経団連くりっぷ No.72 (1998年2月12日)

農政問題委員会(委員長 宮内義彦氏)/1月19日

農政の抜本的改革に向けて


政府の食料・農業・農村基本問題調査会では、1997年4月から、現行の農業基本法に代わる新たな基本法の制定を含め、農政全般の改革に向けた検討を行なってきたが、去る12月19日、現段階の議論を中間的に取りまとめ、公表の上、国民各層の意見を求めることとした。そこで、農政問題委員会では、農林水産省の石原葵総務審議官を招き、同調査会の「中間取りまとめ」の内容等について説明を聞くとともに、意見交換を行なった。

  1. 石原総務審議官説明要旨
    1. 現行農業基本法の見直しの背景
      1. 1961年に制定された農業基本法は、農工間に生じている生産性や生活水準に係る格差を是正することにより、農業の発展と農業従事者の地位向上を目指した。この目的を達成するため、
        1. 需要の伸びが期待できる農産物への生産シフトや基盤整備等を進める生産政策、
        2. 価格安定制度といった価格・流通政策、
        3. 規模拡大や担い手育成、
        といった構造政策を講じてきた。

      2. しかしながら、農業の生産性は、機械化等により相当程度向上したものの、他産業の生産性も向上したため、他産業との間の格差是正にはつながらなかった。生活水準は、主として兼業所得の増大により、農家所得の面では均衡が達成されたものの、専業農家の所得水準は依然として勤労者世帯よりも低い。経営規模の拡大は、兼業化や農地の資産的保有傾向の強まりによって、一部を除き進んでいない。さらに、農業総生産は増大したものの、食料消費構造の変化等により食料自給率は低下した。

      3. このような農業・農村をめぐる情勢の大きな変化、加えて、経済社会の国際化・ボーダレス化、さらに生活の質的な豊かさ等を志向する国民意識の変化等の状況のなかで、
        1. 食料の安定供給、
        2. 食品産業の振興、
        3. 国際貢献、
        4. 消費者の視点に立った施策対応、
        5. 国土・環境保全等農業・農村の多面的機能の位置づけ、
        6. 中山間地域を含めた農村地域の維持・発展、
        といった政策課題が重要となっている。

    2. 食料・農業・農村基本問題調査会の検討
      1. これらの新たな政策課題等を踏まえ、97年4月、食料・農業・農村基本問題調査会(内閣総理大臣の諮問機関、会長:木村尚三郎東大名誉教授)を発足させ、新たな基本法の制定を含む農政全般の改革について検討してきた。本調査会では、97年12月、これまでの検討結果を「中間取りまとめ」として公表した。

      2. 「中間取りまとめ」では、「I.食料・農業・農村を考える基本的な視点」「II.食料・農業・農村の当面する諸課題」「III.食料・農業・農村政策の基本的な考え方」を整理したが、「III」では、調査会委員の間で特に意見が分かれている4つの論点について、両論併記というかたちで提示し、今後、国民各層の意見を聞くこととした。
        • 第1の論点は、国内農業生産の位置づけである。(a)「わが国の食料自給率が先進国中、極めて低い水準にあるなかで、輸入への依存度をさらに高めることは食料供給構造の危うさを増すこと等から、国内農業生産を基本として位置づけるべき」といった意見が大勢を占める一方、(b)「わが国の農産物は生産コストが高く、国内農業生産を拡大した場合には、国民負担が増大する。国民の食生活に対する選択の結果として、今日の食料輸入の増加といった状況がある。よって、国内農業生産と同様に輸入の役割も重要である」といった意見もある。
        • 第2の論点は、食料自給率を政策目標とすべきか否かである。(a)「わが国の食料自給率が先進国の中で極めて低く、世論調査でも、国内で農産物を作る方が良いと考える人が8割以上占めていること等から、食料自給率の目標を明示し、その実現を図るべき」といった意見と、(b)「食料自給率を政策目標に設定しその達成を図るためには、行政が国民の食生活に積極的に介入し国民の消費行動をコントロールする必要があるが、それは困難であり、政策目標とすべきでない」といった意見がある。
        • 第3の論点は、株式会社の農地の権利取得を認めるか否かである。(a)「農業以外の分野から、情報力などのさまざまな経営能力を有する株式会社が農業に参入することにより、農業が活性化する。また現在の農業生産法人が株式会社になることにより、規模拡大や資金調達等が容易となることから、株式会社の農地の権利取得を認めるべき」といった意見と、(b)「株式会社の農地の権利取得を認めると、無秩序な農地転用や農地の荒廃、地域社会のつながりを乱すことに繋がりかねないことから、認めるべきでない」といった意見がある。
        • 第4の論点は、食料供給、国土保全等の機能を維持するための新たな施策として、中山間地域等の条件不利地域における農業生産活動を維持するため、直接所得補償措置を導入するか否かである。(a)「中山間地域等は農業生産条件の面で平地地域と比較して不利な面を多く抱えていることから、適切な農業生産活動を維持するため、これを補うことが必要」といった、導入に積極的な意見がある一方、(b)「EUで行なわれている直接所得補償措置をわが国に導入することは、零細な農業構造を温存することや農業者の生産意欲を失わせることにつながる」といった導入に消極的な意見がある。

      3. 調査会では、「中間取りまとめ」に対する国民各層の意見も参考としながら、今後、具体的な政策全般にわたる改革の方向について検討を行ない、本年夏頃を目途に最終答申を取りまとめることを予定している。

  2. 経団連側意見
    1. 中間取りまとめで両論併記とされた4つの論点について、具体的かつ透明性のある情報提供が必要である。例えば、食料の安定供給について、数字を示せば国内生産だけで自給できないことは明白である。

    2. 2001年以降のコメ関税化問題が、中間取りまとめでは触れられていない。関税化したらどうなるか、関税化しなかったらどうなるのかの姿を具体的に示し、国民の意見を仰ぐべきではないか。

    3. わが国農業を競争力を持った、強い産業にするための施策がまずもって重要である。それらの施策が行政当局や農業団体の方から提示される必要がある。農業政策の問題と環境問題、社会問題等を一緒に議論してもひとつにまとめるのは難しいのではないか。


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