経団連くりっぷ No.72 (1998年2月12日)

第552回常任理事会/1月13日

民主導の経済発展に向けて環境整備を行なう
−尾身経済企画庁長官が講演


年が明けても、当面、厳しい経済情勢が続くと予想される中、政府による適時適切な経済運営が求められる。そこで、常任理事会では、尾身経済企画庁長官より今後の経済運営について聞いた。

  1. わが国経済の問題点
  2. バブル経済崩壊後、財政出動を伴う累次の経済対策を実施してきたが、未だ景気の力強い回復には至っていない。それは、
    1. 不良債権問題、
    2. 日本的経済システムの制度疲労、
    3. 製造業の空洞化、
    4. 金融システムならびに景気の先行きに対する信頼感の低下、
    など構造的要因による。

  3. 経済対策の基本的考え方と具体的施策
    1. 基本的考え方
    2. 厳しい財政事情に鑑みれば、従来型の財政出動を中心とする経済運営は困難であり、適切でもない。むしろ、民間が活力を発揮して活動しやすい環境を整備し、民主導の経済発展を図るべく発想を転換する必要がある。

    3. 具体的施策
      1. 金融システム安定化
        金融システムは経済の基盤であり、その安定性の確保は最重要課題である。そのため、第1に、預金者・投資家・保険契約者の保護に万全を期す。第2に、金融システム自体を守るため、金融機関の優先株等を引き受ける。これについては、モラルハザードにつながる等の議論があり、先日、訪米した際にも同様の質問を受けた。公的資金の導入は、明確な基準のもとに公正かつ透明な手続きによって行なうものであり、健全でない金融機関には導入しない。しかし、弱くない金融機関まで株が売り込まれ、資金繰りがつかなくなり、倒産することになれば、システムの崩壊につながる。システムを守り抜くために、国債10兆円、政府保証枠20兆円、計30兆円を用意する。

      2. 貸し渋り対策
        貸し渋りについては、(イ)保有株式評価にあたり原価法・低価法を選択可能とする、(ロ)自己資本比率に関する国内基準適用行のうち一定の基準を満たすものについては早期是正措置を1年間弾力的に運用する、(ハ)政府系金融機関に中小・中堅企業向けに信用保証を合わせて約25兆円の資金を用意する等の対策を講じる。

      3. 規制緩和
        規制緩和については、経団連からの要望も踏まえ、昨年11月の緊急経済対策に盛り込んだ。例えば、通信料金の規制緩和は、情報通信分野の国際競争力の向上と雇用の拡大につながるとともに、他分野の生産性向上、新事業の創出にもつながるものである。また、都市中心市街地における容積率の緩和によって、老朽化ビルの建替えが容易となる。このほかにも、人材派遣業の業務拡大による労働力ミスマッチの除去、介護・医療・福祉分野への民間企業参入を進めていく。

      4. 魅力ある事業環境の整備
        法人課税・有価証券取引税の引下げによって魅力ある事業環境を整備することとした。

      5. 土地の流動化・有効利用
        地価税の凍結、土地譲渡益重課の廃止等により地価抑制から土地の流動化・有効利用へ政策転換することとした。これによって不良債権の処理も氷が溶けるように進むことになろう。

      6. 特別減税
        2兆円の特別減税を行なうこととした。

      7. 補正予算
        97年度補正予算案には、1兆円規模の災害復旧事業等の公共事業の追加、1.5兆円のゼロ国債の計上が盛り込まれている。

  4. 今後の見通し
    1. 経済見通し
    2. 97年度は、1.9%程度の成長を見込んでいたが、消費税率引上げに伴う駆け込み需要の反動、金融機関の破綻を背景とした経済の先行きに対する企業や消費者の信頼感の低下とその実体経済へのマイナスの影響により、0.1%程度に落ち込むことになろう。
      98年度は、1.9%程度の成長を予測している。金融システム安定化措置、規制緩和、土地有効利用、法人課税・有価証券取引税引下げ、特別減税等が徐々に効果をあげると予想される。しかし、それには時間がかかる。諸施策の効果が現れ始める時期は、補正予算が1月末あるいは2月、特別減税は2月以降、法人課税等減税措置の大部分は4月、各種規制緩和措置は4〜5月になる。また、早期是正措置が4月1日から適用されるため、1〜3月は金融機関の貸出引き締めが続くことは避けられないだろう。薬を飲んだばかりであり、それが胃に届いて消化され、血液になって体中に行き渡るのは早くて2〜3月、遅いと4〜5月になる。桜の咲く頃には順調な回復軌道に乗るだろう。

    3. 東南アジア、韓国の経済不安への対応
    4. タイ、インドネシア等の東南アジア諸国、韓国が経済不安に陥っている。わが国経済も厳しい状況にあるが、これには適切に対応していく。米国では、「日本には、アジア経済の機関車になってほしい」と言われた。わが国一国で何台もの貨車を引っ張るわけにはいかないが、IMFの枠内で国際協調して対応していく。

  5. 期待される民間活力の発揮
  6. わが国には、1,200兆円の個人金融資産、8,000億ドルの対外純資産、2,000億ドルの外貨準備がある。また、教育・技術水準は高く、ファンダメンタルズは決して悪くない。民間活力中心の経済に移行していくにあたって障害となる規制は政治主導で撤廃していきたいと考えており、ぜひ、具体的な要望を出してほしい。経済は生き物であり、状況に応じて適時適切な措置を講じていくが、補正予算案、金融システム安定化法案を成立させて経済活性化のための基盤を整備するのが先決である。米国もわが国市場の将来性を高く評価しており、本格的な進出のチャンスを窺っている。コンフィデンスさえ回復すれば、必ず景気は回復すると確信している。昨年より良い年となるよう民間活力が大いに発揮されることを期待している。


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