経団連くりっぷ No.46 (1996年12月26日)

アメリカ委員会(委員長 槙原 稔氏)/12月9日

水平線の向こうに黒雲が見える
−「合意」という名の幻想に立つ日米関係


米国国際貿易委員会(ITC)委員長を務めるなど、クリントン政権の通商面での政策決定に重要な役割を果たしてきたポーラ・スターン米国通商政策・交渉諮問委員会委員より、今後の米国の通商政策について説明を聞くとともに、懇談した。
以下はその説明要旨である。

過去4年間のクリントン政権の経済政策の目的は、米経済を健全化・拡大させることであり、その実現に向けて米国は、輸出振興と新興市場であるアジアや中南米との関係強化に努めてきた。第2期政権では、一層の輸出振興を図るとともに、諸外国にさらに市場アクセスの改善を求めていくものと思われる。

  1. 日米通商関係の現状
  2. 過去1年間、両国の関係は大いに好転し、友好ムードが高まった。米国政府は、国内での保護主義の台頭やNAFTAやGATTを通ずる自由貿易政策に対する過敏な反応を封じ込めるために、日本と貿易問題でこじれることを避けてきた。幸い95年、日米の経済関係は米国にとって好ましい展開を見せた。日本の貿易黒字は5年ぶりに縮小した。米国の対日輸出は93年以来34%増加し、95年には20%増の640億ドルに達した。さらに対日輸出が対米輸出の5倍の速さで増大している。

    このように最近の日米関係は小康状態にあるが、私はこれを両国間に合意があるという「幻想」にすぎないと見ている。確かに定量的に個別分野の合意事項は増えているが、こうした合意が日米関係の根本的な改善につながっているのかどうか疑問である。かえって合意の数々が高度の不一致を生むことがある。日米交渉の場で使われる「agreement(合意)」という言葉には、本来含まれているはずの「resolution(解決)」という意味はない。この幻想は危険である。両国民はもはや問題はないと安心し、政府は合意内容のフォローに終始して、根源的な問題の解決には踏み込んでいかない。日米関係の信頼が揺らぐ元凶となり得る。

    事実、水平線上には危機の黒雲が湧き起こっている。96年の最初の8カ月間で、米国の対日貿易額は304億ドルに達したが(前年同期は426億ドル)、96年10月、日本は2国間の商品貿易で31.3%増の31億ドルの黒字となった(20カ月ぶりの増加)。この輸入増は保護貿易主義者を容易に刺激し、日米間の緊張を破る可能性がある。自動車部品の輸入増が大きな要因となって、10月の対日輸入は16.9%増加した(対日輸出は11.2%減)。日本の対世界貿易黒字が23カ月連続で減少しているのと対照的に、対米黒字は増加している。米国のマスコミ、製造業、シンクタンクの間に、日本の対米貿易黒字が再び増大することを警戒する声が高まっている。また、ドルが円以外の通貨に対しては高くないこともあり、日本政府が通貨市場に介入し、人為的に為替レートを操作しているという批判が出始めている。さらには、日本は国内の景気停滞を対米輸出拡大で解決しようとしているのではないかという懸念すら生まれてきている。

  3. 第2次クリントン政権
  4. 先日、米政府の安保関係の人事が発表された。近く経済関係の担当も決まるが、誰になっても、ポストが移るだけで、顔ぶれが新しくなるわけではない。

    新体制が発足しても、従来通り日米関係の最重要テーマは安全保障である。その上で、より緊密な経済関係をいかに築くかが課題である。過去20年間、慢性的な通商摩擦が両国関係の特徴と言われてきた。この状況を改善するために、日米双方に改善すべき点、取り組むべき課題がある。

    米国は、従来の結果重視の交渉スタイルを変えねばならない。このアプローチは米国民の支持を得る上では有効な政策であるが、(1)冷戦の終焉、(2)中国の台頭、(3)日本経済の低迷というファクターを考慮に入れ、21世紀に向けた長期的な日米関係を築くためには、再考を要する。

  5. 日本がやるべきこと
  6. 一方日本は、大規模な規制緩和と抜本的な経済構造改革を断行し、外国企業が参入しやすい市場づくりを目指す必要がある。日本経済は、4年前から現在に至るまで低調である。こうした本格的な諸改革で、経済を再活性化できるにもかかわらず、今もって大きな動きがない。

    こうした中で円安が続くと、低調な日本経済がさらに悪化する恐れがある。米政府は、円安により、日本企業が相対的に競争力を回復し、日本の対米貿易黒字が再び膨らみ始めていることとあいまって、これが日本政府の規制緩和、経済構造改革、行政改革を鈍化させ、両国の経済関係に悪い影響が出るのではないかと危惧している。

    日本経済を再活性化させる最良の方法は規制緩和、経済構造改革であり、これは長期的に日米間の経済的な緊張関係を解決する道でもある。

    日本は緩やかな景気回復の過程にあるが、輸出の促進を通じて、本格的な景気回復を図ろうとする傾向があるとすると、危険である。日本は長期的な課題を2つ抱えている。1つは貯蓄率の低下、もう1つは労働力供給の低減であるが、規制緩和と政治改革がこれらを解決する最良の手段である。日本では、規制で護られた産業分野はGDPの40%に相当する(米国は6.6%)。これらは最も非効率的で競争力のない産業分野であり、日本の輸出志向型産業が世界で最も効率的であるのと好対照である。この日本経済の二重構造が国内の消費者物価指数を引き上げている。政府による規制緩和と企業のリストラこそが、日本経済に活気を取り戻す道である。

    日本政府には、ぜひとも橋本総理が公約した本格的な改革を実施していただきたい。日米両政府間の協調も重要であるが、従来の「外圧」に加えて、国内からの「内圧」も必要不可欠である。日本の経済界からも後押しを期待している。


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