経団連くりっぷ No.67 (1997年11月27日)

ガルーチ元米国国務次官との懇談会/11月6日

依然不透明な北東アジアの安全保障情勢


冷戦の終結により東西対立の構図は解消されたが、北東アジア地域では朝鮮半島情勢などの不安定要因が依然として残されており、ポスト冷戦時代の新秩序作りが課題となっている。そこで、北東アジア地域の安全保障情勢について、米朝交渉を手がけたガルーチ元米国国務次官(ジョージタウン大学外交学部長)より説明を聞いた。

  1. 不確実性を抱える中国
  2. 12億の民を有する中国は、軍事的にも経済的にも大国である。北東アジア地域の安全保障を考えるうえで、中国の安定は不可欠だが、幾つかの不確実性が存在する。第1に中央政府が中国全土をどのようにまとめていくか、第2に国家戦略において近隣アジア諸国とどのように友好関係を構築していくか、第3に民主化の流れと市場経済への移行にどのように取り組んでいくか、第4に政治・経済・安全保障の国際的レジームにどこまで合わせていくか等である。

  3. 一筋縄ではいかない米国の対中政策
  4. 米国にとって中国と安定的関係を構築していくことは極めて難しい。「米国は日米同盟の強化・拡充等により北東アジアにおける軍事的プレゼンスを強化すると共に、経済的・政治的プレッシャーで中国を弱体化させようとしているのではないか」と中国政府は見ている。これは事実ではないが、これまでの米国の対中政策がこのような誤解を生み出してしまったことは否定できない。他方、米国政府は、中央政府が巨大な中国をまとめていくことができるかどうか懸念するとともに、アジア地域における中国の不確実性を憂慮している。「米国の対中外交は、人権問題や保護主義的貿易・投資、知的所有権、民主党への寄付金疑惑等の諸問題に振り回され、戦略的ではない」との批判が米国内にもある。
    10月の江沢民主席訪米は、主要問題において意見が対立している大国との対話という点において、米国にとって難しいものだった。クリントン政権のねらいのひとつは、「中国を大国として扱っていない」という中国側の不満を払拭することだったが、この点は成功したのではないか。今後も中国の存在を否定するような態度を取ることは避けなければならない。

  5. 北東アジア地域における日米協力
  6. 日米は、民主主義に基づく資本主義経済体制、人権に対する考え方、法体制および国際的ルールに基づいた貿易・投資、安全保障体制を共有している。この点において、日米関係は日中、米中関係とは基本的に異なる。また、台湾問題、朝鮮半島問題についても日米は同じ見解を持っており、東アジア地域における日米協力は不可欠である。しかし、アジア諸国は同地域における日米両国のイニシアチブの拡大を懸念している。日本が政治力と経済力を屈指し、軍事力を強化・拡充するのではないかという危惧は依然として根強い。米国に対しては、アジア諸国の価値観、文化を尊重せず、自国のイデオロギーを押し付けるとの反感が存在する。
    日米安全保障は、NATO(北大西洋条約機構)が欧州における安全の確保を目的としているのと同様に、アジア地域における平和と安全の確保を目的としたものであり、敵国を想定にしているわけではない。アジア地域の平和と安定を維持するための同盟関係である。
    冷戦後、米国はイラクのクウェート進入、ボスニア紛争、ハイチ問題等の地域紛争問題において常に国際的連携のイニシアチブをとってきた。米国がアジアの主要国と二国間同盟を結ぶことは、アジア太平洋地域の平和維持に繋がる。

  7. 油断できない北朝鮮情勢
  8. 朝鮮半島では、長年、非武装地帯を挟んで韓国と北朝鮮が対峙している。北朝鮮は、核兵器開発疑惑やミサイル開発等、最も危険をはらんだ地域で、当面、最も注意が必要な地域である。
    核兵器開発に関しては、93年のNPT(核不拡散条約)からの脱退で疑惑が深まったが、1994年10月に米朝間で「枠組み合意」が署名されたことにより、話し合いによる問題解決の道が示された。また、米国、日本、韓国の努力が実り、北朝鮮への軽水炉供与、代替燃料供給等の事業を担当する朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)が1995年3月に発足した。同機構は、北朝鮮の核開発問題を解決するための重要なフレームワークである。
    北朝鮮の政治体制は、金日成主席の死後大きく変化した。今や金正日氏は軍を完全に把握すると共に、総書記となって国家・党の最高指揮者の座も手に入れている。韓国との対話の鍵も金正日氏が握っていると言えよう。

  9. 南北再統一の可能性
  10. 韓国と北朝鮮の関係は、旧西ドイツと東ドイツの関係とはまったく異なる。再統一が今世紀中になるのか、来世紀になるのか予想を立てることは難しい。北朝鮮の政治体制、経済体制が徐々に変化し、その変化が実を結び、ある程度南北の格差が縮小した時点で再統一が起きれば、痛みは最小で済む。しかし、そのような可能性はほとんどない。北朝鮮の貧困が南北の再統一を引き起こす可能性の方がはるかに高い。韓国とまったく異なる政治、経済体制の下で再統一がなされる場合、最も苦しむのは韓国である。日本、米国も相応の役割を担う必要がある。
    重要な点は、未曾有の北朝鮮からの難民にどう対処するかである。韓国をはじめ国際社会が相応に負担して北朝鮮国民が国内に止まるインセンティブを作り出すにしても、莫大なコストが必要になろう。韓国は、このような状況を想定し、国内の構造改革を遂行して経済基盤を強化していかなければならない。しかし、現在の韓国は、国内改革を行なうだけの体力がないとの見方もある。


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