経団連くりっぷ No.39 (1996年 9月12日)

企業人政治フォーラム(会長 川勝堅二氏)/8月27日

「住民投票」は「代議制」に替わり得るか?


企業人政治フォーラムでは、新潟国際情報大学の石川真澄教授(元朝日新聞社政治部編集委員)を招き「住民投票と日本の政治」と題する講演会を開催した。石川教授は、8月4日に新潟県巻町で行なわれた、原子力発電所の立地の是非を問う住民投票の状況を説明し、住民投票と代議制とは二者択一的でなく、相互補完的な役割を果たすものであり、両者がうまく組み合わされていくことが望ましいと述べた。
以下は、その概要である。

  1. 石川教授講演要旨
  2. 石川教授石川教授

    1. 偶発的な要素で住民投票条例は成立
    2. 8月4日、新潟県巻町において、全国で初めて、政策の是非が住民投票で問われた。住民投票条例が町議会で成立した経緯には、議員の一人が誤って住民投票賛成に票を投じたという偶発的な要素が働いた。また、反対が大きく賛成を上回ったのには、高速増殖原型炉「もんじゅ」の事故が発生したことや国の原子力関係者の発言が結果として原発立地反対派に追い風となったことなどが影響した。

    3. 投票結果は実質的な法的効果
    4. しかし、町民の人々は冷静に投票に臨んでいた。当日の投票率は88.3%と高く、反対票が有効投票中の61.2%を占め、結果として住民の意思がクリアな形で示された。
      巻町住民は、今般の住民投票が「地域エゴ」との批判を浴びることを自覚しながら、一方で「何故人口集中地域に立地してはいけないのか」という疑問を投げかけずにはいられなかったのである。
      今般の住民投票は「法的拘束力」を持たないと報道されているが、条例では「町長は投票結果を尊重」するとされており、また原子力発電所の建設予定地には町有地も含まれている。ゆえに住民投票は町の行政行為に実質的な法的効果をもたらす。

    5. 住民投票は議会制民主主義を補完
    6. 住民投票を巡っては、議会制民主主義を採る以上、正当な選挙で選ばれた代議士で構成する議会を尊重すべきであるという意見と、議会に頼らず、主権者自ら直接投票によって政策を決するべきであるという意見があり、直接民主主義と間接民主主義とが相入れないもののように論ぜられている。
      しかし、両者はトレード・オフでなく、相互補完的な関係にある。わが国でも、直接請求制度をはじめ直接民主主義的な手法が現行の政治システムに組み込まれている。代議制を維持しつつ、直接民主主義的な手法を増やすことにより、代議制のチェック機能を果たすことが期待される。

    7. 投票率低下の原因は何か
    8. 最近、わが国で住民投票が注目されるようになったのは、国民の間に代議制に対する不信感が募っているからである。国政選挙における投票率は、細川政権の成立前からすでに下降の一途を辿っている。このことは、わが国において、ヨーロッパのような社会民主主義勢力が育たなかったこととも関係があるが、ある意味、歴史的な流れであるということもできる。つまり、間接民主制は、直接民主主義の物理的な限界から技術的に編み出されたものであるが、普通選挙制も十分に浸透した今日、これ以上発展の余地を見いだしにくくなった。いわば「政治的近代」が終わりに近づきつつあることのあらわれであると言えよう。

    9. 情報化で直接民主主義も可能な時代に
    10. 逆に、直接民主主義の物理的な限界は技術的進歩により克服されつつある。すでに選挙については、電子投票が技術的に完成されつつあり、わが国において、コンビニエンスストア並みの密度で投票網を設けるためのコストは、5,000億円程度で済むという試算もあるとのことである。これを政策判断への投票に応用するのは簡単である。
      問題は、社会的なソフトの整備である。例えば、何を国民投票で問えばよいのか、また投票の際の選択肢をどう設定するか。特に選択肢の設定は投票結果を左右する重要な問題である。さらに、国民が判断を下すための公正・中立的な情報をいかに確保できるか、という問題もある。

  3. 質疑応答
    1. マスコミの煽動的報道に流されないか
    2. 経団連側:
      直接民主制をわが国に導入する際、マスコミは適切な情報提供を行なえるのか。また、煽動的な報道に流されることなく、国民が適切な判断を下せるのか。
      石川教授:
      マスコミについては確かに色々な問題もあるが、諸外国と比較してそれほど劣るという程ではない。国民は、今でも十分適切な判断を下すことが可能である。
      また、わが国の政治・行政システムには、危機回避のための仕組みが十分組み込まれており、一時的なムードに流されて重大な決定が行なわれるとは考えにくい。むしろ、現状のシステムを時代の流れに対応して変えていくことの方が難しい。

      経団連側:
      現行憲法下で、直接投票を行ない得る余地はかなり少ないのではないか。
      石川教授:
      確かに、条例は法律に反しない限りにおいて法的拘束力を有し得る。さらに現行憲法の中に住民投票を行なう根拠を求めるとすれば、「地方自治の本旨」という文言に求めることになろう。

    3. 投票率を高める方法はあるのか
    4. 経団連側:
      投票率を高めるための方策はあるのか。経団連が会員企業に対し、従業員が投票を行なうよう呼びかけてはどうか。
      石川教授:
      「投票しろ」というだけでは大して効果は期待できない。ただ平日に投票を行なったり、投票期間を長くするといった工夫の余地はあるのではないか。また、子供の頃から政治問題を議論する訓練を積むなど、政治教育のあり方も再検討する必要があろう。しかしこれもわが国の政治風土の中では困難が伴う。


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