経団連くりっぷ No.40 (1996年 9月26日)

日本ブラジル経済委員会総会(委員長 室伏 稔氏)/8月30日

ブラジル政治・経済情勢と今後の見通しについて水野上智大学外国語学部教授と懇談


ブラジル経済委員会では、第16回定時総会を開催し、1995年度事業報告・収支決算、1996年度事業計画・収支予算を審議・承認した。当日は審議に先立ち、上智大学の水野外国語学部教授との懇談会を開催し、「最近のブラジルの政治・経済情勢と今後の見通し」について懇談した。
以下は水野教授の説明の概要である。


室伏委員長

  1. レアル・プラン2年間の評価
    1. プラス面
    2. 第1にインフレが鎮静化されたことが挙げられる。94年6月には月48%であったが、96年5月には月1.3%の水準まで低下した。年率は94年が930%、95年は22%、96年は15〜16%になるだろうと予測される。これは過去40年間で最も低い水準である。
      第2は、経済成長率がある程度回復したことである。昨年、メキシコ、アルゼンチンではマイナス成長であったが、ブラジルは4.2%、今年は2〜3%の成長が見込まれる。
      第3は、実質賃金が上昇し、購買力が高まったことである。勤労者一人当たりの平均月収は、94年6月には300レアルだったが、96年5月には587レアルまで上昇した。その結果、テレビ、ビデオ、冷蔵庫等の家電購入ブームが起きている。
      第4に政府が外資導入を積極的に進めた結果、長期の外資が流入し、外貨準備が増大した。直接投資は、94年が9.1億ドル、95年が33億ドルであり、今年の見通しは、60〜70億ドルと予測される。

    3. マイナス面
    4. 第1は、貿易収支が悪化している点である。94年までは100億ドル以上の黒字であったが、貿易の自由化等の影響により、95年は30億ドル以上の赤字を記録した。今年の上半期は政府が輸入を抑制したため、3億ドルの赤字にとどまったものの、年間では20〜30億ドルの赤字になるであろう。
      第2は、財政赤字が拡大している点である。対外債務は減少傾向にあるが、国内の赤字が急速に増加している。94年6月は620億ドルであったが、96年6月には1,510億ドルに増えている。内債の増加は、特にブラジルのように貯蓄率が低い(18%水準)国では、危険な状況を招くことになる。
      第3は、失業の増大である。失業率は今年6%(都市の全国平均)と、アルゼンチンの20%に比べ、それ程深刻ではないが、サンパウロの労働組合の調査によると15%とかなり高く、景気も悪くなっており、失業率の上昇は社会不安の種になりつつある。
      第4は、企業倒産が増大し、インフレ時代に儲けていた銀行が不良債権を抱え、銀行を再編せざるをえない状況に追い込まれていることである。ブラジル銀行は、昨年46億ドルの経常赤字を出したが、これは銀行では世界最大の赤字である。政府が救済に乗り出し、サンパウロ州銀、リオ州銀には330億レアル、ブラジル銀行には88億レアルの資金を提供している。
      各企業とも、生産性の向上、コストの削減、新技術の導入に努めているが、一方、安価な輸入品が大量に流入した結果、体質の弱い企業の倒産・合併が進行している。現在、自動車部品メーカーは約450社あるが、いずれ200社程度に統合されると言われている。

  2. カルドーゾ政権の1年8カ月の評価
    1. 為替アンカーと高金利による安定化政策
    2. 為替の固定化(為替アンカー)と高金利によって国内景気の過熱を抑え、インフレを抑制してきた。一方、高金利によって外資が流入し、国内の流通を抑えるために、国債を発行した結果、赤字が増えるというジレンマに陥っている。

    3. 貿易収支と関税
    4. 94年11月から貿易収支が赤字となったが、為替政策もその原因の1つである。自動車の関税が30%から70%に、玩具が20%から70%に引き上げられるなど、為替の過大評価を関税の引き上げで対処せざるをえない状況である。

    5. ブラジル・コストへの挑戦
    6. ブラジル・コストとは社会的要因に根ざしたコストアップ要因のことである。これは
      1. 80年代の設備投資不足、
      2. 硬直的な労使関係、
      3. 民営化の遅れ、
      4. 年金制度の破綻
      等の理由による。ブラジル・コスト解消の第1段階である憲法の経済条項の改正については去年の11月にほぼ終了した。
      第2段階が社会保障制度の改革である。具体的には年金の改革である。現行の制度は、30年間勤めれば、若くして年金生活に入ることが可能であったり、議員や教員は特別恩給制度によって30年間勤めなくても退職すれば年金生活に入れるといった状況である。政府はこの制度を改めるため、改革法案を提出したが、上院は通過したものの下院では可決されなかった。今後地方選挙を控えているため、今年中に改革できるかは疑問である。

  3. 今後の見通し
    1. 民営化の促進
    2. カルドーゾ政権では、これまでに13社40億ドルが民営化された(内半分がライト社)。最大の目玉であるリオドセ社は97年2月までに民営化される予定である。これら民営化による政府の財政収入は80億ドルないし120億ドルとも言われている。

    3. 輸出振興
    4. 工業製品輸出のインセンティブとして、ブラジル経済社会開発銀行が自動車部品、セラミック、電気製品等の10部門に対して10億ドルのクレジットラインを設定した。

    5. 国際収支危機(対外ショック)への対応
    6. メキシコの通貨危機の対策でブラジルはアルゼンチンに比べると軽微であったが100億レアルを失った。今後、米国で金利の引き上げが行なわれた場合にはブラジルも少なからず影響を受けるであろう。メキシコでは経常収支の赤字を短期の外資で補ったことが失敗の原因であった。ブラジルは幸い外資は短期のものが少なく、直接投資が中心であり、投資額は実際に増えている。


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