経団連くりっぷ No.49 (1997年 2月13日)

アジア・大洋州地域委員会(委員長 末松謙一氏)/1月21日

APECフィリピン会議の意義と今後のAPECのあり方


アジア・大洋州地域委員会では本年、二国間の経済交流拡大に向けた活動とともに、APECやASEMなどの地域間経済交流の枠組みのあり方について、民間経済界の立場から広く検討することを予定している。そこでその一環として、長年APECに関係してきた一橋大学経済学部の山澤逸平教授から、APECのフィリピン会議の意義と今後のAPECのあり方について聞いた。以下はその概要である。

  1. 自由化・円滑化計画
  2. フィリピン会議に提出された各メンバーの個別行動計画(IAP)は、議長国フィリピンの要請に基づき、15分野それぞれについて短期、中期、長期措置の3段階に分けた15×3のマトリックス形式で作成された。短期的措置については、明確な時間表付きで具体的な措置を約束しているものが多かったが、問題は各国・地域が提示した短期措置が、ボゴール目標を達成するのに十分なスタート・ダッシュとなっているかである。
    関税引き下げを単純平均関税率で見てみると図のように表すことができる。この図は日米と中国、インドネシア、フィリピンを念頭に置いて、関税引き下げ経路をウルグアイ・ラウンド引き下げおよびボゴール目標と対比して描いた概念図である。ここでは先進国と途上国が異なったスタートからボゴール目標を目指すAPECの自由化過程に、具体的イメージを与えようと試みている。先進国の多くはウルグアイ・ラウンドで合意した税率をほとんどそのまま持ち出しており、このままでは2010年までの自由化は危うい。一方、インドネシア、フィリピン、中国、チリなどの発展途上国は、大幅な切り下げを約束しており、2020年までの自由化(関税率0%)も十分可能である。
    関税の引き下げについては、平均関税率の引き下げだけではなく、高関税自体を引き下げることが重要である。この点、フィリピンが単一税率性(一律5%)に移行すると約束していることは評価できる。
    行動計画全体については、第一歩としてまあまあの評価ができるが、強化努力を続ける余地は十分に残っている。改善に向けた中立的なエコノミストによる独立分析が望まれる。

    ボゴール目標に向けての関税引き下げ(概念図)

  3. 円滑化措置
  4. 通関手続きの簡素化などビジネス・コストの削減を目的とした円滑化措置が、共同行動計画(CAP)でも推進されている。私自身は自由化・円滑化計画よりも、円滑化措置の方に実効性のある政策措置(「ナゲット」(天然の金塊))が多く盛り込まれていると思っている。
    なぜなら、ルールや制度の共通化などの円滑化措置では、APEC自体が重要な触媒役を果たすことができ、またピア・プレッシャーが効きやすいからである。

  5. APEC自由化とWTO自由化
  6. 「APEC自由化」は、「ボゴール政治公約」から「WTOでの譲許税率引き下げ」への中間項と位置付けることができる。
    譲許税率(協定税率)がどうであれ、関税が実質的に引き下げられればそれでよいではないかというアジアと、協定税率を引き下げない限り、関税率がいつでも元に戻される可能性があり、それでは制度の信頼性に担保されないと主張する米国・豪州では、APEC自由化に対する評価が分かれている。
    どちらにしても、APEC自由化とWTO自由化は同時に推進されなければならない。APEC自由化をWTO自由化に結びつけることは、WTOの多角的ルールと整合的に地域協力を進めることを意味し、APECの自発的自由化の強制力を強めることになるのである。

  7. 経済・技術協力
  8. APECでは、320ものプロジェクトが現在実施されている。しかし、提唱国のペット・プロジェクトの性格が強い上に、軽度の無償技術協力並みの規模(1プロジェクト当たり2〜5万ドル平均の予算)のため、プロジェクト数の割に目立った成果が見られないと批判されている。
    やはり、「経済・技術協力のための枠組宣言」が打ち出した方向、すなわち任意参加、相互尊重、市場メカニズムとの整合性を目指すべきである。

  9. 民間参加
  10. APECプロセスへの民間参加については、特定の分野の利益を代表するのではなく、アジア太平洋地域全体の自由化推進という立場が重要である。日本の経済団体は国内の規制緩和では積極的に発言しているが、アジア太平洋地域全体の規制緩和についても大いに発言してもらいたい。また、APECそのものに関する知識のビジネス界への普及にも、民間自らが積極的に取り組む必要があると思う。

  11. 新規参加問題
  12. 新規参加問題については、マニラ行動計画の深化プロセスが阻害される恐れがあるため、APECメンバーを大幅に増やすことにはあまり賛成しない。むしろ、ワーキングプロジェクトへのノンメンバーの参加など、APEC発展の恩恵をノンメンバーにも適応するような策が好ましい。

  13. APECは進化過程
  14. APECとは、加盟国の合意を探りながら徐々に組織化をしていく進化のプロセスそのものである。APECを忍耐強く改善・強化していくことで、21世紀のアジア太平洋経済秩序が構築されていくと考えるべきだろう。


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