に反映されるのであり、国内で調達する財・サービスを使用しての競争はもはや不可能である。海外よりのOEM供給を検討する企業もあり、消費者には有益だが、このままでは日本のビール産業は衰退する。個々の企業努力とともに社会体制の早急な改革が、極めて重要である。
    規制緩和に関してしばしば反論が唱えられるが、米国の航空産業を例に有効性を実証する。まず規制緩和の結果、運賃が上がったとの意見があるが現実には、多忙なビジネスマン向けの便利かつ割高な座席指定から、学生向けの3カ月前に予約する1/10の価格のものまで運賃は600種に多様化し、なおかつ全体平均では3〜4割下がっている。また近距離路線の切り捨てが予想されたが、大手企業が撤退した代わりに近距離に相応しいサービスを提供する企業が現れた。例えばサウスウェスト航空は1時間程度の距離を対象に、機種を統一し余分なサービスをなくし以前の50%引きの運賃を実現した。規制緩和の結果、消費者のニーズに合わせ多様なサービスが生まれたのである。さらに安全面で不安のある企業は自由競争で淘汰され、規制緩和が安全性を高める結果になった。
    また現在、圧倒的な力を誇る米国のソフト、情報産業はベンチャービジネスから出発した企業により支えられている。一方、日本では近年ベンチャービジネスの開業率が低迷している。その解決には規制緩和に加えて、創造性に富む人材育成のための教育、資本市場の抜本的な改革が必要である。日本は間接金融が中心でリスクが大きいビジネスに金を出す仕組みがない。
    戦後50年間の日本社会のキャッチアップ体質は限界に達しており、アイデアと斬新な発想を活かすために日本社会全体の見直しと大胆な改革が必要である。

  5. 創造的な経済社会へ向けた改革を
  6. これらの見解は総論では賛成を得られても、各論になると各業界の事情で反対されることもある。確かに考慮すべき事情もあるが、それではマクロ経済全体の改革は進まない。イギリスで産業革命時に蒸気機関の導入で数多くの家内工業従事者が失業したが、これを恐れ蒸気機関を導入しなかったら、その後どうなっていたか。政府による痛みへの対応は当然必要だが、その痛みを理由に規制緩和の流れを止めてはならない。
    官庁は規制緩和への反対理由に、安定供給、安全性、業界秩序の維持を挙げる。しかしアメリカの航空産業の例でもわかるように、自由競争は消費者の視点に立った供給を進め、自己責任は安全性を高める。業界秩序は一時的には乱れても、長期的には業界が活性化し新しい秩序が生まれるだろう。
    日本は今、途上国型のシステムから脱し先進国に相応しいオリジナリティーの発揮が求められている。アメリカはオリジナルなコンセプト作りに優れているが、ビジネスの現場をなおざりにし、70年代から80年代の前半、苦しんだ。しかしリエンジニアリングに取り組み、創造的な力と現場の強さを併せ持つに至った。日本は現場の仕切りには優れているが、これに加え、独創的な活動と自由な発想が今、求められている。
    そして経済社会の改革には、まず何よりも行政改革が必要である。周辺政策である特殊法人の見直しに止まらず、総合的な政策とその実行体系づくりを強く望みたい。


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