経団連くりっぷ No.41 (1996年10月 9日)

農政問題委員会報告書/9月17日

第4回食品工業白書

−食品工業の原料調達問題の改善に向けて−


農政問題委員会では、近年、経営環境が厳しさを増しているわが国食品工業の原料調達問題の改善を図るため、「第4回食品工業白書」をとりまとめた。本白書は、単に食品工業の実情を紹介するにとどまらず、農産物の価格支持制度の抜本的な改革を強く訴える内容となっている。以下はその概要である。

  1. わが国食品工業の位置づけ
  2. わが国食品工業の年間出荷額は32.2兆円(1994年)で、全製造業の年間出荷額の約1割を占めている。また、食品工業に携わる従業員数は 123万人と、全製造業の従業員数の約1割を占めており、食品工業はわが国産業経済の中で重要な地位を占めている。
    また、わが国で生産された農水産物の4分の1が食品加工品業に仕向けられており、わが国食品工業は、国内農水産業の重要なユーザーとしての役割も果たしている。

  3. 食品工業が直面している状況
  4. 近年、食料加工品関税率の引き下げや円高の進展により、安価な最終製品や中間製品の輸入が急増しており、わが国食品工業はかつてない国際競争に晒されている。
    このような中で食品工業会社では、技術開発や人員削減、設備の統廃合など、徹底したコスト削減策を講じている。しかし、原料となる主要な農産物に関し、主に国内農業保護の観点から価格支持制度や厳格な国境措置等がとられており、関連する食品工業企業は、割高な原料農産物の購入が強いられ、国際競争上不利な条件に置かれている。
    ウルグアイ・ラウンド合意により、食料加工品の関税率はさらに引き下げられることから、今後、輸入品の価格優位性はますます強まる。わが国の食品工業が原料調達上のハンディキャップを背負ったまま、厳しさを増す国際競争を生き抜くことは到底困難な状況である。

  5. 原料調達問題の改善方策
    1. 価格支持制度の問題点
    2. わが国においては、小麦やてん菜・さとうきび、加工原料乳などの重要な農産物に関して、品目ごとにそれぞれ異なる仕組みによって、政府が市場に介入する価格支持制度等が導入されている。農産物の価格支持制度は、価格安定機能にとどまらず、農産物価格を高い水準に維持することを通じて、農家に対して実質的な所得補償を行なう機能をもつ。この所得補償機能の有効性確保のため、併せて厳しい国境措置が行なわれている。その結果、近年の円高とも相まって、大きな内外価格差が生じている。
      農産物の価格支持制度等は、わが国の食料品価格を国際的に割高にするのに加え、わが国食品工業の経営圧迫要因となり、企業の体力低下や海外移転といった「空洞化」をもたらす。この影響は食品工業に止まらず、食品工業を重要なユーザーとしている国内農業の縮小にもつながる。
      また、価格支持制度の仕組みが複雑で、国民一般に極めてわかりにくく、特に、国内農業維持のための負担が国民経済的にどの程度になっているのかが把握しにくいという問題がある。
      さらに、一般に価格支持制度等による農業保護政策は、政策対象農家を限定することができず、高齢農家や小規模な兼業農家まで、広く所得補償機能のメリットを与えるという面があり、規模拡大を図る中核的農家等への施策の重点化が図りにくい。

    3. 価格支持制度等に係る情報開示と国民理解の促進
    4. 農産物の価格支持制度等が国民一般に十分周知されていないことを考えると、まず政府は、各種制度の仕組みや運用状況、さらには、価格支持制度等によってもたらせるメリット並びに消費者負担分を含めた国内農業維持のコストの双方を国民の前に具体的に明らかにすることが必要である。その上で、現行の消費者負担型の価格支持制度に代わる新たな仕組みづくりについて、広く国民のコンセンサス形成に努めていくことが重要である。
      本報告書では、6品目の農産物(小麦、ビール大麦、てん菜・さとうきび、でん粉、豚肉、加工原料乳)に係る価格支持制度や国境措置等に伴う国民負担額の試算を行なった。この試算によると、内外価格差等によって消費者が負担しているコストは約3,990億円、また、価格支持制度の実施に伴う財政コストは約430億円で、合計約4,420億円にのぼることが判明した。実際にはこれらに加えて、農業生産基盤整備に対する補助金など、当該農産物の生産に対して間接的な財政支出も行なわれている。

    5. 価格支持制度等の見直しの方向
      1. 行政価格の引き下げ並びに国境措置の見直し

        ウルグアイ・ラウンド合意に基づいて、食料加工品関税がすでに引き下げられている実態に鑑み、当面、現行の価格支持制度の下で、行政価格水準を引き下げていくことが必要である。政府は、今後5年程度を視野に入れた行政価格引き下げの目標を定め、その実現に向けて、農地の流動化・集団化や効率化・省力化に資する機械の開発・導入など、生産性向上に資する諸施策を展開していくべきである。
        ちなみに政府は、1993年9月に公表した農政審報告等において、稲作以外の主要経営部門について、10年程度後の生産コスト(費用合計)の目標水準として、1990年の生産費のおおむね6〜8割程度にまで削減することを掲げている。政府は少なくとも、これらの生産コストの目標水準を達成できるよう、実効ある施策を展開すると同時に、これにより実現された生産性向上分は着実に行政価格を引き下げ、食品工業企業や消費者に還元していくべきである。
        加えて、行政価格の引き下げのみならず、国境措置についても同様に、関税率や関税相当量を自主的に引き下げるとともに、関税割当枠の拡大や関税割当に伴う国産農産物の引取義務を廃止する必要がある。

      2. 農業予算全般の見直しと直接所得補償制度の検討

        中長期的には、現行の消費者負担型の価格支持制度等を廃止し、これにかわる政策手段を検討すべきである。具体的には、国民の支持が得られる範囲で、経営規模の拡大を目指す中核的農家や、地域経済の安定や環境・景観保全等の観点から、特に農業を維持する必要性が認められる農家に対して限定的に、財政による直接的な所得補償を行なう制度に移行するなど、政策の重点化・効率化を図っていくことが必要である。
        直接所得補償制度の検討にあたっては、その財源をいかに確保するかという問題が生じる。これについては、96年度予算で 3.6兆円にものぼる農林水産関係予算全般を見直すとともに、政策目的に応じて地域限定や所得制限を行なうなど、直接所得補償制度の適用対象を限定することによって対応すべきである。


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