経団連くりっぷ No.63 (1997年 9月25日)

日本ベトナム経済委員会(委員長 西尾 哲氏)/9月2日

新体制下のベトナム経済の展望
―市場経済化に向けて環境整備進む


ベトナムでは、7月20日に5年に一度の国会議員選挙が実施された。その結果を受けて、9月末の組閣に向けて準備が進められている。新しい体制のもとでの今後の政策運営の見通しなどについて、鈴木勝也駐ベトナム大使から聞いた。

  1. 第8回共産党大会と国会議員選挙
  2. 96年6月28日から7月1日にかけて、第8回共産党大会(5年に1回)が開催され、86年〜96年のドイモイの総括を行なった。この大会では、
    1. 一党支配と社会主義の堅持、
    2. 「工業化と近代化」に象徴される経済発展の推進、
    3. 全方位外交と国際的な枠組みへの積極的な参画(多角化および多様化)、
    などの点が改めて確認された。
    新5カ年計画(1996年〜2000年)のなかでは、2020年を目標にした工業化と近代化の促進が謳われている。2000年までに1人当たりGDPを1990年の2倍に引き上げるために、5年間の年平均実質GDP成長率を9%〜10%に設定している。
    今回の国会議員選挙の結果を受けて、9月20日から第10期第1回国会が開催される。前回の選挙では、無所属候補は認められたが、当選しなかった。今回は11人の無所属候補のうち3人が当選している(国会議員450名)。選挙に関する情報は以前よりも増えており、共産党一党独裁体制の下であっても、ベトナム政府は選挙や民主主義を尊重しようと努力している。前回選挙では国会議員に占める共産党員の比率は91.6%であったが、今回は85.3%(384人)にまで低下している。
    憲法上、国家主席と首相は国会議員のなかから任命され、書記長は党の手続に従って交代する。いまのところ首相候補としてはファン・バン・カイ現副首相が、また国家主席については、ドアン・クエ国防省、グエン・マイン・カム外相、ノン・ドゥック・マイン国会議長の名前が挙がっているが、予想は難しい。人の交代によって政策が大きく変わることはないが、世代交代による若返りは対外的なメッセージとして意味がある。

  3. 投資環境の整備と対外関係の改善
  4. 市場経済化に必要な法制度を整備するため、95年10月に民法、96年10月に改正外国投資法、97年4月に商業法などがそれぞれ成立した。省令や施行規則等の細則がまだ公布されていないため、すぐに透明性が高まるわけではないが、試行錯誤を経ながらも徐々に改善するだろう。
    ベトナムの立法作業には、まず大枠を決め、現実にそぐわないことは後から微調整する傾向があるので、不都合な点は積極的に指摘した方がよい。投資環境の整備については、ハノイおよびホーチミンの日本商工会からもベトナム政府に働きかけている。
    対外関係について、ベトナムは、伝統的な脅威であった中国との関係修復に努めている。米国とは95年7月に国交が正常化し、今年5月に大使の交換が実現した。包括的な通商協定の締結に向けての交渉も進められており、米国がベトナムに最恵国待遇を供与すれば、ベトナムからの米国向け輸出の拡大が予想される。ただ、対米関係については、米国市場に対する魅力とともに、いわゆる「和平演変」も警戒している。
    95年7月、ベトナムはASEANに加盟し、96年1月にはAFTAに参加した。2006年までに自由化を達成するために、周辺国と同じような競争力をつける必要がある。その他、95年1月にWTO、96年6月にAPECに対して、それぞれ加盟申請をしている。ベトナムは国際的な枠組みへの参加に積極的である。

  5. 外国直接投資の動向
  6. 当面の課題として、国内産業の育成による経済の活性化がある。現在約6,000社ある国営企業の大部分は赤字であるが、国営企業は地域経済に大きな影響力を持っており、最大の雇用主でもあるため改革は難しい。
    ベトナム政府は積極的に外資を誘致しているが、外国投資の流入が伸び悩むようになったため、今年初め頃から党・政府幹部は危機感を抱き始めた。主要国からの対ベトナム投資の動向をみると、97年3月31日現在で日本は、シンガポール、台湾、英国領バージン諸島、韓国に次いで第5位である。最近の対ベトナム投資は、全体の投資件数が減少する中で、製造業への投資案件が増えているのが特徴である。日本からの投資は大型案件が一巡した。自動車分野にはすでに全部で14社が進出しており、競争激化が懸念される。
    現在、北部、中部、南部などに約40の工業団地や輸出加工区が造成されつつある。ベトナム人は米作農民で土地に執着するため土地の補償単価が高くなり、地価が周辺諸国に比べて高くなる傾向がある。ベトナムに進出する際、各企業が独自に土地を取得すると余計にコストがかかることもあるので、既存の工業団地や輸出加工区から始めるのが無難であろう。

  7. 今後の課題
  8. 96年10月の国会演説でキエト首相は、
    1. 輸入代替品、輸出産業の脆弱性、
    2. 国営企業の低生産性と技術不足、
    3. 農産品価格の低下、
    4. 非効率税制、
    5. 貿易赤字の拡大、
    6. 会計監査システム普及の遅れ、
    7. 青少年の麻薬問題等の社会問題、
    8. 法律の未整備、
    9. 環境破壊および天然資源の浪費など、
    ベトナムが抱える諸問題を指摘した。
    いま金融不安がベトナムで話題になっている。ベトナムには信用調査システムがなく、人間関係によって融資が行なわれてきた。最近、融資を巡る不祥事で銀行幹部が逮捕され、銀行は貸し出しに慎重になっている。融資の先細りから経済活動全体にも影響が出ている。ベトナムの場合、国内において貯蓄・投資サイクルが生まれず、ODAと外国投資に過度に依存しているのが問題である。ベトナム人の資産保有形態は、金44%、不動産20%、現金10%、金融機関8%となっており、「タンス預金」が多い。
    また、南部を中心に電力不足が続いており、ODAも電源開発を重視している。日本の対ベトナムODAは、92年度に470億円であったものが、96年度には935億円にまで増えた。日本はベトナムに対する最大のODA供与国である。日本のODAは、ベトナムが受け取る援助の3分の1を占めており、日本の発言力は強い。最近は「総合政策支援」等ソフト面での支援も重視している。


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