経団連くりっぷ No.61 (1997年 8月28日)

日本・香港経済委員会1997年度総会(委員長 秋山富一氏)/7月31日

香港返還後の東アジアの展望


7月1日、香港は中国に返還された。返還式典には世界中から約4,000人が参集し、各国政府代表者や経済界関係者が見守るなか歴史の新しい時代が幕を開けた。貿易・金融の国際センターである香港の繁栄には、日本企業も強い関心を持っている。返還以降の東アジア情勢について、名古屋大学の冫余照彦(とうつあうえん)教授から聞いた。また、当日は当委員会の96年度事業報告・収支決算、97年度事業計画・収支予算について審議し、了承を得た。

  1. 台頭する東アジア経済
  2. 日本の輸出は、いまやアジアNIEs、ASEAN、中国に大きく依存している。96年上半期の日本のアジア向け輸出は10兆3,859億円となり、対米輸出6兆9,158億円を上回った。また、アジアNIEs、ASEAN、中国の輸出総額は、日本の輸出の約2倍であり、米国の輸出やEU12カ国の輸出をも上回っている。
    日本からの対外直接投資についても、依然として北米向けが累計で全体の4割強で最大を占めているものの、最近の傾向としては、投資先のアジアへのシフトが顕著である。また、アジアNIEsの対外直接投資も目立って増えている。95年のアジアNIEsの東アジア向け直接投資は375億3,100万ドルであり、米国の132億6,100万ドル、日本の178億9,100万ドルを凌駕した。

  3. 香港の中国返還と香港ドルのゆくえ
  4. 冷戦下に中国や台湾での生活を敬遠した人々が香港に住むようになったことから、香港に住む華人は、中国や台湾の華人よりも自由主義的と見られている。香港返還は、中国にとっては民族の統一を意味し、輝かしい出来事として認識されているが、すべての香港人がこれを歓迎しているわけではなく、香港人の心境は複雑である。
    「一国二制度」は、トウ小平が台湾への適用を念頭に考え出したアイデアであったが、それが最初に香港に適用されたのは歴史の皮肉であり、香港人にとっては迷惑な話かも知れない。中国という「一国」に変化がなくても、「二制度」の方は、時代の変遷とともに今後50年間に変貌していくだろう。
    香港は「香港ドル」という独自の通貨を持ち、独立した関税地域として認められている。香港ドルは83年10月以降、1米ドル=7.8香港ドルで米ドルにリンクしてきた。返還後、香港ドルの米ドルへのペッグを維持できるかが問題となる。米ドルの価値が上昇すると香港からの輸出は困難になり、米ドルが下落すると香港ではインフレ圧力が高まる。
    ドル・ペッグを維持するために、香港の金融当局は、大量の米ドルをもって為替市場に介入しなければならず、対米協調も重要である。しかし、今後は香港当局の対米協調だけでは香港ドルは安定しないだろう。トラブル発生時に北京政府が、香港ドルに対してどのような姿勢をとるかが問題である。1999年にユーロが誕生すると、外国為替市場は波乱が予想され、香港ドルにも微妙な影響が出るだろう。アジアにある華人系銀行は、華人資本の米ドルを大量に抱えており、それがユーロや円に転換されると、市場が大きく変動することになろう。
    また中国企業、いわゆる「レッド・チップ」による香港での資金調達が活発に行なわれるようになると、香港の金融資本市場が逼迫する可能性もある。
    中国の外貨準備は、93年224億ドル、94年529億ドル、95年754億ドル、96年1,050億ドルと急速に増加してきた。中国の外貨準備がさらに増えると、国際通貨として人民元もアジアの金融市場で取り引きされるようになり、米ドルに取って代わって、円と競合するような時代が来るかも知れない。

  5. 香港の関税制度
  6. 香港の強みは自由な貿易港である。香港が現行の関税制度を今後とも維持できるかどうかは、香港財政が関税収入に依存しなくても済むかどうかにかかっている。今のところ香港政庁の歳入の約半分は、法人税、個人所得税、土地売却益に依存しており、関税は歳入全体の4%程度を占めるに過ぎない。
    一方で、98年5月に立法会議員の選挙制度が正式に導入されると、結果的に香港では社会福祉関係費が膨らむことになろう。教育、公共投資に関連する支出も増加が予想される。このような歳出の増加をいかに賄うかが香港の課題となる。
    香港が財政赤字に陥っても、北京政府が支援するとは思えない。北京政府は、もともと地方政府を支援しないし、香港に対する財政支援は中国国民の不満を高めかねない。歳出増加に対応して香港が、徴収コストの安い関税収入に頼るようになると、自由貿易港としての強みも薄れることになる。

  7. 中国の課題
  8. 中国沿海部は台湾よりも高い成長を続けており、台湾の経済発展は中国に依存し始めている。中国が中央政府の政治改革を進めると、台湾の政治改革にも影響が出るだろう。民主主義のもとで、地元の意見をどこまで尊重するかが中国の課題である。
    中国国営企業の赤字問題は深刻である。国営企業の合理化は、改革開放の第2段階になるだろう。華人資本に頼るだけでは、問題の解決は難しい。中国の国営企業は、幼稚園から病院まで抱えており、工業分野における人民公社のような存在である。国営企業問題は中国のイデオロギーにも係わるものである。
    香港や台湾を含めると、中国の貿易黒字は世界最大となる。中国はWTOに加盟していないこともあり、輸入の拡大には制約がある。例えば、ハイテク設備を輸入したいと思っても、米国はハイテク機器の中国への輸出を規制している。中国がWTOに加盟しないと、国際社会のなかで差別されることになるが、WTOは国営企業を認めていない。国営企業の民営化を約束しないと、中国のWTO加盟は難しい。
    中国は、国内市場だけでは12億人を養えないので市場開放と外資導入を進めているとも考えられる。特に中国内陸部の貧困は深刻であり、それらの人々が豊かさを求めて沿海部に移住してきたら、中国経済のみならず世界経済が混乱するだろう。その意味で、中国国内の自由な移動を認めていない現在の戸籍制度は必要悪ともいえよう。


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