第537回常任理事会(議長 豊田会長)/7月4日

当面の経済情勢と今後の財政金融政策のあり方について館 東大名誉教授と懇談


第537回常任理事会では、当面の経済情勢と、長期金利の引下げや不良債権問題への対応など今後の財政金融政策のあり方について、館龍一郎東京大学名誉教授からお話を伺うとともに懇談した。

1.館教授説明要旨

  1. バブル崩壊後の経済情勢
  2. 1991年にバブルが崩壊した当時、私は、従来のような速やかな景気回復は難しいだろうと予想した。
    その理由は、
    1. バブルの規模が大きく、その反動も大きいことが予想されたこと、
    2. 周辺国の工業化により日本経済が転換期を迎えていたこと、
    3. バブルの中期から末期において膨大な金融資産の蓄積と設備投資が行われていたこと、
    である。加えて、今後の日本経済を支えるリーディングインダストリーも見えない状況にある。
    この時点で私は、バブル崩壊後の景気回復を阻害する最も重要な問題は資産価格の下落であること、そして、従来型の財政金融政策では景気回復に十分ではなく、第1に考えるべきことは過去の債務が景気回復を遅らせるのを防止することであると主張した。
    ところが、バブル崩壊後の2年半経った1993年末に、公的に緩やかな景気回復という診断がなされた。私はもう少し時間がかかると考えていたので、これを意外に感じたが、景気回復は望ましいことであり、順調な回復軌道に乗ることを期待した。
    この回復の要因は、
    1. 積極的な財政金融政策、
    2. 良好な海外市況を背景とする輸出の好調、
    である。猛暑も好影響を与えた。昨年末には、企業収益率が長期金利を上回り、設備投資に回復の兆しが見られた。
    しかし、日本経済が基調として転換期にあるという事実に変わりはなく、また、急激な円高が進んだことで価格破壊現象が生じ、企業収益率の回復が弱まった。
    今年に入るとさらなる円高が進み、景気の先行きに対する不安感が生じた。この先行き不安が、株価の下落、企業の予想収益率の低下につながり、景気腰折れの懸念が急速に広まった。

  3. 今回の円高の特徴と評価
  4. 個別企業にとって、為替レートの変動は大変な問題であり、特に、円高が急激に生じた場合は、企業として対応が難しい。
    しかし、一般に経済学者は、為替レートの変動に対して楽観的である。これは、円高になっても日本の交易条件が改善するので中長期で見れば、為替レート変動の経済への影響は中立的になるためである。だからこそ、変動相場制度が支持されてきたし、また、日本経済が産業構造を転換していく上で円高は有利に働くと主張する学者すらいる。
    今回の円高が、前回までの円高局面と大きく異なるのは、交易条件の改善の度合いがこれまでに比べて小さく、企業収益率の改善につながらないことである。過去の景気回復局面における企業収益率改善の要因を見ると、前回は交易条件の改善が最も大きく寄与したが、今回は売上数量増加の寄与分の方が大きい。企業収益率の改善につながるように、政策で誘導する必要がある。

  5. 長期金利の低下が必要
  6. そのためには現在あまり低下していない長期金利を引き下げることが必要である。ただし、公定歩合をこれ以上下げることは、金利生活者への影響等の点で難しいことに留意する必要がある。
    なお一時期、内外価格差の観点から、物価引下げにより実質所得を増大させ、経済成長につなげるべきであるという主張が一部でなされた。しかし、物価が低下する中で経済を成長させるのは非常に困難である。金融政策に期待されていることは、物価の安定であって低下ではない。2〜3%の物価上昇率の範囲内で景気回復を図っていくべきである。

  7. 今後とるべき対策
  8. 財政政策については、従来型の公共投資中心の政策では、大きな景気浮揚効果は期待できない。従来とは発想をかえた公共投資を行うべきである。
    金融政策については、不良債権問題を中心とする応急処理の問題と、将来の金融システムがどうあるべきかという中長期の課題のふたつを分けて議論すべきである。
    不良債権問題に対する応急処理で重要なことは可能な限り早く手を打つことである。対応が遅れれば遅れるほど不良債権の額は増大する。さまざまな状況を考えながら、公的資金を投入していく必要がある。なおその際は、二信組の経験もいかして、まずはじめに十分な情報開示を行い、国民の理解を得ながら処理を進めることが不可欠である。
    いま金融関係者が不良債権問題に積極的に取り組み、速やかに処理すれば、それは将来の評価につながるであろう。

2.意見交換

経団連側:
為替レートの急激かつ大幅な変動は、企業の投資計算を狂わせ、ひいては日本経済、世界経済の成長に対する阻害要因となりうる。

館教授:
変動相場制度に移行した当時は、現在のように急激かつ大幅に為替レートが変動するとは予想していなかった。大きな変動が度々起こるのであれば、国際通貨制度のあり方を見直す必要も出てくる。
ただし、対円、対マルクを除くとドルのレートは安定しているために、変動相場制度の弊害に対する日本、ドイツ以外の国の問題意識は容易に高まらないことは認識しておかねばならない。

経団連側:
7月3日に経団連として「不良債権問題に対する考え方」を公表したが、本日のお話を伺って基本的に経団連の考え方は間違っていないと感じた。今後、不良債権問題を国民の間で十分に議論する上で、経団連の意見がひとつのきっかけとなれば幸いである。


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