東亜経済人会議日本委員会1997年度総会(委員長 服部禮次郎氏)/7月23日
こうした見方が多かった理由として以下の3点が考えられる。第1に、一部の商業主義的な報道により、事件の過激なイメージが増幅されたこと。第2に、天安門に集結した100万人の大半が学生であり、農民、市民を巻き込んだ体制闘争には至らず、さらに軍も完全に党に掌握されていたにもかかわらず、判官びいきから、政権保持者と挑戦者の力関係について判断を誤ったこと。第3に、最も基本的な問題として、中国における歴史的連続性の観点が欠けていたため、事件の必然性が充分認識されなかったこと、である。
第2に、中国政治では、政治勢力は排他的支配を目指そうとする。勢力争いは生存のための闘争となってしまい、「政治の制度化」が遅れてしまう。孫文は、共和制民主主義を謳って清朝を打倒したが、目指したものは強権的な国家の建設であった。また、蒋介石も軍閥を打倒して統一国家を作る過程の中で、民衆を犠牲にしても国民党の独占的指導権を保持しようとした。中国の政治体制の中では、排他性は常に連続しており、今後の中国の発展もこれを踏まえて考えるべきである。
第3に、体制改革は常に上から行なわなければならない、という「代行主義」が現在の指導者層にも根づいている。そのため、学生や知識人主導の改革は受け入れられにくい。今年2月のトウ小平死去の際、市民の自発的な追悼を防止するために天安門に軍・警察が集められたことも、「上からの改革」を重視する姿勢の現れといえる。冷戦崩壊後、中国でも進歩主義的な論調が台頭した。自由民主主義は近代化をはかる1つのバロメーターではあるが、国家が個人を凌駕する中国において、その近代化を西欧式図式にあてはめて評価するのは誤りである。
仮に何らかの理由で共産党が崩壊するとすれば、その後に待っているのは「民主化」ではなく「ウルトラ・ナショナリズム」や大きな社会混乱と考えられる。経済学的には、1人当りGDPが2,000ドルを越えて初めて民主化が課題となりうると言われている。中国の民主化は、この基準を満たす地方から順に民主化を導入し、それを順次拡大していくというソフト・ランディングのやり方が最も望ましいが、そこではもはや共産党の一党支配は成立しないであろう。
台湾の民主化は、非常に目覚しい成果を挙げている。今後の中台関係は、経済的には大きく接近していくが、それが進めば進むほど政治的には疎遠になっていくだろう。7月の憲法改正で台湾省が実質的に廃止されたのはその象徴である。
今まで香港は、「政治的自由はないが、言論の自由がある社会」であった。しかし、パッテン前総督の急激な民主化政策により、反って中国政府による言論統制は厳しくなった。こうした状況で、経済活動の自由のみが保障されるとは考えにくい。逆に香港情勢が党の独裁を揺るがすようなことがあれば、香港のもつ経済的メリットを放棄してでも、党は独裁体制を維持しようとするだろう。こうした意味で香港の将来については、慎重に考えざるを得ない。