経団連くりっぷ No.58 (1997年 6月26日)

首都機能移転推進委員会新東京圏創造のためのワーキンググループ/6月5日

21世紀の東京圏の姿に関して伊藤慶大教授より説明を聞く


新東京圏創造のためのワーキンググループ」(座長:坂田東京電力取締役)の第2回会合として、慶応大学大学院の伊藤滋教授を招き、21世紀の東京圏の姿について説明を聴取するとともに懇談した。
以下は伊藤教授の説明の概要である。

  1. 東京圏の将来
  2. 伊藤慶大教授
    1. 現在、新しい全総計画と首都圏整備計画がとりまとめの最終段階にある。これまでと異なり首都圏整備計画の方が早くまとまるかもしれない。全総計画ではその課題の一つとして首都機能移転の問題を取りあげる予定である。首都圏を300km圏で考えると、首都圏の外側に移転先新都市があるという図式ではなく、この拡大首都圏のなかに新首都があるという図式も考えられる。
      ところで、日本は太平洋ベルト地帯で支えられているが、この地域が過密となっているので分散すべきだという議論が昔からある。他方、大阪に本社がある会社でも東京に本社を設けるなど、近畿圏でも首都圏でもカウントされるといういわゆる「多重存在」の人々が増えてきている。東京圏と中京・近畿圏が融合してきていることの表れであろう。近畿圏の人々はこれに反発しているが中京圏の人々は意外に反発していない。

    2. これまでの首都圏計画は、ここ30年間郊外化を阻止してこなかった。横浜は、その結果できた都市の好例である。南関東の都市地域のなかで、厚木や町田などの私鉄の沿線の都市には小東京ができている。小東京圏に住んでいる人は東京につとめる必要はなくなっている。これらの都市に住んでいる人はこの小東京に満足しているのに、やみくもに地方分散を図ろうとするのは問題である。小東京圏が形成される根本には、日本人は「一戸建ての家を建てた時が人生が完成した時」だと考える傾向が存在していると思う。40代以上の人に加え、意外と若い人もそういう考えをしている。現状では、首都機能が東京にあろうがなかろうが東京から60km圏に住んでいる人々はその生活に満足していると思う。休日には銀座の伝統のあるデパートで買い物ができる(欧州型生活)とともに、郊外の大規模スーパーでも買い物ができる(米国型生活)という二通りの生活スタイルが楽しめるからである。

    3. 今後、日本の将来計画を考えるのであれば、首都圏を東西南北に分けて考える必要がある。従来、南関東と北関東の比較は行なわれてきたが、これに加えて、東関東と西関東の比較も重要だと思う。東関東を代表するプロジェクトは常磐新線、筑波学園都市、成田空港であり、西関東は田園都市線、相鉄線、慶応藤沢キャンパスである。東関東のプロジェクトは国が主導して財政資金を投入した大規模プロジェクトである。他方、西関東のプロジェクトには、民間の創意が生かされており、効率性を重視しているという特徴がある。

    4. 東京圏の経済力、産業配置を考える際に、製造業の職人気質をどう維持するか、つまりこのような職人が多い「大田区」をどう考えるかという課題がある。職人は他の地域へ移動するとなかなかうまくいかない傾向がある。他方、サービス業は移動しても比較的うまくいく業態である。埼玉県の人口が増えるのは、団地に越してきた家族の子供も団地の近くで商売を行ない、一戸建てをつくるからである。鉄道網の整備も人口増の一因である。この前提にあるのは「戸建て住宅の神話は崩壊しない」ということである。他方、政府は集合住宅の方がビジネスチャンスが大きいのでそちらを奨励している。戸建て住宅の場合は、プレハブ(戸建て住宅のうち4分の1程度)以外は中小工務店がつくっている。集合住宅は、建設できるのはほぼ大企業に限られてくる。

    5. 東京再生のための課題として、自動車専用道路の見直しがある。都心から30km圏で充分な資金があったら何をするか聞かれれば、私は(1)中央環状線の早期建設、(2)第2湾岸道路の早期建設、(3)インターチェンジの整備をまず挙げる。これだけで東京はかなり再生すると思う。東京の高速道路網を整備すれば地方もよくなると思う。例えば、横浜から東北自動車道に円滑に乗れれば週末に磐梯などに行く人が増えるだろう。越後湯沢は、東京からのアクセスをよくすれば多くの人が来ることを証明した例である。東京の若いカップルが週末に地方にいく。また平日には、老人が温泉旅行のため地方にいく。こういうことで地方の経済が活性化されよう。

  3. 首都機能移転について
    1. まず、何のための首都機能移転か考える必要がある。東京問題の緩和とか行政システムの組みかえは首都機能移転をしなくてもできそうである。ただし、防災問題は首都機能移転との関係で考える必要がある。

    2. 「時間」という要素は重要である。現在の議論では、2003年度までは建設工事に着工しないという説が有力である。例えば、2005年に着工して2015年にほぼ都市建設が完成するケースでは、行財政改革の効果が2010年頃になって初めて出てくるだろうから、何でいまさら首都機能移転かという疑問が出てこよう。国民の関心もそんなに長くは続かないだろう。本気で実行するつもりなら、今やらないといけない。

    3. 私の考える案は、既存の都市(名古屋駅西口)を利用する方法である。国が建物をたてるのは機密保持が重要な官庁だけに限定すればよく、他は民間のビルを賃借することで十分対応できるだろう。名古屋は教育施設も整い、交通網も発達しており全国どこからでもアクセスがよい。移転する人々とその家族に愛される都市にもなりうる。もはや、キャンベラやブラジリアのような森の中の首都は時代遅れであろう。


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