日本ブラジル経済委員会総会(委員長 齋藤 裕氏)/7月26日

ブラジルの政治・経済情勢と今後の見通しについて 水野 上智大学外国語学部教授と懇談


日本ブラジル経済委員会では、第15回定時総会を開催し、1994年度事業報告・収支決算、1995年度事業計画・収支予算を審議、承認した。当日は、審議に先立ち、上智大学の水野外国語学部教授との懇談会を開催し、「最近のブラジルの政治・経済情勢と今後の見通し」について懇談した。以下は水野教授の説明の概要である。

  1. 民主化以後のブラジル
    1. 1985年、21年間に及ぶ軍政が終わり、ブラジルは民主化の時代に入った。88年、新憲法が発布されたが、この憲法は、環境保全、国民の権利条項等、先進的な内容もある一方、
      1. 民族資本の優遇、
      2. エネルギー、鉱物、原子力等の国家独占、
      3. 税収の地方配分の強化による中央政府の財源の弱化、
      等の悪い点もあった。
      各政権は、1986年から91年までの6年間に、6回の非正統的手法により経済安定化を図ろうとしたが、いずれも失敗した。

    2. コロル大統領は汚職で辞任したが、ブラジル経済にとっては、経済自由化政策を導入した大変な功労者である。90年6月、経済自由化・開放化政策を打ち出し、50年近く続いた輸入代替工業化政策を止めた。

  2. カルドーゾ・プランからレアル・プランへ
  3. 93年6月、カルドーゾ外相が大蔵大臣に就任し、初めて、オーソドックスな手法によるインフレの抑制に乗り出した。就任と同時に、93年度の国家予算の支出を大幅に削減して財政の均衡を図った。
    93年12月以降、3段階からなる本格的なインフレ対策を実施し、94年7月には、新通貨「レアル」を導入した。
    この結果、6月に50%近かった月間インフレ率は、7月以降、1桁台に下がった。 レアル・プランの成功により、10月の大統領選挙でカルドーゾ候補は当選した。

  4. カルドーゾ大統領の政策と評価
    1. 今年1月の大統領就任に当たり、(1)経済安定化、自由化の継続、(2)社会政策の重視、を柱として打ち出した。
      経済安定化、自由化の継続には、インフレ抑制の堅持と、憲法改正を含む財政、税制改革等の構造改革が必要である。
      社会政策については、貧富の格差、高い文盲率等を「社会的債務」と位置づけ、5つの優先目標(1.雇用、2.保険、3.教育、4.農業、5.治安)を掲げて、この解消に取り組むことを宣言した。しかし、まだ、ほとんど手が付けられていない。

    2. インフレの沈静化は、大きな成果である。年平均では、94年の2149%が今年は75%に、12月からの前年同月比では40%に下がると見込まれる。6月には、脱インデクセーション政策を発表した。
      また、経済成長も回復している。昨年の成長率は5.7%、今年は、政府が消費需要を抑える政策を取っているが、5%程度の成長と見込まれている。
      政府は内需の過熱を懸念して、金融の強烈な引締めをしているが、オーバーキル気味であり、最近、倒産や、和議申請が増えているようである。

    3. 政策的なレアル高と関税の引下げにより、自動車等の輸入が急増して貿易収支が急速に悪化した。94年11月以降、この6月まで赤字が続いている。
      これを受け、当局は為替誘導目標圏を2度切り下げ、現在は、1ドル=0.91〜0.99レアルの目標圏となっている。また、輸出促進措置、輸入関税の暫定的引上げを行った。自動車については、35%から20%に引き下げられていた関税を75%に引き上げ、6月には自動車の輸入割当制を導入した。
      貿易黒字は、昨年は104億ドルであったが、今年は20億ドルに減少すると見込まれている。経常収支は、120億ドルの赤字になると言われている。

    4. また、インフラの不足、硬直的な労使関係、通信・資源・エネルギー分野の民営化の遅れ、実情に合わない連邦・州の予算配分等の、いわゆる「ブラジル・コスト」が国際競争力の障害となっている。これを除去するための鍵は、憲法の改正である。

    5. 憲法改正については、2月以降、第1弾として経済条項の改正案が議会に提出され、可決の見通しが立ってきた。その内容は、
      1. 内外資本の差別の廃止、
      2. 公社が独占している通信サービス部門の民間への開放、
      3. 国家独占下にある石油、天然ガスの探査、精製、輸送、輸出入部門の民間への開放、
      4. 沿岸、内陸海運の対外開放、
      5. 州営企業に限定されている都市ガス事業の民間への開放
      である。
      第2弾として、3月から社会保障制度に関する条項の改正案が出されている。この内容は、
      1. 年金の勤続年数による支給から年齢及び納付年数による支給への変更、
      2. 年金の性別及び都市・農村労働者間の差別の撤廃、
      3. 公務員の恩給の支払い上限の設定、拠出金の引上げ、
      4. 議員、教員等に対する繰上げ年金支給資格の廃止、
      5. 社会保障制度、年金規定の一元化
      である。
      この改正については、労働者、年金生活者、特に高齢者の反対が強い。
      第3弾として、今後、税制条項に関する改正案が出される予定である。

  5. 今後の見通し
  6. トレンドとしては、新しい成長のサイクルに入ったのではないか。しかし、今後、レアル・プランを維持し、憲法改正を始め「ブラジル・コスト」除去の努力を続ける必要がある。課題は多く、まだまだ楽観は許されない。当面は、国際収支対策が最優先課題である。総括すれば、「長期楽観、短期困難」というところであろう。


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