経団連くりっぷ No.57 (1997年 6月12日)

社会保障制度専門部会(専門部会長 高野盛久氏)/6月2日

年金制度改革について清家篤慶應義塾大学教授と懇談


社会保障制度専門部会では、昨年12月にまとめた意見書「透明で持続可能な年金制度の再構築を求める」をベースとして、年金制度改革のより具体的な姿を提言すべく、関係者から意見聴取を行なっている。今回は清家篤慶應義塾大学教授を招き、年金制度改革の構想について説明を受けるとともに、今後の年金制度改革のあり方について意見交換を行なった。

  1. 清家教授発言要旨
    1. 年金をめぐる現状
      1. 公的年金制度に対して国民の不安が高まっている原因として、(1)人口推計の更新により将来の保険料率が大幅に上昇する試算が出るなど給付と負担がアンバランスとなっている、(2)年金制度について情報の透明度が低いなどの点が考えられる。

      2. 現行の賦課方式の中で、高所得者や就労者への給付など不必要な給付が行なわれている。

      3. 現行の公的年金制度は高齢者の就労にディスインセンティブを与えている。現在の給付システムは引退促進的であり、人的資本のロスを生み出している。また、公的年金は強制貯蓄であるので、能力向上のための投資を抑制している。

    2. 年金制度改革の構想
    3. 現行制度の枠内で改革する方法として、支給開始年齢の引き上げ、賃金スライドの廃止など給付水準の抑制、部分年金の早急な見直しなどがある。一方、抜本的改革として、基礎年金部分と報酬比例部分の性格づけ、役割分担を明確にすることがあげられる。

    4. 基礎年金部分のあり方
    5. 基礎年金部分については、賦課方式とするものの、受給権の保護、制度の透明性の確保という観点から保険方式とすべきである。給付水準は高齢者の必要最低所得とすべきと考えるが、保険方式である以上、生活保護とは異なり、厳密な資産テストは必要なく、完全な引退を支給条件とすればよいのではないか。

    6. 報酬比例部分のあり方
    7. 報酬比例部分は、完全積立方式にすべきであり、積立額の選択を認め、支給制限は必要ないと考える。報酬比例部分の性格は必要最低所得のプラスアルファ部分を賄うことであるが、早期引退を促進するオプションを確保する必要もある。また積立方式への移行時には、過去債務の処理が大きな問題となるが、経済学的には国債の発行による処理が最も理にかなっている。

    8. 報酬比例部分も公的年金で行なう根拠
    9. 報酬比例部分を完全積立て方式に移行しても、引き続き公的年金で行なうべきである。その理由は、(1)個人の資金運用機関に対する交渉力が弱い、(2)規模の経済性を働かせるには、まとめて運用した方が望ましい、(3)退職金の比重低下やポータビリティに限界があるなど企業年金に限界があるという点が考えられる。

    10. 私的所得保障との関係
      1. 退職金の生涯所得に占める比重が低下し、退職金の役割は「勤続の促進」から「円滑な退出」へと変わりつつあるので、企業年金が公的年金にとって代わって役割が大きくなるとは考えられない。ポータビリティや自己責任の観点から考えると個人年金が今後重要な役割を担っていくであろう。しかし、個人年金は企業年金に比べて税制面、運用面で格差があるので、企業年金との差別を撤廃すべきである。

      2. 日本の労働市場を中長期的に考えると、高齢者が勤労者としてだけでなく、資本家、自営業者として経済社会に主体的に参加していくことが望ましい。それには年金制度だけでなく、社会保障全体の枠組みの中で総合的に考えていく必要がある。

  2. 懇 談
  3. 経団連側:
    報酬比例部分も公的年金で行なう方がよいとの話であったが、年金基金間で競争して、個人が年金基金を選択できるシステムになれば、個人も運用機関に対して交渉力を持つことができる。必ずしも公的年金でやる必要はないのではないか。
    清家教授:
    年金基金間の競争があったとしても、個人はやはり年金基金に対して交渉力を持つことはできない。何らかの形で公的セクターが関与して、個人の交渉力を制度的にカバーするシステムにした方がよいのではないか。

    経団連側:
    基礎年金部分については、目的税ないし保険が望ましいという話だが、これでは社会保険料と税の差がつかなくなるのではないか。社会保険料は税と異なって議論がないまま上昇している。
    清家教授:
    公的年金の保険料は、勤労所得に対する課税と何ら代わらない。社会保障負担について、マクロ的には高齢化の度合いが同じ水準の諸外国に比べ低く、議論の余地はある。

    経団連側:
    経団連は官民の役割分担という観点から、1階の基礎年金は官で、2階ないし3階は原則として民が受け持つべきと考えているが、性格づけはどのように考えているのか。
    清家教授:
    年金は個人の話であるので、官民の役割分担という議論はなじまないのではないかと考えている。経団連の考え方は、経済学者の立場からはすっきりしていると思うが、現在の金融市場における個人の立場を考えると手放しで歓迎というわけにはいかない。

    経団連側:
    マーケットで資金運用して、財政再計算の時点で積立て不足金ないし剰余金が発生した場合の調整はどうすればよいと考えるのか。
    清家教授:
    財政再計算時に積立て不足金が出れば、給付水準を引き下げることが当然である。積立方式にリスクがあると言っても、賦課方式のような人口構造や政治の意思決定に左右される不確実性に伴うリスクに比べれば、予測可能なリスクであり、技術的に対処可能と考える。


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