経団連くりっぷ No.43 (1996年11月14日)

企業行動憲章部会(部会長 小野敏夫氏)/10月14日

企業の経営環境をめぐる変化と新しい企業の行動指針


企業行動憲章部会では、11月末を目途に「企業行動憲章」の見直し作業を進めている。第5回部会では、セコムの小島正興取締役顧問より、企業広報をめぐる環境の変化、新しい企業の行動指針が求められている背景、企業危機における経営トップの役割、および新しい企業行動憲章への要望などについて説明を聞くと共に意見交換した。
以下が、小島取締役顧問の説明要旨である。

  1. 企業広報・企業と社会の関係をめぐる環境の変化
  2. 戦後の企業広報をめぐる環境、または企業と社会の関係は、大きく分けて次の3つの時期に分けられる。
    第1期は、昭和20〜40年代の経済復興期とそれに続く高度経済成長期である。この時期は、まだ企業広報という概念も存在せず、社内に広報室を設けている企業も少なかった。高度経済成長を背景に企業行動は社会的に問題にされず、企業が発信した情報をマスコミも比較的素直に受け止めて報道した。したがって、個別企業の行動に対する批判はあっても、企業社会、企業行動全般に対する社会批判は少なかった。
    第2期は、昭和48年から昭和49年にかけての大商社批判、大企業批判の起きた時期である。石油ショックやそれに続く狂乱物価を受け、この時期、一般消費者の間に個別企業、産業に対してではなく、企業社会全体に対する批判が高まった。この背景には、企業活動が社会に多大な影響をおよぼすようになったにも関わらず、企業側にはその認識が欠如していたため、社会との間に摩擦を生じたことが指摘される。
    第3期は、昭和50年代以降から現在に至る時期である。石油危機以後の産業構造調整や国際化の進展により、戦後の高度経済成長を支えてきた日本の経済社会システムは大きく変化し、それに伴い、企業と社会の関係も大きく変化した。例えば、重工長大産業から、組立て加工産業、さらに情報産業へと産業の中心が移行するなか、以前のような企業城下町は少なくなり、地域社会と企業の結びつきは弱まりつつある。

  3. 新しい企業行動の指針が求められる理由
  4. 現在、経団連による新しい企業行動の指針が求められる理由として、以下の諸変化が指摘される。
    まず、企業不祥事に関する報道には以前のような聖域がなくなり、企業情報が一般社会に開示される度合いが以前に比べて高まったことがある。かつては金融機関やマスコミの不祥事が報道されることはほとんどなかったが、最近では、新聞やテレビの不祥事も報道されるようになっている。
    企業情報が広く社会に伝えらえるようになったことと関連して、報道側の姿勢の変化も指摘される。例えば米国では、近年の新聞、雑誌の広告収入や読者数の減少により報道機関の経営が悪化し、報道機関がより売れる記事を求めて、スキャンダラスな報道を行なう傾向が強まっている。これと同様の傾向が日本でも見られ始めている。
    第2に、商法改正後の株主代表訴訟の増加による影響がある。株主代表訴訟における損害賠償責任は企業ではなく取締役個人に帰せられるため、訴訟が起きた際、これまでのように会社の責任を取締役個人が負うようなことはしににくなる。
    第3に、国際化に伴う社内のコミュニケーションの複雑化がある。企業の海外進出に伴い、海外子会社などでは日本語を理解しない社員が増えている。言葉の障壁のある従業員に、いかに経営トップの意思や会社の方針を伝えるかが課題となっている。
    以上のような変化によって企業経営の方針や意思を正しく企業の内外に伝達することはこれまで以上に難しくなっている。そのため企業行動の指針は、従来のような抽象的な「社訓」や理念ではなく、特定の状況において社員が実際にどのような行動をとれば良いかを示したより具体的なものでなければならなくなっている。そういったものでないと、社員にも伝わらないし、一般社会からも理解されない。

  5. 新しい企業行動憲章に対する要望
  6. 新しい企業行動憲章では、以下の点を検討してほしい。
    まず、企業は誰に対して責任を持つかを明確にしてほしい。例えば、ジョンソン&ジョンソン社の場合、同社の企業理念「わが信条」の中で、同社が、第1に消費者、第2に社員、第3に地域社会の順で、責任を果たすことを明らかにしている。そしてタイレノール事件(同社子会社が製造している鎮痛剤タイレノールに青酸カリが混入した事件)の際には、この信条に従って、まず消費者への責任を果たすため、莫大な回収コストにも関わらず、全商品の回収を実施した。
    第2に、「企業行動が反社会的行為に結びつかないよう自戒する」と求める場合、経団連として具体的に何をするのかを明らかにする必要がある。1社による反社会的行為があった場合、それを経団連はどう取り扱うのかを検討してほしい。また何が反社会的行為にあたるのかについては、日頃から一般社会との間で意見交換を重ね、共通の理解を得ておくことが重要である。
    第3に、危機における経営トップの責任について従来より明確にしてほしい。危機が発生した際には、トップは自ら現場に赴き、自分の言葉でマスコミや関係者に状況を説明するなど、リーダーシップをとって問題の解決にあたることが求められる。また、日頃から経営トップに対して率直に意見が言えるような雰囲気を社内に作っておくことも、企業不祥事を未然に防ぐ上で重要である。


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