インドシナ研究会(座長 荒木正雄氏)/3月5日

最近のカンボジア情勢と今後の展望


70年代から内戦が続いていたカンボジアでは、90年9月に紛争当事者が国連和平提案を受諾し、91年10月にはカンボジア最高国民評議会(SNC)と関係18カ国との間で「パリ和平協定」が締結された。92年2月、停戦監視と総選挙の実施のため国連カンボジア暫定統治機構(UNCTAD)が設立され、93年5月の総選挙を経て、93年9月、新憲法の公布とともにカンボジア王国が誕生した。
新生カンボジアの最近の情勢について、今川幸雄前駐カンボジア大使に聞いた。

  1. 存在感の大きいシアヌーク国王
  2. カンボジアの政治、経済、治安は、いずれも着実に改善し、安定を取り戻している。治安については、2年前には毎晩、銃声が聞こえたが、いまでは全く聞かれなくなった。今日の安定はシアヌーク国王の存在によるところが大きい。国王は国民から尊敬されており、新憲法には「国王は君臨すれども統治せず」とあるが、国王の意向に反してまで何かをやろうとする政治家はいない。国王は北京で治療を受けていたが、いまは回復している。国王の存在自体が安定要因であるので、国王が死亡した場合には、政治的な混乱が生じる可能性が高い。
    カンボジアの国王は世襲による王位継承ではなく、国会議長、首相、仏教2派指導者らによる王位評議会で王族のなかから選出されることになっている。次期国王の候補として、現国王の子息ラナリット第1首相とユネスコ大使のシハモニー王子が目されているが、2人とも後継者としては一長一短があろう。ラナリット第1首相は政治に関心を持ちすぎているのが難点であり、一方、シハモニー王子は芸術家タイプで、政治に関心がなさすぎるのが問題である。

  3. 連立政権の現状
  4. 現在の連立政権は、シアヌーク国王のアイデアで成立した。親ベトナム派(人民党)と反ベトナム派(フンシンペック党)が政権内で均衡を保っている。93年5月の総選挙では、フンシンペック党の得票率が人民党をやや上回ったが、地方で勢力を持っているのは現在でも人民党である。第一党のフンシンペック党が全てのポストを独占すると混乱が生じるため、両党から2人の首相を立てた。フンシンペック党のラナリット第1首相と人民党のフン・セン第2首相である。両首相は良好な協力関係にあり、内政では人民党が強く、外交ではフンシンペック党が主導権を握っている。人民党内でフン・セン第2首相が権力を持ち続けることは、内政安定の上で重要である。同党内部の争いで同首相が失脚するようなことがなければ、現状は維持されよう。チア・シム国会議長も同首相を支持している。
    サム・ランシー前大蔵大臣は、ラナリット第1首相と衝突し、蔵相ばかりか、国会議員資格も剥奪された。シアヌーク国王の弟のシリウット殿下も、フン・セン第2首相と衝突して、国外に追放されてしまった。こうした事態を一部の西側諸国が不用意に批判したため、波紋が広がっている。これらはカンボジア国内の政争であり、外国が干渉するようなことではない。

  5. クメール・ルージュの動向
  6. クメール・ルージュ(ポル・ポト派)は弱体化している。国連統治下、同派の勢力は4万人ともいわれたが、現在は後方部隊を含めて5000〜6000人と推定される。投降者が出ていることを政府は宣伝しているが、偽装投降者も多く見られる。一般市民の中にクメール・ルージュが潜り込むことは危険である。クメール・ルージュは、現政府が経済政策に失敗し、汚職と賄賂の蔓延によって国民の不満が高まったときに革命を達成しようと狙っており、油断できない。
    クメール・ルージュ対策として一部の西側諸国は、カンボジア政府への軍事援助を強調するが、いまカンボジアが必要としているのは経済援助である。かつて日本の無償援助でトンレサップ架橋が建設された。その後、戦争で破壊されたので、先頃、日本の援助で修復したところ、橋周辺の経済活動は活発化し、生活環境も目に見えて改善した。国連統治下、同地域はクメール・ルージュのゲリラ活動が盛んであったが、いまは全くなくなった。人口の85%を占める農村の生活水準が向上すれば、クメール・ルージュが復活することはないだろう。

  7. 今後の課題
  8. カンボジア政府の問題は徴税能力がないことである。貧困層からではなく、収入のある人から公平に税を徴収しなければならない。最近、一部に富裕層が生まれている。貧富の差が激しくなると、大部分の貧困層が不満を持つようになる。政府の財政は関税収入に多く依存している。要するに、貴重な外貨を使って輸入を増やさないと国庫が苦しくなる、との矛盾を抱えている。
    カンボジアは95年7月にASEANのオブザーバーとなり、97年を目標に正式加盟したいとしている。政治的な方向としては良いと思うが、年間 200回にも及ぶASEANの関係会議にカンボジア政府関係者が出席し、しかも英語で議論できるかどうか、一抹の不安もある。
    今後、日本のカンボジア向け無償援助は徐々に減少していくだろう。延滞債務問題が解決されれば、円借款の可能性もある。ラナリット第1首相は、外資の誘致に積極的だが、有能な公務員と労働力の育成、法制度やインフラの整備など、投資環境の改善に向けて取り組むべきことは多い。
    カンボジアの地雷については、今世紀中に全てを除去することはできないだろう。北西部では現在でも政府軍とクメール・ルージュが戦闘を続けており、新たな地雷が撒かれている。対戦車地雷は金属製で探知できるため、殆どなくなった。危険なのは対人地雷であり、地雷の9割を占める。直径15cm程度の円盤状プラスチックや木製の箱でできており、探知機では捜し出せない。水に強く、雨期のスコールで流されてしまうため、設置した場所を特定できず、多くの農民や子供などが犠牲になっている。
    75〜79年のポル・ポト政権時代に強制労働と大量の虐殺が行われたため、現在でもカンボジア政府には大臣、次官クラスの人はいても、局長から課長補佐クラスの人材を欠いている。国民の4割は18歳以下であり、教育と人材育成が急がれるが、資金不足により順調に進んでいない。


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