経団連くりっぷ No.57 (1997年 6月12日)

経団連第59回定時総会
橋本首相

来賓挨拶

6大改革で未来への責任を果たす

内閣総理大臣 橋本龍太郎

昨年来、6大改革の実現に向けて、全力をあげて取り組んできた。世界が一体化し、ヒト、モノ、資金、情報が自由に移動する時代にあって、世界の潮流を先取りできるようなシステムを1日も早く作り上げなければならない。さもないと、戦後わが国の発展を支えてきた従来のシステムが逆に、今後の活力ある発展を妨げてしまう。
そして、これらの改革の実現によって国民1人ひとりが、それぞれの将来に夢や目標を抱き、創造性あふれるチャレンジ精神を発揮できるような社会、世界の人々と分かち合える価値を創りあげることができる社会を形成していきたいと考えている。
しかし、改革は、私や政府がただ旗を振れば実現するものではない。経済界や国民全体の幅広い理解と厳しい問題意識があってはじめて実現できると考えている。

6大改革のうち、経済界に最も関係の深いのは、経済構造改革であろう。昨年12月に「経済構造の変革と創造のためのプログラム」を閣議決定した。今般さらに、その内容を具体化したところである。例えば、新規産業の創出に関連して、今年度税制改正においてエンゼル税制を創設した。また、ストック・オプション制度を一般的に導入する商法改正法案を議員立法で成立させた。このような成果を着々と積み重ねながら、将来への具体的な改革のメニューを明らかにしつつある。

今重要なことは、改革のメニューをいかに的確かつ迅速に実現していくかということである。改革は名実ともに実行の段階に入った。経済構造改革は、わが国の事業環境としての魅力を高めるものではあっても、決してぬるま湯のような環境を作りだそうとしているものではない。規制緩和や制度改革によって実現を目指す柔軟で効率的な事業環境とは、裏を返せば、自己責任の徹底した、ある意味では現在よりも遥かに厳しい事業環境を意味する。この環境の下では、適正な経営判断がなされれば、今まで以上のリターンを期待できるが、逆に判断を誤り、良いパフォーマンスをあげられなければ、その企業は淘汰されていかざるを得ない。

これまでの護送船団方式のようにみんなが横並びで手を繋いで進んでいける環境ではない。特に重要な生産要素である資本は労働力などとは異なり、より高い収益率を求めて極めて速いスピードで国境を越える。資本による厳しい選別の時代が始まったといえる。

金融システム改革は経済の基礎をなすものであり、極めて重要な課題である。現在ヨーロッパでは、通貨統合という壮大な試みが行なわれている最中であり、米国においては次々と新しい金融技術が開発されている。このように世界の金融システムが極めてダイナミックな変化を続けているなかで、われわれは通貨としての円の価値と地位をどのようにして維持拡大していくかを真剣に考えていかねばならない。そのためには、円という通貨が運用され調達される場としての金融市場の充実が不可欠である。その意味からも、1,200兆円にものぼるわが国の個人貯蓄を、十二分に活用していくことが必要である。

21世紀までにわが国の金融市場が、ニューヨークやロンドンとならぶ国際的な金融市場として復権再生することを目標として、フリー、フェア、グローバルの3つの原則を掲げて金融システムを改革していきたい。その改革の一環として、先般外為法の改正を行なったところである。

経済構造改革、金融システム改革によって実現しつつある環境が、今まで以上に経営者のビジョンや手腕によって企業の命運が左右される状況をもたらすことは否定できない。そのために、経営者の方々がより痛みの伴う経営選択を迫られることもあるかもしれない。それほど切羽詰まった気持ちで経済構造改革、金融システム改革というものを、受け止めて行動していただきたい。

3月には、財政構造改革5原則に合わせて歳出の改革と縮減の具体的方策を議論するにあたり、基本的考え方を世の中に示した。これを受けて、財政構造改革会議が具体的な議論を行なっている。政治の強い判断力とリーダーシップの下に結論を得ていきたい。

これまで聖域を設けることなく、各項目の歳出削減については、見直しを図ってきた。それは一律削減という横並び的で安易な手段によって、実現するものではない。むしろ、無駄のあるところは思い切って削減することにより、メリハリをつけていくことが重要である。横並び主義がとれない理由の一つはわが国は高齢化社会を迎え、新たに年金の受給権が毎年約100万人に発生する状況がこれからしばらく続き、関連する社会保障費は、医療費等を加えると8,000億円くらいの自然増となる。この点について、経済界に与える影響は一律ではない。今までぬるま湯に浸かっていた業界があるとすれば、その業界は大きな痛みを生じるかもしれない。その痛みを乗り越えなければ、われわれはこの国のシステムを変えていくことはできないし、将来は決して明るくはない。

また、財政構造改革との関係で、日本が外需依存の経済に再び戻るのではないかという懸念もある。先般米国を訪問した際にも、政府首脳から同様の懸念が表明された。この問題については受取利子等があるので経常収支ではなく、貿易・サービス収支の黒字を議論の対象にすべきである。これについては、経済の構造的変化によって、極度に縮小してきており、今後、一時的な変動があるにせよ、中期的にみて大幅に拡大するとは思えない。いずれにしろわが国は内需主導型の経済成長を実現していく必要があり、そのためにも経済構造改革を断行し、民間の活力を一層発揮していくようにする必要がある。

わが国の21世紀を真に豊かなものにしていくためには、これらの一連の改革を避けて通ることはできない。われわれの子孫が安心できる暮らしを実現するためにも、今、私たちの世代が決断し、実行していかなければならない。未来の世代に対する責任を果たすために、全力で一連の改革に取り組んでいきたいと考えている。


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