経団連くりっぷ No.52 (1997年 3月27日)

第547回常任理事会/3月4日

「日本版ビッグバンと今後のわが国金融システム」について池尾和人・慶応義塾大学教授講演


第547回常任理事会では、池尾和人・慶応義塾大学教授から、「日本版ビッグバンと今後のわが国金融システム」について話を伺うとともに懇談した。

  1. 講演概要
    1. わが国金融業の困難解決と金融システム改革は別問題
    2. 橋本首相の六大改革の一つにいわゆる「日本版ビッグバン」(金融システム改革)が取り上げられた。しかし、課題の深みに対する認識は不十分であり、改革の実現に危うさを感じざるをえない。
      金融業の困難の解決と金融システム改革は重なる部分は多いが本来別の問題であり、対立する可能性も少なくない。
      英国のビッグバンには二通りの評価がある。英国内の雇用・所得の増大に貢献する一方、英国の証券会社はいずれも外資系企業に買収された。
      ビッグバンを行なう上で、このどちらを選択するかが迫られる。これは国内概念であるGDPと国民概念であるGNPの差に喩えることが出来るが、金融システム改革においても、「国内」で考えるのか「国民」で考えるのかにより違いがあることに留意する必要がある。

    3. わが国金融業の困難
    4. 一般に不良債権・破綻処理問題の未完了が最大の問題とされるが、これらは現象的なものに過ぎない。本質的な問題は、わが国の金融業が80年代以降の国際的な金融変革に乗り遅れ、国際競争力を失ったことである。その大きな原因は旧来の体制を維持し、金融自由化を遅らせてきたことにある。
      1984年の日米円ドル委員会の結論に基づき、金融自由化を駆け足で進めていれば良かったが、結果として自由化を果たせなかった。そのツケとして現状がある。
      現在、少なくともホールセール分野では、市場メカニズムを手放しで受け入れるアングロアメリカ型のやり方がデファクトスタンダードである。欧州大陸の金融機関は従来から市場メカニズムに警戒感を持っていた。しかし、米国の金融機関は必死のリストラにより競争力を強化しており、アングロアメリカ型に追随して同様のリストラをしない限り、国際金融市場で主要な役割を果たすことは出来ないという認識に変わっている。そこで、英国の証券会社を買収し、買収先のカルチャーを本体に持ち込んで競争力を強化しようとしている。日本の金融機関も、競争力を確保するためには、自己努力でリストラをやるしかない。

    5. 金融システム改革の必要性
    6. 金融業の困難は自己努力により解決されるべき問題であるのに対し、金融システム改革は利用者の立場から行なわれるべき問題である。第1に、現状では家計に対して貧困な資産運用サービスしか提供されていない。家計部門の金融資産は1,200兆円と言われるが、政府債務等を考えれば、実質的には半分位に過ぎず、不効率な資産運用は許容出来ない。
      第2に、日本経済の産業構造転換が金融面から制約を受けている。もちろん、各金融機関は新規事業創出等に注力しているが、個別金融機関レベルを超えたシステムの問題がある。すなわち、銀行は預金等を安全に運用する必要があり、ベンチャービジネスへの投資には無理がある。ベンチャービジネスのファイナンスは資本市場を通じて行なわれるべきであり、こうしたシステムの整備が必要である。
      第3に、国内金融サービス業は今後の重要産業として雇用・所得を創出しなければならない。製造業の海外進出は必然の流れであり、製造業だけに雇用創出を期待することは出来ない。金融サービス業は製造業と並んで日本経済を支えていく必要がある。
      このように改革の必要性は明白であるが、昨年半ばまでは改革の動きは明確ではなかった。この流れを変えたのが、田中秀征・前経済企画庁長官の指導力に基づく重点6分野の改革提言であり、このうち金融部門の取りまとめを私が担当した。さらに、橋本首相が、総理の指示としては異例の文書による指示を出したことで改革の動きが一挙に加速した。この背景には、1999年の欧州通貨統合がある。ドルと統一通貨ユーロの間にあって円の地位を確保するためには、とりわけ外為法の抜本的改正が不可欠である。その際、国内の金融制度に手を付けなければ金融の空洞化が起きかねない。
      現在、6月を目指して各審議会が作業中であり、改革の実現を期待したい。懸念されるのは、日本版ビッグバンが英国のそれに比べて、対象範囲は広いが、理念的な深みと覚悟においてどうかという点である。
      マーケットの発展とプレイヤーの生存の選択を迫られる局面において危うい部分が依然残っていると指摘せざるを得ない。

  2. 懇 談
  3. 経団連側:
    1. 金融機関の自己努力は不可欠だが、他方、バブル崩壊に伴う不良債権の償却により自己資本比率の低下が不可避である。
    2. 短期的には、リストラ・再編成により金融部門は雇用にマイナスの影響を与える。雇用創出は中長期的な課題と解したい。
    3. 英国の金融当局関係者は、ビッグバンにより市場が活性化する一方、英国のマーチャントバンクは外資に買収されたが、それで良いと断言している。開催地は繁栄しても優勝するのは他国人であるテニスのウィンブルドンの様なものだ。われわれの改革も同様に、システムの改革は市場の活性化を目標とし、個別金融機関はその中で自己努力を行なっていく必要がある。
    池尾教授:
    ウィンブルドンの指摘はまさに私が主張したかった点である。資本不足問題については、
    1. 縮小したキャピタルベースに合せて銀行部門の資産を圧縮する、
    2. 縮小分を回復させるために外部から資本を注入する
    という二つの選択肢がある。結論としては双方が必要とされるが、キャピタルベースの再確立が競争力強化の前提であろう。雇用面の問題については、経済構造改革一般に当てはまる指摘である。規制緩和にはJカーブ効果(いったん雇用が減少した後に拡大)がある。金融機関が本当に改革に取り組めば雇用は回復しよう。米国でも同様であった。


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