経団連くりっぷ No.54 (1997年 4月24日)

アメリカ委員会(委員長 槙原 稔氏)/4月4日

21世紀に求められるリーダーシップとは


ハーバード・ビジネス・スクール学部長のキム・B・クラーク教授を迎え、グローバル経済の変化と、これに対応していくために求められるリーダーシップについて、説明を聞くとともに懇談した。

  1. クラーク学部長発言要旨
  2. まずコンピューター業界に関する私の最近の研究の成果についてご紹介したい。コンピューターのような複雑な製品を生産する場合、モジュラリティーの概念を取り入れることにより生産性が飛躍的に増大し、イノベーションも加速する。全体のシステムを再設計しなくとも、個々のモジュールで改善を図り、新技術を取り入れることができるからである。またこの概念の導入により、多くの企業がモジュールの設計を行ない、最終的に1つの製品に組み立てる方法が可能となる。これにより新たな企業が業界に参入できるようになり、業界の構造自体が変化する。

    コンピューター業界の歴史を見ると、1960年には15社程しかこの業界には存在せず、その中でIBMが業界をコントロールしていた。その後IBMは、60年代半ばに「システム360」という、初のモジュール型コンピューターを導入した。これによりIBMの価値は飛躍的に増したが、同時に新たな分野の企業が市場に参入するようになった。するとIBMの競合相手が多数できてしまい、次第にIBMの価値が他の企業にも移っていく結果となった。1995年の段階では何千もの企業がこの業界に参入し、業界内での価値が分散されている。現在、他の企業と比べてより大きな力を持っている企業の代表例はマイクロ・ソフトである。それは基本的なOSをコントロールしているからである。これに対抗する動きとして、サン・マイクロシステムズは「Java」という新しいソフトウェア言語を生み出した。このようにモジュラリティーの導入は、コンピューター業界の競合関係を大幅に変えた。またマイクロ・ソフトが多数のソフトウェア・ディベロッパーとの間にネットワークを築いているように、企業のネットワーク化が進んでいる。

    こうした中、コンピューター業界では、ある特定の形のリーダーシップ、すなわち高度な技能を持ち、厳しい競争かつダイナミックな環境の中で効率的に機会を捉え、新たな能力を開発し、企業を変えていくリーダーシップが重視されている。私は、今後世界経済はコンピューター業界のようになっていくだろうと考えている。今までとは違った「企業家型リーダーシップ」が必要となる。これは現在管理されている資源を超えた機会を追求する、機会志向型のリーダーシップである。競争するための資源は決してすべて社内にある訳ではなく、社外にでていかに早くこれを導入し、活用するかが重要である。また企業家型リーダーシップの原則を適用することは、新たな企業をおこす場合のみならず、すでに存在している企業のリストラクチャリング、リエンジニアリングを行なう場合にも重要な意味を持っている。

    ハーバード・ビジネス・スクールでは、企業家型リーダシップに富んだ人材を育てること、情報技術に精通したリーダーを育てること、ビジネスのグローバル化を十分に認識すること、および生涯教育の重要性を念頭において研究、教育を行なっている。

    グローバル経済では大きな変化が起きており、業界の構造が変わり、厳しい競争が行なわれている。こうした中、機会を捉えて迅速に行動し、新たな価値を見出す、企業家精神に富んだリーダーシップが求められている。今後これを備えたリーダーは貴重な存在となるであろう。ハーバード・ビジネス・スクールでは、このようなリーダーシップを教育していきたいと考えている。

  3. 質疑応答
  4. 経団連側:
    米国企業においてリストラクチャリング、リエンジニアリングを行なっていくにあたり、問題はあったか。またどういう形で行なわれたのか。
    クラーク学部長:
    多くの企業で、リエンジニアリングの概念が解雇のための口実となった。私が申し上げたいのはこれとは違う概念で、企業の本質を作り直し、成長・機会追求型の企業にするという意味である。成功裏にこれを実行してきた企業では、経営者にしっかりとしたリーダーシップがあり、ビジョンがあった。また顧客との強いつながりがあった。これが新しい変化を生み出す要因であった。

    経団連側:
    昨今シリコンバレーでは、例えばビル・ゲイツ氏のような大学を中退して事業を始めた人が成功を収めている。こうした状況をどう受け止めているか。
    クラーク学部長:
    スクールの卒業生の約40%は企業家になっている。まさにわれわれが育成しようとした人材となっており、そうした意味では自信を持っている。

    経団連側:
    モジュラリティーの概念は、その分野における独占的な企業にとっては必ずしも有利な概念ではない。優位な企業はモジュールに分解することなく、また分解したとしても基本的なアーキテクチャーは自分のところに置いておき、それによって業界をコントロールしながらサブ・システムの部分を他の企業に任せるという戦略を取るのではないか。
    クラーク学部長:
    モジュラリティーを好むか好まないかは、企業が置かれた立場によって変わる。すべての資源をコントロールすることは難しいが、もしこれが可能ならば収益につながる。これからも重要なアーキテクチャーはなんとか社内でやっていこうとするだろう。一方でそのアーキテクチャーが強力になると、これを追い出せば大きなメリットを得ることができることになるので、新たな競合関係も生まれる。


くりっぷ No.54 目次日本語のホームページ