経団連くりっぷ No.70 (1998年1月8日)

欧州統合問題研究会/12月3日

法的側面より見た欧州統合
─須網教授との懇談


欧州統合問題研究会(座長:糠沢和夫専務理事)では、須網隆夫早稲田大学法学部教授より欧州統合における法の果たす役割について説明を聞くとともに懇談した。

  1. はじめに
  2. 日本では一般に、欧州統合における法の果たす役割の認識が必ずしも十分ではないように思われる。欧州統合は基本的にEC法という新しい法秩序を作り上げることによって進んでいる。欧州統合は法的な統合である。

  3. ECの法的性格
    1. 超国家(国家連合)機関
    2. 日本でのECの理解には以下の2つの傾向がある。
      1. ECは連邦国家である。
      2. ECは単なる各国の集まり(伝統的な国際組織)である。
      しかし、どちらか一方へ引き付けた考え方は間違いである。ECは両方の要素をもっていて、どちらかの要素で割り切ることもできない。すなわち、ECは伝統的国際組織と連邦国家の要素の中間に位置する超国家あるいは国家連合である。
      また、ここでEUでなく、ECという言葉を用いる理由は、超国家機能が、EUの3本の柱のうち第1の柱(3つの共同体)の部分だけであることによる。

      (参考)EUの3本の柱
      • 第1の柱:3つの共同体
      • 第2の柱:共通外交安全政策
      • 第3の柱:司法内務協力

    3. ECと加盟国の権限分配
    4. アンチダンピング請求権については、全面的にECに権限が移っているが、これはむしろ例外であり、その他の多くの分野では、加盟国とECの双方に権限が残っており、複雑である。このため、補完性の原則がある。

  4. EC法の基本原則
    1. EC法の加盟国法に対する優位
    2. 例えば、同じ領域分野で加盟国とECの法律が抵触したり、矛盾したりする事態が生じたとき、EC法は、憲法を含む加盟国法より、すべてにおいて、優位にある。しかしその条約上で見る限り、EC法の優位を貫徹するためのメカニズムはまだ十分備わってはいない。そのため、欧州裁判所判決に従わない場合、金銭的制裁(間接強制)を課すことができるが、それには強制的執行力はない。最終的には加盟国側の自発的努力に任せざるをえない。

    3. 直接効果・加盟国の国家責任
    4. しかし一方、EC法で加盟国の中の個人(企業等も含む)に直接、権利を与え、その個人がEC法の権利を行使して、義務違反をしている加盟国を訴え、EC法の優位を貫徹させることができる。それを直接効果という。それは、前述の欧州裁判所での金銭的制裁(間接強制)とは意味が違う。
      欧州における企業はこういった法的環境の中でビジネスを行ない、そこで問題が生じた場合、まず、欧州企業は加盟国法を検討する。しかし望む結果が得られない場合、EC法を検討する。そういう具合に両方を使って、当事者は望む効果を実現する。その結果、判例の多くは、EC法を根拠に加盟国法の有効性を争う事例が多い。

  5. ECの根本目的
  6. ECの根本目的は共同市場をつくる各加盟国のマーケットを統合して、ECの領域全体に1つの国民市場と類似の市場をつくり、規模利益、競争力の向上、そして生活の向上を考えることにある。

  7. 共同市場と経済通貨同盟
  8. 1996年3月、マーストリヒト条約を改正するための政府間会議の対象から経済通貨同盟に関する部分は除くということが決定された。それは、法的な決定であり、同年3月時点で、EMUの期限は動かさないことが決まっていた。各国政府レベルでもEMU実現の意思が揺らいだことはなかった。結局、次の2点がEMUを大きく推進する理由である。
    1. 経済通貨同盟は単一市場を完成させるための論理的帰結である。
    2. 経済的よりも政治的契機が重要である。
    現在、導入に伴う実務的問題をどのように解決するか等、立法を整備しているが、今後の予定は98年3月に委員会および欧州通貨機構からどの国が参加条件を達成しているかを報告する。そして同年5月に欧州理事会で参加国が決定する。

  9. 共同市場と税制
  10. 共同市場の設立と税制は密接に関係している。ECは間接税と直接税の調和を各々図ってきたが、直接税よりむしろ間接税(付加価値税)の調和が先行してきた。早い機会に各国で付加価値税制指令が制定され、同じ税制システムを整備した。
    一方、直接税は調和が遅れている。加盟国の法人税制の相違が、域内競争に歪みをもたらしているので、共同体レベルでの行動が必要である。そこで、91年に法人税の調和を検討する委員会が設置され、二重課税の廃止と法人税率の一定範囲内での調和を図った。
    しかし、詳細については、欧州委員会は上記の専門家委員会に賛同せず、現在、必ずしも調和の方向には向かっていない。税制が各国主権の核心となる部分に触れるため、深刻な意見の対立が生じるからである。

  11. 共同市場と競争法
  12. 市場の統合はECの競争法にも影響を及ぼす。例えば、企業結合が行なわれる際、関連市場の特定(領域的にどこが市場なのか)等、継続的な拡大プロセスの中で市場統合を考慮しなければならない。

  13. 共同市場と会社法
  14. また現在、各国の会社法とは別にヨーロッパ会社法を整えている。それは、「域内市場の完成にはヨーロッパ会社が不可欠である。」というスローガンに基づいて、98年中にはまとまる予定である。

  15. EC法のWTO法への影響
  16. 以上のとおり、EC法に基づき、共同市場創出を目的に域内の通商障壁を取り除くための判例理論は構築されてきた。それらの考え方が、WTOの場においても同様に通用するようになってきている。


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