経団連くりっぷ No.57 (1997年 6月12日)

日本ミャンマー経済委員会(委員長 鳥海 巖氏)/5月8日

ミャンマーにおける市場経済化と軍事政権の課題


ミャンマーでは、4月にヤンゴンで爆弾テロ事件が発生し、アメリカ政府が人権問題を理由に経済制裁の措置を発表するなど、必ずしも国の状況は良好ではなく、今後の動きが大いに注目される。そこで、日本ミャンマー経済委員会では、東京大学東洋文化研究所の高橋昭雄助教授から、最近のミャンマーの政治・経済情勢について聞いた。

  1. 高橋助教授説明要旨
    1. ビルマ式社会主義
    2. 植民地時代、ビルマ族は最下層に位置していたが、独立後は国家建設を担うようになり、その支柱がビルマ式社会主義であった。1962年から88年までのビルマ式社会主義は、中央集権的計画経済体制であり、他の社会主義と共通点はあるが、反共産主義を掲げ、精神が物質に優越すると考える点で、特異性を有していた。
      ビルマ式社会主義は、チーク材とコメを中心とする輸出と、軍の正当性に支えられ、長期にわたって継続した。しかし73〜74年頃には、それまでの蓄積が枯渇し、危機的状況に陥り、政治的には民生移管と党内の粛正、また経済的には外国からの援助によって急場をしのいだ。
      その後、灌漑の整備を劣ったなどの理由によりコメの生産量が低下し、農村の治安が悪化した。その対応策として農産物取引が自由化されたが、都市部でインフレが激化し、それがビルマ式社会主義の終焉、つまり88年の民主化闘争の引き金となった。

    3. クーデター後の政治情勢
    4. 1988年のクーデターによって登場したSLORC(国家治安秩序再建評議会)は、選挙後の民政移管と経済の自由化を公約し、正当性を確保した。1990年の選挙ではNLD(国民民主連盟)が大勝したが、実際には政権譲渡は行なわれず、現在に至っている。
      現在のSLORCにとっては、1つの対抗勢力であるアウン・サン・スー・チーに加え、3つの不安定要素が存在している。第1は、少数民族である。政府は軍の力と経済開発によって、15の反政府武装組織と停戦協定を結んだ。経済的インセンティブが失われた時、停戦状態が不安定になる恐れは十分にある。
      第2は僧侶である。1990年10月、僧侶による軍人家族からの寄進の受け取り拒否や葬儀への不参加運動が発生した。この僧侶の反乱は、軍による僧院の攻撃と僧侶の逮捕によって鎮静化した。最近では仏教徒とイスラム教徒の対立が、マンダレーやタウンジーで発生しており、未だ制圧には至っていない。
      第3は、民主化運動の最大の担い手である学生である。彼らはしばしば反SLORC集会やデモを繰り返し、弾圧されても再度立ち上がることから、政府にとっては非常に恐るべき存在である。

    5. SLORCが目指す「開発体制」
    6. 1993年1月からSLORCは、政党、農民、労働者、商人、少数民族などの代表者と、断続的に憲法制定に関する国民会議を開いている。このようなプロセスの果てに現政権が目指しているのは「開発体制」だと思う。「開発体制」とは、批判勢力には経済的、社会的恩恵を与えず弾圧する権威主義のことであり、制限された多元主義と言える。インドネシアのスハルト政権やマレーシアのマハティール政権が、その典型である。SLORCはこれらの政権を模範としており、5月29日に行なわれるインドネシアの総選挙にも大変注目していると思う。
      この体制を補完するために、SLORCは資本主義的経済活動に軍自らが参加するミリタリー・クローニー・キャピタリズムを確立しつつある。軍が背後で企業活動をコントロールしたり、退役軍人が持株会社を設立する、また、軍専用に技術系や理科系の大学を建設するなどがその一例である。
      ビルマ式社会主義体制の下では息を潜めていた中国資本や、ミャンマーにいる中国人と、香港やシンガポールにいる中国人とのコネクションが最近復活している。

    7. 今後の課題と展望
    8. 二重為替レートの解消とインフラの整備が、ミャンマーの経済開発を促進する上で最大の課題である。インフラには、道路、電力、港湾などの施設だけではなく、明確な行政手続き、所有権の問題、市場へのアクセスの不平等などの制度面も含まれる。
      しかしこれらの問題は、外国や世界銀行などの国際機関の協力なしには容易に解決されない。海外からの協力を得るには、民主化や人権の問題が大きな障害となる。このようにSLORCは、経済発展によって自らの正当性を維持しようとしているが、統治体制そのものに大きな矛盾を抱えている。言い換えれば現在の状況は、政治と経済のトレード・オフであり、現政権が民主化にソフト・ランディングできるかどうかは、このトレード・オフをいかに解決するかにかかっている。ミャンマーのASEAN加盟は、この問題の解決の一助にはなっても、決して十分な条件にはならないだろう。

  2. 質疑応答
    1. アウン・サン・スー・チーと軍との関係については、2つの可能性が考えられる。同女史が政権につき、軍がそれに協力すれば、ミャンマーは彼女が望むようなよりオープンな国になり、人権、経済ともに状況は改善されると考えられる。しかし、軍との対立関係が改善されないまま、軍に代わって彼女が政権を掌握すれば、状況は一層悪化し、社会が混乱する可能性が高くなる。

    2. 作付面積については、社会主義時代から続いている強制栽培制度により、土地の9割近くの栽培作物が、政府によって決定されている。特にコメが重視されているため、コメの作付面積が近年増加傾向にある。そのため、ピジョン豆などの輸出により適した利益性の高い作物が生産されない、また、かつては自給率100%であった食料油を他国からの輸入に頼っているなどの問題が生じている。


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