日本・香港経済委員会(委員長 秋山富一氏)/12月7日

「一国二制度」のなかの香港
―レイモンド・チェン香港・日本経済委員長と懇談


95年9月、香港・日本経済委員会のバロネス・ダン前委員長が退任し、後任として南順香港有限公司 [ Lam Soon (Hong Kong) Ltd.] のレイモンド・チェン社長が香港側委員長に就任した。チェン委員長の来日を機に昼食懇談会を開催し、委員長就任にあたっての抱負や97年7月の中国返還を前にした香港情勢などについて説明を聞いた。

レイモンド・チェン委員長

  1. 一国二制度
  2. 97年7月の香港返還をめぐり、10年以上、中英交渉が続けられた。APECやWTOへの参加資格や終審裁判権の問題などは既に決着をみたが、「一国二制度」は史上初の試みであり、今後の展開については予測の域を出ず、さまざまな憶測を呼んでいる。
    現在、香港経済は困難な局面にある。物価上昇率が10%前後で推移するなか、国際競争力の向上を迫られている。サービス経済化の進展とともに、失業率は3.6%に達している。資産価格は下落を続け、94年3月に比べて30%も低下した。小売売上も低迷している。香港市民の権利問題などをめぐる英中間の軋轢が景況感をさらに悪化させている。しかし、いま香港が直面している問題は一時的な出来事だと思う。
    中国が「一国二制度」を打ち出したのは80年代初めであり、84年9月の英中共同宣言の前である。10年前に1,613であったハンセン株価指数は95年11月末、9,617にまで上昇している。84年の香港の1人当たりGDPは6,078米ドルであったが、94年には21,753米ドルにまで増大した。初めて「一国二制度」を聞いたとき多くの人々は、中国返還に伴う文化や心理面での動揺を避けるための方便だと思った。19世紀半ばから文化大革命後の70年代後半の経済改革に至るまで、中国が歩んだ紆余曲折の道のりは香港の歴史とは全く異なるからである。統治権だけでなく、香港文化もいずれ中国文化に同化していくだろう。「一国二制度」が現実になるのは、97年7月1日に英国植民地香港が中国の特別行政区となり、それまでの行政許可や英国王室令に代わり、「基本法」が施行されたときからである。しかし、既に多くの香港市民は「一国二制度」のなかに生活している。

  3. 変わり行く中国
  4. 南順有限公司は、香港や台湾よりも中国に多くの資産を有しているが、これらの多くは90年以降に投資されたものである。私も月に2回は中国を訪れるが、中国は変貌を遂げつつあり、その変化の速さは香港を凌いでいる。21世紀前半には開放的で多様な中国文化が生まれるだろう。数十年後の中国は、大陸中国と香港の強い遺伝子を組み合わせた、自由で開放的な市場競争の社会になっていると思う。
    中国政府の課題は、法の支配と市民の基本的人権を確立することによって、政府上層部と一般市民とを結び付け、公正な競争と自由な取引を可能にすることである。中国内陸部は依然貧しく、余剰労働力を抱え、沿海部での豊かな生活を求めるものが多い。近代国家の建設に階級闘争は不要であり、世界経済との一体化、市場開放、計画経済下の官僚主義の排除こそが必要とされる。中国を分析するうえで観察すべきは、人民解放軍の指揮官や共産党指導者の動向ではなく、最近、米ドルに対して上昇している人民元の内外での信用度である。
    教条主義的な中央集権化や分権化は意味を失い、権力機構内における適正な均衡が重要になってきている。適正均衡の考え方は儒教の根幹思想である。「中国」の国名についても一般に誤解されている。外国人も中国人も、中国とは「世界の中心」を意味し、民族中心主義的な傲慢さの表れだと思っているが、本来、中国の「中」は中道や中庸の「中」だと考えるべきである。中国は過去何度も均衡を失ったが、それは中国人自身が「中国こそ天下の中心だ」との幻想を抱いていたときである。
    いま中国は自らの先導役として香港を取り込み、ダイナミックな均衡の時代を迎えようとしている。中国の近代化に必要なのは、人民元の国際化、すなわち外貨との自由な交換を確保することである。これには数年を要するが、この点で香港ドルは人民元を補完できる。

  5. 香港の役割
  6. 税制の不備に伴う国家財政の圧迫が原因となり、18世紀半ば以後、中国は2世紀以上にわたり衰退を続けた。19世紀初めに既に近代的な経済大国となった日本とは対照的である。政府の主な役割は、教育、防衛、治安維持、交通インフラなど公共財の提供である。政府が適正に公共財を提供できなくなると、国力は低下する。
    いま中国の国力は向上し、貯蓄率も高まっているが、中央政府は内陸部と沿海部との格差や国有企業の赤字問題など多くの問題を抱えている。沿海部の経済開発のために海外の資本とノウハウが求められている。国際資本市場で高い信用を得ている香港は、対中国投資の仲介役として重要な役割を果たす。中国の近代化は、香港の存在によって一段と加速されよう。「一国二制度」は香港のためだけでなく、中国にとっても重要なのである。香港の使命は中国の近代化を支援することにある。

  7. 自由貿易の重要性
  8. アジアは第2次大戦後の自由貿易体制から多大な利益を受けてきた。GATT、WTO、世界銀行、アジア開発銀行はその成果である。最近、ゼロ・サム・ゲーム的な論調を耳にすることが多くなった。米国の通商関係者が米国市場から外国製品の締出しを主張したり、また将来、上海、台湾、シンガポールが香港の経済機能を分担したりすることから、600万の香港市民は不毛の岩山に座礁すると考える人もいる。世界の主要な貿易国がゼロ・サム・ゲームを求めることは危険である。自由貿易を支えるのは、相互理解と協力、譲歩と互恵の精神である。これはAPEC大阪会議でも確認された。中国での合弁事業やサービス分野における戦略的な提携など、新しい協力関係を築くうえでもこうした精神は不可欠である。


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