第4回ミャンマー研究会(座長 春名 和雄氏)/5月25日

ミャンマーの変貌と貿易保険の再開について


ミャンマーに対する貿易保険は、88年の政変後、政治経済の混乱と債務返済の延滞に伴い、引受けが停止された。その後、同国は市場経済化を進め、着実な経済成長を続けており、中国やベトナムに次ぐ将来性のある市場として、いま世界の注目を集めている。このような情勢変化を受けて通産省は5月2日、他の主要先進国に先駆けて、同国向け貿易保険を全面的に再開した。
そこで、通産省の藤田昌宏長期貿易保険課長から、ミャンマー向け貿易保険再開の説明と最近のミャンマー情勢について聞いた。藤田課長は86年から89年まで当時の在ビルマ日本大使館に勤務し、88年の政変にも遭遇した体験を持ち、このほど、貿易保険再開交渉のためミャンマーを再び訪れた。

  1. ミャンマーの変化
  2. 最近5年間におけるミャンマーの変貌ぶりには目を見張るものがあった。
    ヤンゴンとバンコクを結ぶ国際線は増便され、時として満席になるほど混み合っている。入国手続は簡略化され、ヤンゴン空港も5年前には区別のなかった出入国のロビーが別々になり、綺麗な免税店も並び、近代的なものに生まれ変わっていた。
    市内では携帯電話が使えるようになり、道路も拡張されて信号機も増えた。街には乗用車が溢れ、日本の中古車も走っている。ホテルも質が向上し、電話、エアコン、トイレ、風呂の水なども申し分なく、外貨ショップも扱う品数が豊富になり、いまや良質の日用品が揃っている。
    新聞も国際的な標準版が普及し、アンテナさえ付ければCNNも自由に見ることができる。以前は外国のメディアは締め出されていた。
    農業の生産性は向上し、農村の生活環境も改善し、ラジオや自転車しかなかった農家にも、自動車やテレビが行き渡っていた。街のカラオケ・ボックスでは、中国語、韓国語、英語、日本語の唄が歌われている。

  3. 政治情勢
  4. 街中は全く平穏で治安は良い。ミャンマーはもともと犯罪の少ない国である。
    政府は96年を「ミャンマー観光年」に指定しているが、政変前の26年間は鎖国政策の下、社会主義を掲げて外国人の入国は制限していたので、正に180度の方針転換である。
    ビルマ社会主義計画党のネ・ウィン議長が君臨していた頃は、閣僚といえども裁量権はほとんどなく何も決められなかった。現在は各大臣に権限が委譲され、裁量の範囲も広がり、表情は自信に満ちていた。
    スー・チー問題について問いかけると、政権の内外を問わず「国民は気にしていない」との反応が返ってきた。いまは政治よりも経済が重視されている。88年の民主化運動は、国民が経済的に行き詰まったことに主な原因であり、鬱積した不満が一気に爆発した。天然資源に恵まれ、肥沃な国土を誇る豊かな国が、物価の高騰と経済活動の低迷により、国際社会のなかで最貧国の認定を受けることになった。これは当時のビルマ人にとっては屈辱的な出来事ですらあった。
    現在の政権は、国民から消極的な支持を得ている。好きか嫌いかを問われれば「嫌いだ」と返答するかも知れないが、スー・チー女史では統治できないことも国民は知っている。88年当時も民主化運動側に組織力はなく、政策を具体化できなかった。

  5. 経済状況
  6. ミャンマー経済は着実に良くなっている。国民は社会主義や一党独裁には懲りているので元に戻ることはないだろう。港湾、道路、電力、通信などのインフラ整備が急がれており、政府は外資の導入を積極的に進めている。既にシンガポール、タイ、香港から資本が入っているが、これらの資本に対するミャンマー人の評価は必ずしも高いものではなく、「投下資金を回収したら逃げ出すだろう」と冷やかに見ている節がある。それに対して、日本からの投資に対しては、「末永くこの国に留まり、何かをしてくれる」と考えており、日本に対する期待は極めて強い。
    外貨収入につながるガス田の開発が進められている。パイプラインを使ってタイ石油公社にガスを売る契約も結ばれており、後はファイナンスを手当てするだけという段階にある。
    観光資源も豊富であり、特に仏教遺跡「パガン」は、カンボジアの「アンコールワット」、インドネシアの「ボロブドゥール」とともに、世界の3大仏教遺跡と言う人もいる。パガンはその規模においてボロブドゥールを遙かに凌ぐもので、パガンだけでも観光客は集められるだろう。

  7. ミャンマーの特質と日本の対応
  8. ミャンマーは世界有数の親日国である。精神構造も日本人と似ており、日本人にとってミャンマー人は付き合いやすい。契約に基づく交渉を苦手とし、強圧的な議論や正面からの批判には抵抗感を抱く人々である。ミャンマー側に落ち度があっても、黙って耐えてくれるような相手を信頼し、その恩は決して忘れない謙虚さを持つ。プライドは高いので、他国と比べられることを嫌う傾向がある。
    ベトナムとミャンマーを比較して、ミャンマーの方が良いと言う人も多い。ベトナムに比べて、仕事が速く、汚職も少ない。家賃や人件費などのコストも安く、またイギリス系の法律も整備されている。ベトナムでは英語がほとんど通じないが、ミャンマーでは英語が通じる。
    貿易保険は政府の経済協力とは異なり、民間のビジネスを支援するものである。今年2月に海外投資保険の引受けを再開したが、今般さらに短期・中長期の貿易保険も再開することにした。ODAの再開に直ちに結びつくものではないが、日本のことを慕っているミャンマーとの関係が冷えることは望ましいことではない。


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