経団連くりっぷ No.56 (1997年 5月22日)

産業技術委員会知的財産部会(部会長 丸島儀一氏)/5月7日

これからは日本も知的創造時代
−21世紀の知的財産権を考える懇談会報告書について


特許庁長官の私的懇談会である「21世紀の知的財産権を考える懇談会」は、最近の環境変化を踏まえ、21世紀に向けて目指すべき特許政策の方向について報告書をとりまとめ、先月公表した。知的財産部会では、特許庁の広沢総務部長と岡田工業所有権総合情報館情報流通部長を招き、同報告書について説明を聞くとともに意見交換を行なった。また、日本複写権センターが検討している料金改定についても、同センター側から説明を聞いた。

広沢総務部長説明概要

  1. 知的財産権を取り巻く現状
  2. 「21世紀の知的財産権を考える懇談会」では、知的財産権に関心はあるが専門家ではない人をメンバーにした。その背景には、21世紀を前に知的財産権をより幅広い中長期的な視点から見直す必要性があった。知的財産権が日本社会に果たしている役割は、米国と比較しても、本来期待される役割に比べ弱いと思われる。21世紀に向けて新しい動きが起こっている中で、知的財産権の制度を積極的に変えていくべきである。
    今後、情報化とグローバル化の二つの大きなうねりが、知的財産権を取り巻く環境を規定していく。21世紀は知的創造の時代であり、科学技術が重要となるが、そのためにも知的財産権を媒介にして知的創造サイクルを作っていく必要がある。つまり、研究開発の成果である技術に適切な権利設定を行ない、それを使って次の研究開発を行なっていくというサイクルである。
    米国では、80年代からプロパテント(特許重視)政策をとり、知的財産権の位置づけを明確にしてきた。キャッチアップ型技術開発の成果保護を基本としてきた日本とは大きな違いである。日本は世界一の特許出願大国であり、この10年間で米国の4倍に当たる約440万件の出願が出されている。一方、技術貿易を見ると、日本は約4兆円の赤字であるのに対し、米国は約16兆円の黒字であり、この点が問題である。米国企業は、海外における特許出願を積極的に行なっており、特許で海外市場を押さえる動きが顕著に出ている。

  3. 今後の知的財産権のあり方
  4. 知的財産権への認識を高めるためには、意識革命が必要である。知的財産権は産業や文化の振興などのために認められた権利で、情報化やグローバル化により、その仕組みは変わっていく。産業界、大学・研究所、行政とも知的財産権への認識を高め、活用していく体制を整えるべきである。以上の総論を踏まえ、懇談会では以下の8項目からなる提言を取りまとめた。

    1. 広い保護
      情報化や先端技術分野の広がりに応じ、知的財産権の対象分野も、バイオ・テクノロジー、電子エレクトロニクス、コンピューター・ソフトウエア等の分野に拡大されてきた。今後高度情報社会の進展に伴い、何をどう保護していくか整理を行なう必要がある。
      また、従来の特許は製造業が中心であったが、今後は電子マネー特許のように、金融・流通等のサービス業にも広がってくる。
      従来、日本ではキャッチアップ型の改良発明を大量出願する傾向があったが、今後は基本発明を重視した量から質への転換が重要となる。

    2. 強い保護
      特許権の侵害が起きた時の損害賠償額は、知的財産権の権利の重みを担保する指標である。米国における特許侵害の賠償額の平均は一件あたり100億円であるが、日本では4,600万円である。また、損害賠償額の内訳の多くが実施料相当額となっているため、特許を侵害した後に賠償金を払っても同じという状況がある。
      このような状況を改善するためには、低すぎる損害賠償額の引き上げが必要である。これについては工業所有権審議会で検討を進めることになった。

    3. 大学・研究所の知的財産権振興
      大学・研究所の知的財産権に対する関心は低く、日本の大学の特許出願は米国の十数分の一に過ぎない。国立研究機関の特許取得による収入は、投入された研究費の0.1%にも満たない。
      したがって、今後は研究開発成果を円滑に権利化するリエゾン機能の強化と、論文だけでなく知的財産権を研究活動の成果として評価することが必要である。また、研究者個人に対する権利の帰属や国立研究機関と民間企業との共同研究の成果の帰属についても、インセンティブを強めるような新しい制度作りに取り組む必要がある。

    4. 特許市場の創設
      現存する特許68万件のうち、商品化等により活用されている特許は3分の1に過ぎない。製品化される可能性のある休眠特許を活用し、中小企業やベンチャー企業に活用していきたい。また、不動産担保ではなく、知的財産権をもとに資金を調達できる仕組みについても検討する必要がある。

    5. 電子パテントの実現
      特許庁では欧米に先駆けてペーパーレス計画を実現してきたが、マルチメディア技術を活用し、さらに進んだ電子パテントの仕組みを考えていきたい。出願の双方向オンライン化、インターネットを通じた特許情報等の提供、各国特許庁間のネットワーク化を推進し、電子特許庁の完成を目指したい。

    6. 発展途上国協力の推進
      日本企業の活動がアジア地域を中心に活発化する中、模倣問題等が生じている。特許庁としても、アジアにおける知的財産権を保護する体制の整備に協力していきたい。

    7. 世界共通特許への道
      現在の知的財産権制度は、各国毎の権利設定を基本としているが、ボーダレス化の動きに伴い、国境を意識しないで済むような仕組みが求められている。サーチ結果の相互認証や特許の相互認証というプロセスを踏みながら、世界共通特許への道を追求すべきである。そのためにも、わが国においては、現在2年もかかっている審査期間を半減したい。

    8. 知的財産権政策の国家的取り組み
      米国ではヤング・レポートを契機に、プロパテント政策が明確な方針として打ち出された。わが国も、知的財産権について基本的な方針を策定すべきである。


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