経団連くりっぷ No.39 (1996年 9月12日)

金融制度委員会(委員長 樋口廣太郎氏)/8月29日

中央銀行制度のあり方について
野村総研 リチャード・クー主任研究員と懇談


金融制度委員会では、8月29日に会合を開催し、金融制度委員会企画部会ならびに金融制度改革専門部会で検討してきた「日銀法改正問題に関する考え方(案)」の審議を行なった(同提言は、9月9日の会長副会長会議を経て公表)。
なお当日は、審議に先立ち、野村総合研究所のリチャード・クー主任研究員(前ニューヨーク連銀エコノミスト)より、中央銀行制度のあり方について考え方を聞くとともに、意見交換を行なった。

リチャード・クー主任研究員

  1. リチャード・クー主任研究員説明要旨
    1. 日銀法改正論議の焦点となっている「中央銀行の独立性」には、2つの意味がある。
      第1は「政治からの独立性」である。政治に対する中央銀行の独立性が低い国(例えばイギリス)では、政治や選挙の都合で金利が変更されるため、物価安定を実現しにくい。また、こうした国の資産を保有しようとする投資家は、より高いリスクプレミアムを要求するため、金利は高く、通貨は安くなりがちである。
      第2は「大蔵省からの独立性」である。元来、財政を所管する大蔵省と中央銀行との間には利益相反が生じやすく、中央銀行が大蔵省の監督下にある限り、インフレ・バイアスが起きやすい。
      ドイツや台湾のように、過去に激しいインフレを経験した国ほど、中央銀行の独立性が強化される傾向にある。中央銀行の独立性確保は、いわば「人類の知恵」である。

    2. 日本では、中央銀行が大蔵省の監督下にあるにもかかわらず、過去25年間は、巨額の貿易黒字のもと常に円高傾向にあったため、インフレは顕在化しなかったが、別の問題が生じた。つまり、貿易黒字や円高が金融政策によって引き起こされたものではないにもかかわらず、低金利政策で是正しようとしてきたため、80年代後半のバブル経済をもたらした。
      仮に、日銀の独立性が強ければ、「貿易黒字や円高は、金融政策によって生じた問題ではない。規制緩和を進め、真の原因である構造問題の解決を図るべきだ」と強く主張したであろう。しかし、日銀は大蔵省の監督下にあるため、こうした主張が出来ず、金融政策運営が間違った方向に向かってしまった。

    3. こうしたことから、中央銀行の独立性が確保される必要があるが、その際、国会が日銀の責任を問い得るような仕組み(つまりアカウンタビリティー)が必要となる。アメリカの場合は、FRB議長は最低年2回の議会証言を義務づけられており、毎回、激しい議論が戦わされる。議員の質問に対して、FRB議長が即座に回答できない場合は、政策変更を余儀なくされる。議員の力量も問われるが、こうしたやり取りがあってこそ、真のアカウンタビリティーが実現される。

    4. また、米国では、FOMC(連邦公開市場委員会)の議事録公開を行なっている。このため、間違った判断をすれば、後々、歴史の中で恥をかくこととなるのでFOMCメンバーは、真剣に政策判断を行なうようになる。日銀についても、独立性の強化に伴い、政策決定等に関するディスクロージャーが必要となろう。

    5. 現在、実質的に、日銀と大蔵省が交互に日銀総裁を輩出しているため、国民の多くは「日銀総裁は自分たちの代表だ」という意識を持っていない。
      国民の信を受けていない中央銀行総裁が政策判断を誤った場合、その人物が任期を全うすべきではない。従って、日銀総裁の選出方法を変えるか、あるいは、政策を誤った総裁を辞任させるような仕組みを作るべきである。

    6. 現在の日銀法には、目的として「物価の安定」が明記されておらず、また「金融システムの安定」についても具体的な記述がないが、これらを明記する必要がある。

    7. 現在、個別金融機関との契約関係の下で行なわれている日銀考査を法定化すべきである。
      また、金融がプロの世界になっている現在、これを検査する側もプロでなくてはならず、大蔵省よりも多くのプロを擁する日銀の役割を拡大していくべきである。ただし、その日銀にしても、アメリカの検査人員と比べれば、その陣容はいかにも手薄である。今後は、日銀の考査体制をさらに強化する必要がある。

    8. 為替介入については、今後とも行政当局が責任を持つべきである。「為替の安定」が日銀の役割となれば、金融政策が必要以上に為替に振り回される惧れがあるためである。

  2. 懇談概要
    1. 経団連側の「80年代後半のバブルは、日銀の政策の失敗によるものという理解で良いか」との発言に対して、クー主任研究員からは「89年5月まで公定歩合を2.5%に据え置いたことは、大きな誤りとは思っていない。当時、88年に円高に悩まされ、また卸売物価指数が89年2月までマイナスを続けたなかで、公定歩合引き上げを決断できなかったことは責められない。むしろ、検査・考査を通じて、金融機関の不動産融資への急速な傾斜に対する警告をすべきだった」との回答があった。

    2. 経団連側より「現時点で、公定歩合を引き上げるべきと考えるか」との質問に対して、クー主任研究員からは「利上げするよりは、据え置く方が良い。しかし、資金需要が極めて低迷している現在、金融政策の効果はほとんど期待できず、財政出動に頼るしかない。財政赤字を心配するあまり財政出動をためらっていると、後で大変なことになる」との回答があった。


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