経団連くりっぷ No.62 (1997年 9月11日)

エズラ・ボーゲル教授講演会(座長 関本中国委員長)/8月29日

中国の経済発展が進んでも香港の役割は重要


中国委員会では、経済広報センターとの共催でハーバード大学東アジア研究センター所長のエズラ・ボーゲル教授を招き講演会を開催した。ボーゲル教授は、「香港回帰後の中国をめぐる動き」と題して、香港の現状と将来や中国の政治・経済情勢、日・中・米関係等について講演した。

  1. ボーゲル教授講演要旨
  2. エズラ・ボーゲル教授

    1. 香港の現状と将来
      1. 香港返還が成功した理由
        香港は、7月1日、一部の懸念をよそに、無事にイギリスから中国に返還された。返還が成功した理由としては、第1に、タイミングが良かったことがあげられる。1978年以来の改革・開放により、中国が市場経済に対する理解を深めていたからこそ、香港返還が実現したと言える。第2に、北京の指導部が、香港および中国の発展のために、本来ならありえない「一国二制度」を容認して、さまざまな点で妥協してきたことがあげられる。トウ小平は、香港を中国化するのではなく、中国を香港に近づける方が得策と考えたのだろうが、これは非常に賞賛すべき決断であった。そして第3に、北京が香港の民主派に対しても妥協して、彼らを香港に留めたことがあげられる。

      2. 香港の将来
        現在、香港には多額の中国資本が流入しており、バブルの気が多少ある点が懸念される。だが長期的に見れば、香港経済はかなりうまくいっている。一部に、中国が今後も経済発展を続ければ海外への窓口としての香港の役割は低下するとの考えがあるが、まだしばらくは香港の役割は変わらないだろう。
        香港には海外とのビジネスに精通した人材が豊富におり、それが香港の強みとなっている。香港特別行政区政府の初代行政長官に就任した董建華(C.H.トン)氏もビジネスマンであり、日本や米国に知己も多い。彼を含めて香港のトップには上海出身者が多く、同じく上海系の人物が多い北京の現指導部とうまくやれる素地はあると考える。いずれにしても、今後の香港では、北京および中国大陸とのつながりが深い人物が表舞台に出ることが多くなるだろう。

    2. 中国の政治・経済の現状
      1. 政治面
        改革・開放後、中国では地方の力が強まっている。現在も各省長は中央政府が任命しているが、経済的な裏付けも含めて地方の力は強まっている。また、優秀な人材が育ってきている。今後の中国を支えることになる第4世代の指導者は、みな大学教育を受けている。江沢民体制もこうした優秀な人材が支えることになろう。江沢民体制は安定している。毛沢東やトウ小平がオーナー的存在であったとすれば、江沢民はサラリーマン社長であり、カリスマ的な力はないが、うまく中国の舵取りをしている。秋の党大会を経て、江沢民体制はより確固たるものとなろう。

      2. 経済面
        改革・開放以来、中国は順調に経済発展を遂げ、特に80年代前半からは高度成長を続けてきた。しかし、今後は若干成長が鈍化するだろう。経済発展の波は、現在沿海部から内陸部へとシフトしつつある。私が永年研究してきた広東省の場合、改革・開放により、早い段階から発展を遂げてきたが、現在では賃金水準等のコスト上昇により、競争力を失いつつある。今後は技術レベルの向上を図って比較優位を保つ必要があり、競争原理の中で新たな発展の方向性を模索している。
        中国の場合、改革・開放で高度成長が始まった段階では、人材も少なく、法制度等ソフト面でのインフラも未整備であった。そのため政府は、さまざまなインセンティブを与えて改革・開放を進めたが、矛盾や問題点も表面化している。企業と地方政府との癒着や国営企業の改革等は、今後解決すべき課題である。

    3. 今後の日・中・米関係
    4. 橋本総理の訪中、江沢民国家主席の訪米、クリントン大統領の訪中等、今後、日・中・米間では首脳訪問が相次ぐ。橋本首相が提唱する対中4原則(対話機会の拡大、協力の推進と相互の学習、共通秩序の形成、多様性の認識)は、ある程度実現可能と思われる。
      最近の日中関係は、尖閣諸島の領有問題や日米防衛協力のための指針(ガイドライン)問題等をめぐって緊張してきた。歴史的な経緯もあり、感情的な部分でなお解決しない問題はあるが、お互いの努力により、できる限り良好な日中関係を築くことはできる。他方、米国も、政府や大企業は今後中国との関係を強化したいと考えている。しかし、中国の人権に対する考え方を問題視する一部の人々や、中国製品の流入で影響を受ける労働組合、一部宗教団体、台湾支持派等は、こうした動きを批判しており、政策決定にも圧力をかけている。中国と付き合うのは難しいことだが、21世紀を見据えると、日米両国は、中国とうまく付き合っていくしか道がないと考える。

  3. 意見交換
  4. 経団連側からは、香港の今後について、中国による政治的関与が増すことが懸念される、との意見があった。これに対しボーゲル教授は、中国の指導者は世界の金融センターとしての香港の地位をよく理解しており、これを守るためにもあまり大きく関与することはないだろう、との見方を示した。
    また、いわゆる中国脅威論について、ボーゲル教授は、中国は軍事力の強化よりもWTO等の国際的な組織に加盟することで各国との協調を優先する道をとるだろう、との考えを示した。


くりっぷ No.62 目次日本語のホームページ