会長挨拶

若い世代に夢を与えるビジョンをつくる

経団連会長 豊田 章一郎


  1. 転換期を迎えたわが国経済社会
  2. 戦後50年を迎えた今、わが国は重大な岐路に立っている。世界は大きな変化の真っ只中にあり、わが国の経済社会はそうした変化に十分対応できているとは言いがたい。
    私は新年のメッセージで「現在の難局も国民の叡知を結集すれば克服できる」と訴え、経団連が今年、
    1. 景気回復の足取りを確かなものにする、
    2. 規制撤廃・緩和を強力に推進する、
    3. 創造性に富む人材の育成策を提言・実行する、
    4. 海外諸国との民間レベルでの交流を拡大する、
    5. 活力と創造性にあふれる経済社会の構想をつくる、
    の5つに重点的に取り組むことを発表した。日本経済の先行きは不透明だが、果敢に活動を展開していきたい。

  3. 当面の経済情勢
  4. 目下最大の問題、国内の景気は、一応回復過程にあったが、本年に入り、急激に円高が進み、景気回復の腰折れが懸念される。
    政府の緊急円高・経済対策は直接的な円高対策だけでなく、金融・証券市場の活性化にも配慮した内容であり、財源に赤字国債を含めた財政政策を活用することに踏み切るなど、政府の決意を随所に窺わせる。今後とも対策を具体的に肉付けし、速やか、かつ着実に実行することが重要である。
    私は、先般、村山首相に会い、「内需拡大による景気回復こそが証券市場活性化の基本であり、有価証券取引税・配当の二重課税を撤廃し、国際的に整合性のとれた証券税制を確立する必要がある」「従来の枠組みや発想にとらわれず、内需拡大につながる強力かつ総合的な対策を打ち出してほしい」と訴えた。経団連は今後とも適宜適切に、具体的な提言をしていきたい。

  5. 21世紀の経済社会ビジョンづくり
  6. 経済が難局を迎え、各企業は懸命な努力を重ねている。しかし、こういう時こそ、将来の足掛かりを築くことが肝要である。
    戦後復興以来、わが国は、進むべき将来の方向についての国民的合意がいったんできると、その方向に向かって結集する国民各層のエネルギーには素晴らしいものがあり、これで幾多の試練を乗り越えてきた。
    しかし現在、世界の中で主導的立場をとるべき経済大国、日本は、将来展望が十分に見えていない。そのことが国民の閉塞感を高めるばかりか、世界の日本に対する失望を招きかねない背景ともなっている。
    そこで、日本として、また経済界として21世紀を展望した経済社会のビジョンを作る必要がある。企業の創造的活動を促し、若い世代に「夢」を与えるような明るいビジョン作りができればと考えている。

  7. 規制の撤廃・緩和の推進
  8. このようなビジョンを現実のものとして日本経済の活性化を進めて行くには、規制の撤廃・緩和が鍵となる。
    私は、規制緩和こそが、次代の成長を担う、新しい産業、新しい事業を切り開き、現在の日本経済の閉塞感を打ち破るための契機となると信じている。
    既に発表した経団連の試算によれば、規制緩和により2000年までの6年間の累計で、実質GDPは177兆円増え、雇用も74万人増える。規制緩和は内外価格差の是正や商品・サービスの選択の幅を広げて、豊かな国民生活を可能にする。また、わが国市場へのアクセスや透明性を高め、新たな対日直接投資の拡大にもつながる。
    経団連では、政府に対して規制緩和を要望し、政府の規制緩和推進計画に反映させてきた。今後は、本計画に盛り込まれた1091項目の規制緩和策の実施状況をフォローアップし、計画の着実な実行を図りたい。
    また、今回の計画に盛り込まれなかった事項や、盛り込まれていても内容や時期が明確でない事項などの洗い出しを行い、計画の拡充に努めたい。その意味でも、行政改革委員会の活動を全面的に支援していく。

  9. 具体的内需拡大策の推進
  10. 日本経済の活性化のためには、21世紀を展望した社会資本整備も重要である。
    知識や情報が価値を持つ高度情報化のニーズに対応するには情報通信・科学技術基盤の整備が重要であり、公共投資もその観点から重点的に配分していかねばならない。また、福祉、研究・教育、環境保全のための基盤整備を進めることも重要である。
    阪神大震災を見れば分かるように、大地震が首都圏に起きると、その被害は極めて甚大なものになる。このような観点からも、また21世紀への国づくり、内需拡大の意味からも首都移転は重要な課題である。今や、首都移転の実施を宣言するとともに、具体的な計画作りに着手し、安全で安心な国土づくり、国民各層が夢をもてる国づくりに取り組むべき時期に来ている。経団連は、移転時期の決定や移転候補地の選定を早急に行うよう、働きかけを行なっていきたい。
    また、現在、シンガポール、香港、韓国などで大規模な国際空港が計画・建設されている。日本が対応を怠れば、人、モノ、情報などが日本を通りすぎていってしまう懸念もある。わが国は、現行の公共事業費のシェアを大胆に見直し、一般財源の重点的な投入をも含めて、大規模拠点空港の整備を進めて行く必要がある。

  11. 新産業・新事業の創出と創造性に富む人材育成
  12. さて、活力ある経済社会をつくり出すためには、企業自らが創意工夫をこらして、新技術、アイデア、それに基づく新産業、新事業をおこしていかなければならない。
    経団連新産業・新事業委員会のアメリカ調査団の報告によれば、会社設立から株式公開まで、日本の店頭市場では平均20年以上かかるところ、アメリカのNASDAQでは約5年と短く、収益が赤字でも公開できる。反面、公開しようとする企業には厳しいデイスクロージャーが求められ、投資家の自己責任原則の徹底を担保している。
    ハイテク・ベンチャーでは、一流大学教授陣や先端技術企業から優秀な個人が独立し、自ら事業を始めるケースが数多くある。
    このように新産業・新事業を生み出し、技術革新を進めていくのは、それにチャレンジする人材が必要である。そのようなチャレンジ精神にあふれた、創造的な人材を育む環境が、現在の日本には整っていない。
    2月に会ったシンガポールのリー・クアン・ユー前首相は「かつては、米欧にモデルがあったが、これからは官僚が机の上で考えていても対応できない時代だ。独立した個人がやりたいことにチャレンジできる社会を目指すべきだ」と言っていた。
    従来の日本の教育制度は、欧米へのキャッチアップの時代には有効であったが、今や日本は、自らフロンティアを切り開いていかねばならない。学校教育のあり方のみならず、採用・人事制度を含めて企業側の対応も根本から考え直す必要がある。

  13. 自由貿易の維持・推進
  14. 世界経済の分野では、ウルグアイラウンドがようやく妥結し、WTOが本年1月に発足した。わが国は、WTOを積極的に支援するとともに、重要な2国間関係である日米関係を基軸に、11月に予定している訪欧ミッションはじめ、海外諸国との対話・広報活動を積極的に進めていく必要がある。
    対米関係については、日米の政府間交渉や、マスコミ報道などをみると、対立面ばかりが徒に強調されているように思われる。しかし、日米両国の産業の間では、さまざまな協調・協力関係が進んでおり、この実態を日米両国の経済界以外の方々にも、もっと知っていただきたいと考えている。
    先日も米国ビジネスラウンドテーブルのメンバーと意見交換を行い、
    1. 日米双方によるグローバルな自由貿易の支持、
    2. 日米関係の重要性、
    を再確認した。今後も会合を重ね、日米の相互理解を促進したい。
    なお、現在問題になっているアメリカによる対日制裁リストの公表については、WTOの場で国際ルールに基づき、公正で冷静な協議が行われることを望んでいる。

  15. アジア諸国との交流促進と国際的貢献
  16. さて、アジアの一員として、アジア・太平洋地域の発展に貢献していくことは、わが国にとって極めて重要である。経団連ではASEAN各国とベトナムを訪問、各国の政府や経済界の首脳と、経済問題や協力関係の強化などについて、話し合ってきた。
    アジア諸国は経済・産業の発展の一方で、インフラ整備、技術移転や人材育成など、多くの課題を抱えており、日本への期待は大きい。また、円高は、アジア諸国にも大きな影響があるため、相場を安定させる国際的共同作業が必要、との指摘もあった。
    さらに、各国とも11月のAPEC大阪会議に、大きな期待を寄せている。経団連では10月に民間経済団体レベルで「APECビジネス・コングレス」を開催、技術移転や貿易・投資の自由化の方向などについて、産業界の意見を大阪会議に提言したい。
    あわせて日本は、APECの場に限らず、環境問題についても主導的な役割を果していくべきである。アジア各国の発展とともに、大気汚染や水質汚濁が大きな問題になる可能性がある。わが国の経験と蓄積された環境技術を活かし、成長に伴う負の遺産をできるだけ減少させることが、世界の持続的成長を支える大きな要素である。

  17. おわりに
  18. 私は、人間の個性・多様性が尊重される社会、民間主導で自己責任原則による活力ある経済、世界から信頼される経済社会の構築を進めることに全力をあげる所存である。われわれは今、まさに変革の真っ只中にいる。この変革を着実に実行し、活力と創造性あふれる経済社会の構築に向けて、経団連は自己革新を行いながら、新たな執行部のもと、さらに前進していきたい。


日本語のホームページへ