経団連くりっぷ No.36 (1996年 7月11日)

貿易投資委員会WTOスタディ・グループ(座長 櫻井 威氏)/6月18日

WTO(世界貿易機関)の課題


本年12月のWTO閣僚会議(於 シンガポール)に向けて、WTOおよび国際貿易体制に対するわが国経済界の考え方を検討すべく、貿易投資委員会(委員長 北岡 隆氏)は下部組織としてWTOスタディ・グループを設置している。同スタディ・グループは、このほどWTO上級委員会委員を務める松下満雄成蹊大学法学部教授より、設立後1年半を迎えたWTOの主要課題等について聞いた。

  1. WTO協定の実施(国内法の関連)
    1. 農業協定
    2. ウルグアイラウンド(UR)では、農業補助金の廃止、数量制限の関税化が合意された(ただし、関税化義務の猶予期間あり)。関税化は日本の農業政策に重要な影響を持つもので、4年半後の猶予期間経過時に議論を呼ぶものと思われる。

    3. アンチダンピング
    4. WTO協定の中の新アンチダンピング協定では「輸入価格には個別価格を採用し、国内価額の算定では加重平均を採用する」という価額計算方法を原則禁止している。ただし「価格パターンが不自然な場合は同原則の逸脱可」との例外規定もあるので評価は難しい。
      アンチダンピングの分野では、今後、迂回防止措置が重要となる。今規則には迂回に関する規定は盛り込まれなかった。そのため、米・EUは迂回防止措置を合法、日本は違法と解釈しており、国際紛争の原因となりかねない。同措置は、全面否定はできないが、濫用の防止が必要である。
      迂回防止措置を含むアンチダンピングについて、協定の改正または解釈基準に関する決議等により、新たなルールをつくるべきである。

    5. 審査基準
    6. アンチダンピングを巡る紛争が発生し、紛争解決手続に持ち込まれた際、(1)紛争解決機関(DSB)が設置する紛争解決小委員会(パネル)または上級委員会は、当該加盟国の事実認定を尊重しなくてはならない、(2)協定条文の解釈について、当該アンチダンピング当局が可能な解釈のうちのひとつをとっているならば、それを正当な解釈と認めなくてはならないという規定がある。この審査基準のため、アンチダンピング措置が正当とされる範囲が大きくなり、他方、パネルや上級委員会の審査権が縮小された。今後、他の協定の一般原則とするかについても議論されるだろう。特に、(2)については慎重に検討すべきである。

    7. GATS(サービス協定)
    8. サービスの自由化は国内政策の変更を要求される場合が多い。また、分野ごとに性質が多様である。だが、GATSによってサービス交渉の枠組みができたことから、長期的にはサービス貿易の自由化が実現されるだろう。GATSは最恵国待遇と透明性を原則とし、内国民待遇については分野毎に義務化するか留保するかを決める。
      さらに、GATSの方式を将来、別分野に応用できる可能性がある。

  2. 地域主義とWTO
  3. EU、NAFTAとWTOの整合性について作業部会で検討しているが、見解が対立している。地域協定に関する現存の規定は機能しておらず、長期的な取り決めが必要である。例えば、原産地規則など個々の協定の問題としての議論が有効となろう。

  4. 紛争解決
    1. WTOの紛争解決方式
    2. 旧方式に比べて飛躍的に改善された。加盟国間紛争が二国間協議で解決しない場合、当事国の一方が他方をDSBに提訴する。DSBが設置するパネルの裁定は、全員が反対しないと否決されない逆コンセンサス方式である。異議は上級委員会に持ち込まれ、そこでパネルの結論に対して支持、反対、破棄いずれかの判断を下す。従来の紛争解決手続は政治的であったが、今回、司法的解決を実現するものとなった。

    3. 最近のWTO関係紛争
    4. 今年5月に上級委員会が初めて裁定を下した案件である「米国対ベネズエラ・ブラジル事件」は、米国の環境規制と貿易制限に関わるものであった。米国は98年からのガソリンの品質規制導入に先立ち、93年からの移行期間中、米国内の製油所には90年に各々が達成した水準、海外の製油所には90年の全米製油所の平均値の水準の維持を課した。ベネズエラとブラジルは、これを内国民待遇違反とし、米国をWTO提訴した。パネルでは米国側敗訴となった。
      上級委員会では、米国が外国製品を差別しておりGATT3条違反であるが、GATT20条の一般例外規定のg項(天然資源の保護)を援用し、米国の主張を一部認めた。その上で、20条の但書の「不当な差別を禁ずる」という部分に触れるとし、結局、米国側敗訴とした。
      将来、環境と自由貿易の両立は深刻な問題となる。現在、環境に対する多角的協定とWTOをどう整合させるか特別委員会で議論しているが、結論に至っていない。現在のWTOでは環境問題に対する規制は極めて不備である。目下の貿易と環境の問題である程度の結論に至った後に、新たなルール作りが必要である。WTOは国内の環境問題について関知すべきではない。貿易に関連した議論に限定すべきである。

  5. WTOの将来の課題
    1. 競争政策と貿易
    2. 現在、120カ国のWTOメンバーの内、独禁法を持っているのは30〜40カ国程度に過ぎず、全メンバーが加盟する競争政策に関する一般協定をつくることは難しい。WTO協定の付属書4(複数国間協定/加盟は任意)と同様のアプローチが適切である。また、網羅的な規則ではなく、GATSと同様に、部分的に規定を設ける方法が望ましい(例えば、合併の届出、調査等)。WTOでこのような議論を行なうべきである。

    3. 貿易と投資
    4. 現在、TRIMs協定やローカルコンテンツ協定等はあるものの、投資活動全体を網羅する協定はない。投資問題もサービスと同様に国内政策との関係が深い。投資についても、MFNと透明性を原則とするGATS方式が望ましいと思う。


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