経団連くりっぷ No.64 (1997年10月 9日)

創造的人材育成協議会(会長 末松謙一氏)/9月24日

日本社会は変わるか
−年齢・拝金主義を打破し、評価尺度を多様化せよ


中央教育審議会(中教審)が、去る6月に「形式的な平等主義から個性尊重の教育への転換」ということで、大学・高校入試の改革、中高一貫教育の選択的導入等の第2次答申をまとめるなど、わが国において教育改革に向けたさまざまな取り組みが進められている。そこで、創造的人材育成協議会を開催し、中教審第2小委員会座長を務めた東京工業大学の木村学長より、中教審第2次答申の内容および現状の教育が行き詰まった社会的背景とその改善策等について、説明を聞いた。以下はその概要である。

  1. 中教審第2次答申の概要
    1. 一人ひとりの能力・適性に応じた教育
      1. 大学・高等学校の入学者選抜の改善
        英国の大学では、外部機関による大学入学資格Aレベル試験を受け、その後は、各大学が、面接、調査書等を用いて選抜する。学力が落ちたとも言われているが、入り口での受験競争はなくなっている。日本の現在の入試は、学力試験偏重である。学力だけでなく、評価尺度を多元化するとともに、調査書や面接等を導入する等、選抜方法の多様化について改善策を提言した。

      2. 「ゆとり」と「生きる力」の育成
        ゆとりある教育を実践するために、中高一貫教育の選択的導入を訴えた。私立でも受験対策でなく、ゆとりある教育を行なうため中高一貫教育を行なっているところもある。また、公立として、宮崎県立の五ヶ瀬中・高等学校では、のびのびとした教育を実践しており、公立セクターに中高一貫を導入する意義は大きい。

      3. 教育上の例外措置
        答申は、個人の能力・適性に応じた教育の推進の観点に立ち、まず、学習進度の遅い子供にも配慮した教育を行なうべきとしている。その上で、特定分野(当面は物理と数学)において、優れた能力や意欲を持つ子供に対しては、17歳でも大学入学可能とすべきと提言した。

    2. 高齢社会に対する教育のあり方
    3. 日本は、今後、世界が経験したことのない高齢化社会を迎える。立場の異なる人との共存や、高齢者から学ぶことの大切さを提言している。
      中教審委員で、国際日本文化センターの河合隼雄所長は、今次の答申を、日本人の意識改革に対する訴えと言っている。

  2. 教育システムが行き詰まった社会的背景と改革の方向
    1. 年齢主義とMoney Value(拝金主義)
    2. 日本は、戦後50年の経済発展の代償として、社会システムの固定化を招き、学歴社会、年功序列化社会となった。これは、日本社会が、本質的な価値以外に、年齢とMoney Value(拝金主義)に無理に価値をつけたことによると思う。

    3. 経済効率の追求
    4. まず、日本人は年齢による上下関係を非常に気にする。また、どんな物でもお金の価値で見ようとする。
      過度の受験競争を引き起こす原因にもMoney Valueが関係していると思う。学歴別生涯賃金(1988年)を見ると、大卒と高卒とでは7,000万円の差がある。大学までの学費、生活費等をトータル投資額として、投資効率を考えると、大卒は約6.4%となる。大企業に就職すれば、10%を超え、かなりの高利回りである。この現状を若者は肌で感じている。しかも、大企業に勤めるには、ブランド大学の方が圧倒的に有利なため、母親も子供も、ブランド大学を目指すのである。

    5. 理科離れは本当か?
    6. 労働者の職業別給与所得を見ると、製造業は相対的に低い。ゆえに、製造業が敬遠され、理工系離れを引き起こしているとも考えられる。
      一方、1975年から、理工系学生の割合は、全学生の約22%で推移しており、数字上では、顕著な理科離れは見受けられない。ただし、総務庁の調査では、1990〜95年にかけて20代の科学技術関連のニュースに対する関心は落ち込んでおり、気をつける必要がある。
      1980年代の理工系離れ現象の研究によると、若者は科学技術がもたらす利便性や進歩に対する順応性は高い反面、その中身に対する関心は薄く、超常現象に対する関心は高い等、矛盾に満ちていると報告している。同報告は、すでに1930年代、「大衆の反逆」を著し、科学技術と魔術の区別ができない、文明社会の野蛮人の出現を指摘した、スペインの社会学者オルテガの主張と見事に一致している。

    7. 理工系離れへの処方箋
    8. 科学技術は、歴史的コンテクストの中での理解が必要である。すでに身の周りに便利なものが溢れている若者は、その利便性への経緯と利便性そのものを理解することは難しい。
      理工系離れを防ぐには、まず、科学技術や理工系の教育・研究の可視性を高めるべきである。次に、科学技術は、一般人の理解と支持があって初めて存在することを、技術者自身が認識すべきである。そして、科学技術は禁欲的動機に基づく活動と理解させるべきである。崇高な領域を目指して活動していることを子供たちに教えなければならない。Money Valueだけでは、科学技術振興は不可能である。

    9. 本質的な価値の認識
    10. 21世紀の日本は、本質的価値を見出すために、価値尺度を多様化すべきである。その手段として、まず、飛び入学は、年齢に支配されない風潮を作ることができよう。日本では、浪人、留年等遅れることはあるが、若い年代において、先取りはできない。飛び入学させ、若者に、ゆっくりと考えるモラトリウム期間を持たせるべきである。
      次に、人の価値にスポットをあて、能力本位で採用を決める、中途採用を積極的に行なうべきである。大企業は率先して実践してほしい。
      さらに、生涯学習を推進すべきである。科目等履修制度や、「学位授与機構」が設置されたことにより学位が取り易くなっている。
      これらの方策により、価値観の多様性を認め、年齢・拝金主義を弱めることで、21世紀の日本社会を大きく変えることができよう。


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