第5回ミャンマー研究会(座長 春名和雄氏)/10月30日

新局面を迎えたミャンマー情勢


ミャンマーは今年7月末、ブルネイで開催されたASEAN外相会議に主催国ゲストとして参加し、ASEAN加盟への意思を明らかにした。また、同会議後に拡大外相会議が開かれた際、日本政府は、アウン・サン・スー・チー女史の解放を受け、同国の民主化進展に応じて段階的にODAを再開していく考えを表明している。政治・経済・国際関係の諸相においてミャンマーは新しい局面を迎えている。そこで、中部大学国際関係学部の桐生稔教授から、最近におけるミャンマーの政治経済情勢と日本のODA再開の条件などについて説明を聴いた。

  1. 政治情勢
  2. ビルマは1962年〜88年の間、ネ・ウィン政権のもとで「ビルマ式社会主義」が実行された。これはマルクス主義とは異なり、強烈なナショナリズムを背景に独立運動から生まれた思想であり、軍の力を利用してネ・ウィンが実行した政策である。88年7月にネ・ウィンが退陣した後は、国家法秩序回復評議会(SLORC)が市場経済化と対外開放を進めている。

    93年1月から制憲国民会議が開かれている。軍政は民政移管の条件として憲法制定をあげており、700名の代表者が憲法草案を審議し、既に3分の2の作業が終了した。ビルマでは少数民族間の対立が国家統一の障害になっており、憲法制定には全民族の合意が必要である。16の反政府勢力のうち、既に15グループとの間で和平が成立し、95年8月にはKNU(カレン民族連合)とも交渉を開始することで合意した。今年11月末から国民会議が再開され、今後1〜2年のうちに草案が国民投票に付されよう。以上が軍政の描くシナリオである。

    74年憲法では国民投票による3分の2の信任が必要だが、信任されないと軍政は難しい立場に置かれる。かつてネ・ウィンは政権掌握後、一党独裁に移ったが、今回は複数政党制を掲げている。93年10月に国民団結協会を結成したが機能せず、軍が政党を持つことは非現実的となり、憲法のなかで政治力を残そうとしている。その方法としては、第1に国家の危急存亡時に発動する国軍最高司令官の非常事態宣言であり、第2には上下両院の各議席の4分の1を軍関係者が占めることである。本件は既に審議を終えた。

    スー・チー女史は、解放後、週末に自宅前で集会を開いているが、憲法草案が提示されるまで行動に出ないだろう。市場経済化と対外開放により経済は順調に推移し、市民生活も確実に改善しており、過激な政治行動は歓迎されない。概して政治に対する国民の関心も薄らいでいる。

    今後の政治を展望するうえで軍が一枚岩でないことは無視できない。スー・チー女史の解放は、前日まで可能性はないと噂されていたので、軍内部の反対意見を抑えて踏み切ったようである。軍幹部は世代間で考え方に違いがある。ネ・ウィン時代の幹部は独立運動に携わり、ネ・ウィンの指示を仰いできたが、現政権の人物は独立運動に関与していない。古参の軍人は国家統一のために戦ってきており、政権内で力を発揮すべきとの使命感を持っている。55歳以下の人にはリベラルな考えの人が多い。

  3. 経済情勢
  4. ミャンマーは87年12月、国連によって後発開発途上国(LLDC)に認定されたが、市場経済化に伴い最も活気に満ちているのは農業である。農民の殆どは自作農である。英国植民地時代にはインド系地主に優先的に土地が振り向けられたが、ネ・ウィンが農地解放を行い、農業発展の基礎を作った。87年に農産物取引が自由化されてから、農村は豊かになっている。

    海外からの投資も増えているが、認可累計額は30億ドル程度で、最大の障害は二重為替の存在である。公定相場の1ドル=6チャットに対して、実勢では120 〜130 チャットと約20倍の乖離がある。殆どの取引には実勢相場が適用され、公定相場は回避されている。輸出指向型企業やホテルは外貨取引が中心で支障はないが、国内市場向け産業にとって二重為替は深刻な問題である。政府は相場の一本化を考えているが、大幅な切下げに伴う物価への影響は大きい。約120万人の軍人や公務員の賃金は国が負担しており、一本化には財政資金の裏付けが必要である。

    輸入増加への対応も不可欠で、IMFに特別融資の引き出しを求めているが、米国が消極的なため実現は難しい。

  5. ODA再開の諸問題
  6. 87年度以降、ミャンマーに対する新規の円借款は停止されているが、今年7月にスー・チー女史が解放されたことを受け、看護学校への援助など、基礎生活分野の案件を中心に再開について検討が進められている。

    ミャンマーが経済開発を進めるためには急激な工業化や輸出指向型産業の振興は必ずしも得策ではない。同国の比較優位を勘案し、農業に重点を置くべきだろう。世界的な食糧不足や人口問題などを考えると、ミャンマーは重要な食糧基地になる。農業関連分野に日本のODAが使われることを期待する。

    また、長年鎖国と統制経済下にあったため、弁護士、公認会計士、税理士、コンサルタント等の専門家も育っておらず、人材が不足している。ハード面のインフラだけでなく、ソフト面にもODAが活用されるべきだろう。

  7. ミャンマーを取り巻く国際関係
  8. 現在ミャンマーと親密な関係にあるのはASEANと中国である。日本も友好的だが、若干距離を置いている。欧米諸国は軍政に批判的で、民主化と人権改善を外交の基準にしている。ASEANは過去2回の拡大外相会議に主催国ゲストとして同国を招待し、積極的に付き合うことで改善を促している。

    特にシンガポール、インドネシア、マレーシアは前向きである。タイとは昔から犬猿の仲であり、フィリピンは米国の顔色を窺っている。中国は一貫して友好関係を維持している。ミャンマーにとって中国は警戒の対象だが、中国にとってミャンマーは地勢的に重要な国である。ミャンマーは中国の姿勢を評価しており、外交の場面でも中国を巧みに引き合いに出している。インドに対しては警戒的であり、バングラデシュとも難民問題などで関係がこじれたこともある。


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