経団連くりっぷ No.39 (1996年 9月12日)

日本ベトナム経済委員会総会(委員長 西尾 哲氏)/7月26日

第8回共産党大会以後のベトナムの政策運営


ベトナムでは6月28日〜7月1日、第8回共産党大会が開催された。党大会を受け、今後ベトナムでは、どのような政策運営が行なわれるかについて、トラン・ヴァン・トゥ桜美林大学教授に聞いた。
また、当日は95年度決算、役員改選、96年度予算について審議し、了承を得た。

西尾委員長

  1. ベトナムの将来展望
  2. ベトナム政府の指導層は、社会と政治の安定を目指して、人事、政策、改革のテンポを決定している。これまでの改革は大きな成果を上げ、市場経済の秩序も体系的に整いつつある。しかし、一面において改革のテンポはスピード・ダウンしていると言える。例えば、映画やビデオなど文化的な部門に対して政府は検閲を行なっており、一部の実行部隊は英語の看板を撤去するなど、少しやり過ぎのようなところもある。
    市場経済に特有の消極的な部分をいかに少なくするかがベトナム政府の課題になっている。また、社会や政治の安定のためには、地域格差の是正、大都市の低所得層の救済に取り組む必要がある。

  3. 共産党大会の評価
  4. 今回の共産党大会の前に人事をめぐってさまざまな憶測が巷間伝えられた。結局、トップの3人は現職に留まった。
    ドー・ムオイ書記長は88年に首相に就任してから、改革的な思想を勉強し、その後、改革派に傾いていった。現在のヴォー・ヴァン・キエット首相も改革派であり、70歳代後半であるが、健康で実行力に富んでいる。レ・ドゥック・アイン大統領を加えた3人の留任は、ベトナムにとって重要なことである。
    トップの3人以外については、若手が政治局員や中央委員になった。科学技術研究の分野から登用されたケースが多いのが、今回の人事の特徴である。科学技術系が重視されるのは望ましいことだと思う。
    今回の党人事は、2020年までを視野に入れて改革を実行するためのものである。さらなる改革と対外開放に向けて、新しい経済発展と工業化の時代が始まる。今回の党大会はそのための出発点として位置づけることができる。

  5. 最近の経済情勢
  6. 92年以降、物価上昇率は10%台で推移している。ベトナム政府はインフレ率を1桁台にすることを目標にしている。経済成長のためにはある程度のインフレは必要との意見もあるが、持続的な発展のためにはインフレは避けるべきである。いずれにせよ、10%台が適当との見方が多い。
    経済成長率も8〜9%台が続いており、過去5年間、ベトナム経済は良好なパフォーマンスを示してきた。今後、本格的な工業化と近代化の段階に入る。
    ベトナムは「労働力過剰、過少貯蓄」型経済として特徴づけられる。人口の7割が農村に住んでおり、貯蓄率は15%程度である。現在のベトナムは15〜20年前のタイの水準にあるといえよう。9%以上の経済成長を実現するためには、投資率と貯蓄率との乖離を直接投資や円借款によって埋める必要がある。
    政府や党の指導者だけでなく、国民全体の傾向として、「近隣諸国との経済的な格差を縮めるために努力しよう」という意識が高まりつつある。40年前のベトナムの1人当たり所得は、タイや韓国と同水準であったが、その後、大きく差が開いた。
    ベトナムのGDPに占める製造業の割合は15%程度であり、他のアジア諸国に比べて低い。ベトナムはASEANのなかの後発国として、アジアでの分業体制に参加していくことになる。
    ベトナムの輸出総額の約4分の1は原油であり、その他は繊維・衣類、水産物、コメなどである。これまでベトナムは外国企業から技術とノウハウを導入し、国内の安い労働力を活用して輸出を伸ばしてきた。繊維は労働集約型産業であり、今後、輸出の拡大が可能であろう。

  7. 新しい国際環境のなかでの経済発展
  8. 昨年ベトナムはASEANに加盟した。AFTAの取り決めによると、2003年までに工業製品の関税率を5%以下にすることになっているが、ベトナムの場合は後発であるので2006年が期限である。関税率を下げてASEANの他の国と競争することは、ベトナムの産業発展にとって望ましい。ベトナムが比較優位を持つ労働集約的な産業については、早い段階で国際市場で競争できるようにしておく必要がある。AFTAへの加盟を契機に、企業の競争意識を高め、品質の向上に努めなければならない。
    ASEAN加盟の準備段階で問題になったのは、ベトナムに英語ができる人材が少ないことであった。ASEANでは、年間 100回程度の国際会議を開催しており、このような国際会議にベトナムの政府関係者が出席し、英語で議論するのは容易なことではない。人材の育成が求められている。
    メコン河流域の総合開発との関係からも、国際的な地域協力が世界的な注目を集めている。平和な国際環境のなかで、ベトナムは今後とも経済発展を遂げていくだろう。
    その際、発展の質を重視することが重要である。投資の一極集中が進むと、生活環境が悪化する。魅力のない発展だと、たとえ所得水準が向上しても、必ずしも豊かになったとは言えない。幸いにして、ベトナムは後発国であるので、先発国の経験を踏まえて発展することができる。
    平等主義では社会は発展しない。発展と生活改善の機会が均等に与えられることが必要である。個人の能力と努力が報いられるような社会にすることが重要だと思う。今後、ベトナムでは、漸進的な改革と急進的な改革とが同時に進行するだろう。


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