競争政策委員会(委員長 弓倉 礼一氏) /12月26日

米国輸出産業保護へ向けて、反トラスト法の積極的活用の姿勢が明確に


競争政策委員会では、米国反トラスト法の権威である成蹊大学法学部の松下満雄教授を招き、米国反トラスト法の域外適用の最近の動向について懇談した。松下教授は「米国からの輸出を妨げる海外での行為に積極的に反トラスト法を適用しようとしており、最近の域外適用の動きは市場開放問題と関連していると思う」と指摘した。

  1. 米国反トラスト法域外適用の変遷
    1. 輸出通商への反トラスト法の適用
    2. 1940年代頃までは、米国反トラスト法が外国企業の行為により米国企業の輸出、投資活動等が制限されるものにも適用されるか否かは、必ずしも明確ではなかった。

      1950年代に至り、まず、米国からの輸出に影響を与える行為に反トラスト法を適用するという判例が現れた。ミネソタ・マイニング事件コンセントレイテッド・フォスフェイト輸出組合事件では、米国企業の輸出を阻害する米国企業のカルテルを違法とするものであった。

      さらに、米国司法省は、1977年に国際取引ガイドラインを発表し、米国の輸出を阻害する競争制限行為が反トラスト法の適用対象となることを明らかにした。しかし、このガイドライン発表以降、1994年のピルキントン事件に至るまで、米国司法省が外国企業の外国における行為で米国企業の対外輸出を阻害するものに対して訴追した例は多くなく、ずわい蟹事件等数件を数えるのみである。

    3. 国際取引ガイドラインの改正
    4. 1988年に米国司法省は新たな国際取引ガイドラインを発表し、その脚注159において外国における競争制限行為が米国消費者に悪影響を与えるものについてのみ訴追するとの方針を明らかにした。これは、日本における日本企業の行動が米国企業の対日輸出を阻害するものであっても、米国消費者に直接に影響を与えない限り訴追しないということであり、米国議会が制定した「外国取引反トラスト改善法」(1982年)の域外適用が可能なものについても、米国司法省が不訴追の方針を表明したと理解される。

    5. 司法省の方針変更
    6. しかし、日米通商摩擦の激化に伴い、日米構造問題協議では日本市場の閉鎖性をいかに解消するかに焦点があてられ、この問題に対処するため、日本の独禁法の強化を含む広範な協定が締結されるに至った。

      ビンガマン反トラスト局長は、反トラスト法の域外適用を強化する方針を明らかにしていたが、1992年4月に至り、米国からの輸出を阻害する海外での競争制限的行為に米国反トラスト法を積極的に適用するとの方針を宣言した。

      同宣言に対して、日本の公正取引委員会委員長が遺憾の意を表明する等抗議が行われたが、実際には、1994年に至るまで米国司法省による域外適用はなされなかった。

    7. 積極的な米国反トラスト法域外適用
    8. 1994年に入ると、ハートフォード火災保険会社事件、ピルキントン事件など、域外適用の動きは活発化した。さらに、1994年10月には、1988年の国際取引ガイドラインを改定し、広範な域外適用を打ち出した「国際的事業活動に関する反トラスト執行ガイドライン」案を公表した。

  2. 改正ガイドライン案について
    1. 位置づけ
    2. 同ガイドライン案は現時点における米国司法省の反トラスト法域外適用に関する方針を示すものとして重要である。また、序説にも示されているように、国際取引に対する反トラスト法の適用は反トラスト法施行のうち、最重点項目の一つとされている。

    3. 特徴
    4. 同ガイドライン案は反トラスト法の管轄権を極めて広く設定している。また、仮に米国反トラスト法の管轄権があるとしても、実体法的審査で合法となることも十分にあり得るが、そのような言及はなされていない。設例の記述が曖昧であることも含め、実際以上に外国企業に対する反トラストの「威嚇力」を増幅している印象がある。

  3. おわりに
  4. 米国の域外適用に関する積極的な動きは通商問題と関係している。つまり、政府関係の競争制限的行為については301条で、民間企業の行為は反トラスト法で対処しようということである。今回のガイドライン案もその一環であり、厳密に法的論理によるというよりは、米国の政策表現という感じがする。

ガイドライン案に対して経団連コメントを提出しております。
  1. ミネソタ・マイニング事件
    米国の輸出企業数社が英連邦諸国の関税を乗り越える目的等のため、合弁会社を設立し現地生産に踏みきり、これによって共同して輸出を取り止めたことが反トラスト法違反とされた。

  2. コンセントレイテッド・フォスフェイト輸出組合事件
    米国政府が対外援助の一環として韓国政府に財政援助を行い、韓国政府が米国から物資を購入していたのに対し、米国企業が輸出組合を結成して価格協定を行ったことが、米国納税者の利益に反するとして、シャーマン法違反とされた。

  3. ピルキントン事件
    ガラスメーカーである英国・ピルキントン社は、世界の主要ガラスメーカーの全てと特許およびノウハウのライセンス契約を締結したが、この契約条項により課せられた地域制限等により技術開発の意欲を阻害されるとともに、米国の輸出入が制限されていたことを理由に司法省が訴追し、同意判決で解決された。

  4. ずわい蟹事件
    日本の食品輸入商社が米国産ずわい蟹の輸入に際して、日本国内で情報交換を行っていたことがシャーマン法に違反するとして、米司法省が訴追した。この事件は、同意判決で解決し、日本商社はこの協定の破棄をはじめとして、広範な禁止措置を課せられた。

  5. ハートフォード火災保険会社事件
    英国および米国の再保険業務を行う会社が英国・ロンドンにおいて協定をし、米国からの再保険のうち一定のものを除外することを決定、実行したことに対して、米国の19の州と多数の私的原告がシャーマン法1条に違反するものであるとして、これらの英国および米国保険会社を相手として損害賠償を求めた。連邦最高裁は、本事件は米国に「効果」を与える意図をもってなされ、かつ実質的な効果が生じたとして、シャーマン法の適用を認めた。


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