経団連くりっぷ No.58 (1997年 6月26日)

輸送委員会合同部会/5月30日

今後の交通運輸行政のあり方


輸送委員会企画部会(部会長:普勝清治全日本空輸社長)と物流部会(部会長:常盤文克花王社長)は合同部会を開催し、運輸政策審議会総合部会長の藤井彌太郎慶応義塾大学教授より今後の交通運輸行政のあり方について説明を聞き懇談した。
以下は、藤井教授の説明の概要である。

  1. 運輸政策審議会総合部会での検討課題
  2. 市場メカニズムを活用する上では、市場環境を整備することと、市場原理では十分に対応しえない課題に対処することが行政の役割である。

    1. 市場環境の整備
      1. 交通インフラの整備
        交通インフラの建設・運用は個別企業にとってはリスクが大きい。BOT方式(民間が建設し一定期間有料で運営してコストを回収した後に公共に移管する方式)による整備も適切なケースでは図るべきだが、基本的に競争条件を平等化するためのインフラ整備は、今後も政府の役割である。

      2. 新しいニーズへの対応/リスク負担
        利用者ニーズの高度化・多様化に競争原理で対応する一方で、雇用の確保が問題となる可能性がある。発生した余剰の雇用を吸収することを含め、新しいサービスの創出が期待されるが、それに伴う技術的・経営的なリスクへの援助の問題も出てこよう。

      3. 公正な競争の促進
        現実の社会は完全競争下にはないことから、独占に対するルールや国際間の標準化についての調整も必要となる。また、道路混雑に対応して大量交通機関の公正な競争機会を確保することなども行政の役割といえる。さらに、混雑空港におけるスロット配分の調整も課題となろう。

      4. 国際競争力の確保
        国際競争力の確保のためには、規制の緩和や事業者に効率改善のインセンティブを与える規制が必要であり、この一例が上限価格制や新規参入企業の優遇による競争圧力である。また、事業者に消費者が望む情報の開示を促す必要もあろう。

    2. 市場原理で十分に対応できない課題
      1. 過密・過疎問題
        過疎の問題については、市場原理に従えば不採算部門のサービスが廃止される可能性があることから、生活路線の維持等についても検討する必要がある。
        過密の問題に対しては、ハード面の整備により輸送力を増強するだけではなく、大量輸送交通機関を優先させるような環境整備も必要となろう。

      2. 競争の社会的ルール(消費者保護)
        交通サービスは他のサービスに比べ消費者の選択の自由度が少ないことから、独占状態におけるサービスの質をチェックする体制を別途検討する必要がある。

      3. 安全性・災害対策
        消費者が安全の情報を把握しにくい面も多く、すべてを市場メカニズムに任せるべきではない。

      4. 高齢者・障害者問題
        高齢者や障害者に対する優遇措置の費用を誰が負担するのかが問題となる。規制緩和を行なうと内部補助の余地はなくなるが、その一方で財政支出の削減が叫ばれている状況であり、生活路線の問題とともにかなり工夫を要する課題である。

      5. 環境問題
        NOx等による大気汚染とCO2による地球温暖化が大きな問題となっており、低燃費・低公害車の開発、大量輸送への誘導の他、公害の少ないモードやルートの選択を可能とするための施策も検討すべきである。また、税制の利用の可能性についても検討を深める必要がある。

    3. その他の留意事項
      1. インフラ整備における公共投資の硬直的な配分を見直し、投資を重点化することで効率化を図るべきである。

      2. ハードの整備とソフト面の施策との整合性を図る必要がある。

      3. 社会的規制の名のもとに競争制限的な規制が行なわれないよう留意する必要がある。

      4. 政策決定の手続の透明性や利用者のニーズを的確にくみ上げるための措置が必要である。

      5. 需給調整規制の廃止により生じる中小企業の経営の安定や雇用の確保の問題を十分考慮する必要がある。

  3. 市場環境に対応した政府の介入
    1. 市場の失敗と政府の失敗
    2. 独占の問題に加え、公害などの外部経済効果への対処や開発利益の還元方策なども行政の機能となり得る。また、市場の失敗の一方で政府の失敗や票の平等が適切に運用されるかという民主主義自体の問題(政治の失敗、民主主義の失敗)もある。これらを秤にかけ、問題解決上、どの社会的コストが最も小さいかを考えた上で政府の介入のあり方が決まる。経済の発展段階により市場と政府のバランスは変わってくる。

    3. 経済的規制と社会的規制
    4. 参入規制の廃止がなんらかの理由で進まないか、あるいは行なわれても都市鉄道のように実質的に独占状態にある場合には、なお価格規制の必要性が残る。
      価格規制はインセンティブ規制に移行する方向にあり、現在、上限価格規制が各分野で採用されている。これにより運賃の設定の自由度が拡大し、規制の管理コストが安くなる可能性がある。
      安全規制については、安全と競争がどの程度関係があるのかについての十分な検討が必要である。

    5. インフラ整備等
    6. 開発投資からボトルネック解消投資へと移行せざるを得ない状況にある。わが国の社会的な交通インフラはほぼ概成しつつあり、今後は建設よりも既存のインフラをいかに有効に運用するかが課題となろう。
      運輸政策審議会で検討する地方バスや離島航路など生活路線の問題には、元々バスなどの路線がなかった地域の問題は含まれていない。しかし、これは過疎地域においては最も本質的な性格の問題である。交通運輸という枠を超え、自治行政や国土政策との整合性を図る重要な時期にさしかかっているといえよう。


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